第5話 ゲームスタート

 完全ダイブ式ゲーム『Wisteria Hearts』の先行体験会当日。

 つまり今日でこのタイトルが正式発表されてから半年が経ったことになる。数多もの先行体験会応募者の中から抽選で選ばれた500人が新宿にある会場に集うこととなるのだけど・・・。


果たして、我らが主人公の無連 氷戈は抽選で選ばれたのだろうか?


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「ハァ・・・ハァッ・・・グッ!?」


「なあ、トーカ。これ大丈夫なんか?いきなりラスボス戦の終盤みたいになってるで?」


「なによ、ヒョウとアンタはいつもこうじゃない」


「え?俺いつもこんな感じなの?ってことは今も?家帰るよ?」


 目はバキバキ、髪はボサボサ、口はアングリの状態で歩く氷戈を心配する力己を貶す燈和の図。

真昼の新宿駅改札付近で行われたこのやりとりは多くの人の目に入っただろう。原因は言わずもがな、氷戈の様子が人間としてはあまりにも異常だったからである。通り過ぎる人全てに見られたレベルで注目を集めていた。


改札を出ると氷戈はなぜかボロボロになっている手でボロボロになっている地図を取り出し、先行体験会会場の場所を確認する。


「こっち・・・だ・・・」


そう言い会場の方向を指差すと、氷戈は一人でトボトボ歩いて行ってしまった。


「死にかけじゃない、まったく。楽しみすぎて2日前から寝れないなんて今時の小学生でもないでしょうに」


「俺は小学生の時、2日後の給食の献立がカレーで寝れなくなったことあるぞ。覚えてるだろ?」


「誰もそんなこと聞いてないし、覚えてもない」


「でもあの時のこと懐かしいよねぇ。確かいっくん、カレー日に風邪ひいて学校来れなかったんだっけ?」


「なによ、カレー日って語は・・・」


 カレー日という造語を生み出したのは井ノ頭 心弓いのかしら みゆみ。彼女も氷戈、力己、燈和の幼馴染であり、成績優秀、スポーツ万能という完璧なステータスを持っている。

しかし幼馴染の前で今更気を張ることもなく、結構な頻度でこうしたおかしな発言を連投する無自覚天然ちゃんでもある。お察しの通り学校の高嶺の花枠だ。


「流石ユミ!よく覚えてんな!そんで朝ヒョウとシグレにカレー持って帰ってきてって言ったら二人とも皿ごと持ってきてくれたんだよ!まさしく友情だぜ。な?シグレ!」


「・・・びくとりー」


 学校から皿ごとカレーを強奪するという奇行に及び、今現在無表情でピースを決めている『シグレ』と呼ばれた男もまた、彼らの幼馴染の内の一人である。

本名は北野 紫紅怜きたの しぐれ。気だるげな感じを醸し出す、モテそうな高身長イケメン。実際モテる。が、しっかりバカなのを知っているのはこの幼馴染内のメンバーだけである。


「何に勝ったのやら・・・ほら!ヒョウ見失わないように早く行くよ!」


燈和はそう言うと前をいく氷戈を追って走る。力己、心弓、紫紅怜もカレーの話をしながらそれについていくのだった。


___________

会場前にて・・・


 流石のビッグタイトルというべきか、『Wisteria Hearts』の選考体験会会場周辺は混在を極めていた。当選者は500人だというのにその何倍もの人だかりができるのは非常に謎である。と言いたいところだが、かくいう氷戈達一向も当選者1人に対し5人でここへ赴いているのでこれがまず謎である。

そこで燈和が切り出す。


「ってかさ、なんで私たちまで付いてこなきゃいけないのよ。せっかく新宿に来たんだから私たちはショッピングとか食べ歩きとか楽しい事したいじゃない。ねぇ?ユミ」


「え?私はここ楽しいよ?なんかこう、『イベントだー!!』って感じで!あっ、見てー!根ッコーくんとカイちゃんが居るー!」


「・・・。はぁ・・・」


「へっ、聞く相手を間違えたな!ユミはだぜ!ゴフッ・・・」


 仲間獲得に勤しんだ燈和の努力も虚しく、心弓は『Wisteria Hearts』のマスコットキャラクターである『根ッコーくん』と『カイちゃん』の着ぐるみがいる方へ去ってしまった。その状況を煽る力己に対して躊躇なく腹パンを喰らわすと駆けていく心弓を眺めて・・・


「まあ、ユミはほっといてもしっかり戻ってくるし大丈夫か・・・。問題はアンタよ、アンタ!」


「オレノツカイマハユウシュウダ、セガタカイノガフベンダガ」


「・・・俺、ヒョウの使い魔になっちゃった・・・最悪」


相も変わらず死にかけの氷戈に肩を貸してやってる紫紅怜の図に呆れながらも問い詰める。


「開始時間まであとどれくらいな訳?私たちも行けるところまで付き合ってあげるからシャキッとしなさいよね」


「アト、ゴフンダナ。ハハッ。」


「はぁ!?5分?地図よこしなさい、急ぐわよ!ほら、バカと使い魔!ヒョウを担いで付いてきなさい!」


「・・・え?俺今後ヒョウの使い魔で通されるのかな?」


「へっ、んなこと言ったら俺なんてトーカから名前で呼んでもらうことの方が珍しいんだぜ!」


「おーい、待ってよー。みんなー」


 燈和を先頭に、氷戈の両肩を支えて走る力己と紫紅怜、そしてその後を追う心弓という光景はなんとまあ慌ただしいのだろうか。しかしこれが彼らにとっては日常であり、当たり前なのである。



