かわいい年下彼女と同棲日記
むらさきふも
穏やかなクリスマス(クリスマスではない)
御伽話のように、愛する人と永遠にいたい。
だから私は、彼女を心地良くさせようと努める。褒める、甘やかす、お姫様としての地位を与える。そうして、私の支配下におく。決して彼女には悟られないように、密やかに。
しかし、生まれ持った怠惰と楽観さが原因で、上手くはやれないこともある。先述したことはあくまで私の理想論だ。
そう。今年のクリスマスはピンチかもしれない。
十二月上旬。
「ごめん姫サマ。今年はクリスマスパーティーできないかもしれない。最近バイト出来なかったせいで、金が無いんだ……」
できるだけ深刻な顔に見えるようにうつむきながら、目の前の姫に謝った。
私の謝罪を受けて、姫は目を丸くした。だが、すぐ、いつも通りの精巧な瞳に戻り、無表情で呟いた。
「テストと検定が被って、忙しかったですもんね」
私と同じ商業科の夜間定時制高校に通う姫は、理解してくれたようだ。
けれども、小説家をしている姫の方が大変そうだったことを思い出して引け目を感じる。
姫は十六歳にして人気小説家だ。
情けないと周りには言われるが、私は三歳年下の姫に生活費を出して貰いながら同棲している。
とはいえ、私もバイトはしているので、姫を楽しませるための娯楽代は稼いでいる。家事とお祝い事は全部私に任せて欲しいと同棲する時に宣言した。
だから、誕生日やクリスマスなどの、家族を連想させるものは、私主催で豪華にやるつもりでいた。姫は家族愛に飢えているところがあるから、私で満たしてやりたいのだ。同情だと思われないように、気をつけてはいるが。
同棲一年目の、去年のクリスマスは自分達なりに盛大に楽しんだ。ツリーを飾り、寿司とピザとケーキを同時に食べ、お互いが好きそうな服(私からはモコモコの猫耳ルームウェア、姫からは龍の刺繍のスカジャン)をプレゼントし合った。そして、お高めの白ぶどうジュースを飲みながら、名作クリスマス映画を観て、購入したばかりのゲーム機とソフトでいっぱい遊び、疲れて、心の底から湧きあがった愛と高揚を語り合いながら眠りについた。
「来年もこんな風にクリスマスパーティーしような」
と、約束しながら……。
結局、私の根性不足で資金が足りなくなってしまったけれど。
「本当にごめん!でもクリスマスは一緒にすごせるから!食事はファミレスになるけど……」
先日飾り付けを終えたばかりのツリーは、免罪符になるだろうか。クリスマスをやる気はあるのだという証明になるだろうか。
姫は何も言わず、無表情で私を見つめる。
「プレゼントもクリスマスには間に合わないけど、用意するから。埋め合わせはちゃんとする」
姫は変わらず、ジトっとした目で私を見つめ続ける。
見透かされている。の、かもしれない。これは。
私の甘えを。『これだけ毎日穏やかに愛し合えているのだから、イベントの一つくらい蔑ろにしても、許されるだろう』という、私の陰にこびりついていた甘えが。
姫はそれを察し、自分が舐められていると感じているのかもしれない。
幸福な日々に、そして忙しさに浸かりきって、姫を思いやることを疎かにしていた事に気づいた。
途端に世界が闇に落ちた。外から囁かれているような気がする。「永遠の愛なんて無い。破滅は常に隣に潜んでいる」と。
焦った私は祈るように言葉をしぼりだした。
「おわびに金を使う以外のことなら何でもするから!」
賭けだった。『だからどうした』という反応をされたらどうしようかと思った。
けれど、ありがたいことに、姫のテンションは上がり始めた。
「……!それ……本当ですか!?」
「お詫びとして、『私を好きにしていい券』をあげるってことで!お願いっ!だから……」
「いいんですか!?」
姫の表情がツリーの電飾よりも明るくなる。
「じゃ、じゃあ……!」
興奮したのか、姫は今日一番の大声で望みを告げた。
「
私は動揺した。先程とは違う意味で。その言葉の正しい意図を、必死で読解しようと試みる。
私をよそに、姫はトドメの一言を口にした。
「ホテルって今から予約できるのかな……」
なんてこった。
まあでも、嬉しそうに笑う姫は、とてもかわいかった。
姫と私は恋人同士だが、肉体関係をもった事がない。興味が無いというわけではないけど……。
