第12話 招かれざる客

  黄金の銀杏、燃ゆる紅葉。

 山粧う(やまよそおう)里に、招かれざる客がやってきた。



「この里に、異能を宿す娘がいると聞いてやってきた。その娘はどこにおる」

 美月姫の起こした数々の奇跡は、遠く離れた都まで伝わり噂で持ち切りとなった。

 噂を聞きつけた朝廷は、真相を明らかにするため何と使者を送って寄越したのだ。

 都まで伝わったという、美月姫にまつわる噂の一つ一つが興味深いものだった。

 そのひとつに、伝説の『碧き瞳の神獣』が現れ、人々に様々な幸運をもたらしていると。

 またある噂は、千里の眼を宿す神秘的な美貌の『月の女神』が、富嶽の地に舞い降りた。

 物騒な噂では、戦場で幾千もの兵を瞬く間に殲滅した血も涙もない『戦の女神』は、倭朝廷(やまとちょうてい)を滅亡に追いやる。などといった、予言めいた不吉な風説までもがまことしやかに語られていた。

 中にはこの目で見たと誇張してまわる者もおり、都に住む人々の恐怖心を煽った。

 問題は、噂だけで何百里も離れた都の人々に恐れを抱かせたこと。恐怖は人々に次々と伝播し、それは心に闇を芽吹かせ巣食われていく。

 都は、これまで幾度となく侵略を受け戦禍に巻き込まれてきた。都周辺の村や里では、襲撃や略奪が横行し、餓えや疫病に苦しむ民の不満は朝廷に向かい、やがて暴動に発展する。

 屍の山から死臭漂う不衛生な都は、疫病が蔓延し人々は次々に姿を消していくのだ。

 もし噂が、謀反を企てる敵の心理戦であった場合、都は既に戦禍に堕ちたも同然だった。

 得体の知れぬそれは、倭の脅威になり得るため朝廷側としては聞き捨てならなかった。

 噂の真相を一刻も早く明白にし、諸悪の根源を断つ必要があった。

 そこで、朝廷は里に使者を送って寄越したのだ。

 朝廷の命を受け都から遥々やってきた使者たちは、里中を聴取してまわり記録に残していった。

 里の人々は、美月姫の生い立ちから、これまで起こした数々の奇跡について余すことなく語った。

 一通り情報を収集して回った使者たちは、最後に件の娘がいるという山神神社を訪れた。



「ほう、其方が噂の『戦の女神』か?さぞかし恐ろしいバケモノを想像しておったが・・・・・・。なんというか・・・・・・誠に浮世離れした、人ならざる天女のようだ・・・・・・」

 美月姫について一通り情報を得ていた使者たちであったが、初めて対面するとその美貌に驚嘆の声をあげ、上から下までマジマジと見つめては溜息をもらした。

「其方本当に人の子か?その目はどうして碧い?髪は、その肌はどうして白いのだ?」

「異能があるというのは本当か?見せてくれ」

「其方の詠で赤子が生き返ったと言うではないか。この目で見るまでは信じられぬ」

「戦で千の兵をどうやって殲滅したのだ?」

 使者たちは矢継ぎ早に質問した。

「私は、人の子でこの神社の巫女です。戦場に行ったこともありません」

 美月姫は、毅然とした態度で事実無婚を訴える。

「其方のことは一通り里中の者たちに訊いてまわった。

 どうやら噂はかなり一人歩きしたようだが、まやかしでもないようだな」

「此度の調べを上申する。それまで心しておくように」

「それはどういう意味でしょうか」

「都に来てもらう」

「でしたら、お断りいたします」

「帝の勅令にあらせられるぞ。背いた者は謀反とみなす」

 打ち首だと高圧的に言い放たれ、美月姫は返す言葉もなかった。

 帝の気分次第では、都に連行されてしまう。美月姫は、先読みの異能を発動させ己の身に振りかかる未来に意識を集中させるが何も見えてこなかった。これまで何度も試してみたが、自分に関することは一切見ることができなかった。

 自分のような得体の知れぬ『人ならざる者』は、処分されてしまうかもしれない。想像しただけで怖気だった。

 ただ、都に行ったら二度と里に戻れない気がして、言い知れぬ不安に胸がざわつくばかりだった。

 何より、蒼空と離れ離れになると想像しただけで耐えられなかった。



 里に滞在することになった使者たちは、橘家に宿泊し当主からもてなしを受けた。

「此度は遠方遥々里にお越しいただき、さぞお疲れのことでしょう。ささ、こちらは里の銘酒でございます。ごゆっくりお寛ぎください」

 橘家の当主は、都からの使者をもてなした。

「うむ。この片田舎にしては誠美味なる酒じゃ。土産にしてつかわそう。おい、用意しておけ」

 橘家に婿入りした蒼空は、使者たちの要望に応えるため当主の言い付けに従い襖の外で正座したまま待機した。

「はい、承知致しました・・・・・・」

 都からの使者たちの横柄な態度は、酒に酔うと酷くなり不快だった。

「いや、それにしても。誠に仙姿玉質、傾国とでもいおうか。この世の者とは思えぬほど神秘的で美しい娘であった。巫女にしておくのが勿体ない。想像以上の娘に帝もきっと驚かれることだろう」

 ん・・・・・・?巫女といったのか?奴ら美月姫に会ったのか?

 蒼空は使者たちの言葉に耳を傾けた。

「うむ。娘が戦場で異能を発揮すれば我ら敵なし。行く末は安泰だ」

 戦場・・・・・・!?今そう言ったのか?奴らは美月姫をどうするつもりだ!

 蒼空は言い知れぬ胸騒ぎを覚えた。今にでも使者たちの話に割って入りたい心境だった。

「それにしても、あの娘。戦術に利用するだけではもったいないと思わぬか?」

「そうだな。帝があの娘を見たら気が変わるやもしれぬな」

「夜伽としての価値もありそうだ」

 酒が入り、尾籠(びろう)な話に盛り上がる使者たち。

 やめろ!美月姫はものじゃない!このままでは美月姫が穢されてしまう!

 強い怒りに全身脈打つような感覚を覚えた。

「しかし、あの娘。都への同行をおとなしく受け入れるだろうか」

「なあに、寄る辺ない娘だ。金品を見せれば喜んで参るであろう」

「従わない時は?」

「力づくで従わせるまでだ」 

 どうしたらいい?このままでは美月姫が連れ去られてしまう・・・・・・!

 蒼空は、この時初めて美月姫が都に連れていかれることを知った。胸の奥から沸々といいようのない不安と怒りが沸き起こる。

 無力な自分に心底腹が立つ!何者にも屈しない力さえあれば・・・・・・!

 どうすることもできない無力な自分が悔しくて、蒼空は爪が食い込むほど拳を握りしめた。

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