__________

受付にて・・・


 会場内に入るとすぐに「受付」と書かれた看板の横に長机が並び、受付スタッフと思われる人がそこに座っていた。幸というべきか、かなりギリギリでの受付であるためこの空間は非常に空いており、5人が押しかけても問題なかった。会場内は冷えており、なんだか外とは違う空気を吸っているような感覚を覚えた。

 こちらに気づいた受付スタッフの一人が「受付はこちらでーす!最終受付となりまーす!」と手を振ってくれたので、氷戈一行はその案内に従って受付の前へと歩いた。


「5名様の受付でお間違いないでしょうか?」


「あ、いえ!コイツだけです」


「では当選の証明書をご提示いただけますか?」


「ほらっ、スマホ出しなさい!」


「イエスマジェスティ」


 燈和が代表して応対し、死にかけの氷戈の介抱をこなす。

すると心弓が何かを氷戈に手渡した。


「ねえ、ヒョーくん。さっき根ッコーくんとカイちゃんの着ぐるみさんが居るところに行ったら横でこれ配ってたの。確か好きだったでしょ?あげるよ」


 見るとそれはエナジードリンク『purple』だった。purpleとうたいつつも半分が紫色、半分が黄色に染まった缶のデザインはいかがなものか。

氷戈はこれをみるとものすごい勢いで手に取り、ゴクゴクと一瞬で飲み干してしまった。


「カーッ、生き返るぜ!サンキューな、ユミ!」


「アンタの体どーなってんのよ・・・」


完全復活した氷戈は心弓に対してサムズアップをキメると心弓もすかさずサムズアップをキメ返した。この状況に力己は


「コレで完全復活するならよ、コンビニとか自販機で買うとかすればよかったじゃんかよ」


「いやぁ、コンビニはわからないけど自販機は全部売り切れてたぞ。全部見てた」


「あの状態でスゲェな・・・」


一同が感心したり呆れたりしている間にどうやら受付作業が終わったようで


「お待たせいたしました。当選番号498番の無連 氷戈様ですね。受付が完了いたしましたので今から入場証を押しますね」


「押す、ですか?」


「はい。今回の先行体験会は今から私が氷戈様の手の甲に押すスタンプが入場証となります」


「あ、そういうことですか。よろしくお願いします。」


そうして氷戈は受付の人に手の甲を差し出し、スタンプを押してもらった。しかし手の甲にはなんの跡も残っていない。


「あれ?コレ押せてますか?」


「・・・え、ええ。押せてますよ!ブルーライトで照らすんです!」


「ああ、なるほど!ネズミーランドみたいな!」


「あ、そういえば」


納得し、会場入り口へと足を運ぼうとした氷戈を受付が呼び止めた。


「時間的にコレが最終受付となるんですが、実は当選者の方が4人程いらしてなくて。もしお連れの方々がよろしければですが、先行体験会に参加してみませんか?」


「ええ!?マジですか!?」


まさかの提案に大声を出す氷戈。そしてキラキラした目を幼馴染4人へ向けて


「行くよな?な?」


「え?でも私ゲーム興味ないし・・・」


「マジか!?凄すぎて凄くねえか!?行くぜ!」

「・・・中の方が涼しそうだから、行く」

「やったー!本物の根ッコー君とカイちゃんに会えるかもじゃん!」


燈和は力己、紫紅怜、心弓がそれぞれ反応を示したところでハァとため息を付いて「仕方ない、行きましょうか」と意を決した。


「ありがとうございます。こちらとしましても先行体験会の人数は多い方がありがたいので。では皆様、手の甲を」


四人は手の甲を差し出すと例のスタンプを押してもらった。しかし今度はしっかりと跡があるようで


「あれ?跡付いてるぞ?まあいっか」

「あら、ほんとね。しかも柄違くない?」

「やったー、私ハート柄!かわいい!」

「・・・俺は、なんだコレ」


「で、では皆様。選考体験会はこのゲートから道なりに進んでいただいた先にございます、ドアの先にて行っております。楽しんで!」


「「行くぞーーーー」」

「走んな!バカ二人!」

「トーカちゃん、先生みたい」

「・・・学校じゃ鬼だけどね」


こうして真っ暗なドアを潜り抜けた一行が目にしたものは・・・



 下には土と岩が入り混じり、上には木々が生い茂る、そして見渡す限り茶色い木の幹が。

紛れもなくそこは、『森』だった。


ーーーさあ、ゲームスタートだ。ーーー

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