姫はまだ未成年だし、成人済み(十九歳)の私が手を出すのは不健全で気持ち悪いかな……とか、怖がらせないように、姫が大人になってから持ちかけた方が賢明だよな……という考えで性欲を封じている。なぜなら、私にとって、姫に嫌われる=死なのだ。
一言であらわすと、ビビっているのである。
というわけで、私は「姫が成人するまで、または姫から誘われるまでは性交渉をしない」と強く決めていた。
だが、ついにその時が来てしまったようだ。
「唯都を拘束します!!」
「ホテルって今から予約できるのかな……」
以上が私のお姫様の先々週の発言である。初手から拘束プレイかよ。とんでもないお姫様だ。
ホテルはクリスマスに予約できたらしい。「唯都は何もしなくていいですよ」と言われたので、その通りにした。嘘。事前知識と覚悟を得ておきたくて、拘束・監禁モノのエロ漫画を少し読んだ。
結論、ピンとこなかった。正確に言えば、私が縛られる側なのがピンとこなかった、だ。
逆に、私が姫を拘束してみたい。そういう思いはブクブク膨れ上がっていく。気の迷いで、そのエロ漫画の中で監禁されている女の子を、姫に置きかえて読んでみたら、今まで隠していた劣情が刺激され、器から溢れだしそうになった。ヤバイ。
姫を監禁して犯して自由を奪ったうえで、永遠の愛を誓わせたい。そんな倒錯した破壊衝動が、私の中にあった事に気がついた。
だって、姫は夢を見ている気がするのだ。四六時中、一緒にいると嫌でもわかる。彼女の目に映る私は、出会った頃から変わらない、憧れのお姉さんのままみたいだ。確かに私は、今でも姫といっぱい遊んであげられるし、いじめっ子から守ってあげられる。だが、姫に寄生して生活することしかできないしょうもない大人になってしまったのも事実だ。その事に彼女が気づいて冷めてしまう前に、自由を奪って洗脳してやらないと……。
……いや、ダメだ。やっぱり姫に怖い思いはさせたくない。彼女の人生は穏やかなものであって欲しい。私は姫に愛されていたいが、それは姫の事がどうしようもなく好きだからだ。好きな人には幸せでいて欲しい。当然だ。
目を覚ませ私。姫の幸せのために出来る事をしなければ。そう、今は、拘束プレイを楽しむ!!
正直(私が拘束される事に関しては)のり気ではない。でも、私達は強い信頼関係で結ばれている。もしもの事があっても、歩み寄りと対話による相互理解は可能だろう。
私は決戦の日に向けて、情報収集をするために、スマホを手にとった。
拘束Day当日。
南国ゆえに気温は高いが、強い風がまとわりついて不快指数はそれなりにある、いつも通りの冬だった。寒がりの姫はフリルのトレンチコートを着て、電子書籍リーダーで読書をしながら、コンビニのレジの列に私と一緒に並んでいる。髪型はツインテールにしていて、とても可愛い。
「何読んでるの?」
「◯◯◯◯先生のミステリです。今度実写化されるのに、まだ読んだことなかったので……」
姫は律儀に端末をタップして、本の概要を見せてくれた。
エッチなやつじゃなかった!さっきからめっちゃいつも通りじゃん!!ドギマギしてるのは私だけかよ!?
コンビニに来たのも、姫が「飲み物とか、つまめるもの買っておきましょう」と言ったからである。これでは今から「ラブホに行く」というより、「ラブホ女子会に行く」みたいだ。いや、ラブホに食べ物は持ち込めるみたいだし、これは普通か?
私だけ余裕がないのは悔しいな。よし、なるべく私もいつも通りを装うぞ。
買い物終了後、大きいリュックを背負っている姫に声をかけた。
「リュック持とうか?」
「あ……でも重いですよ?」
「だから私に任せとくんだよ」
「じゃあ……」
手にとった瞬間、ズンッと落ちる衝撃が肩から下にきた。
「ほんとに重っ!!」
米を買った時に似た重みを感じる。嘘!?拘束具とかってこんなに重いの!?
「姫……これどんなのが入ってるの!?」
「着いてからのお楽しみです」
涼しい顔でコンビニのレジ袋を持ち、歩き出す姫。
片や私の心拍数は急上昇、さらに不安になってくる。
一体、私は……どんな責めをされるんだ!?
約五分後、ホテルに着いた。
しかしそこは、ラブホテルでは無くビジネスホテルだった。
「は……?」
なぜ?あっ未成年だからラブホ入れなかったのか!?いやっでも……?
部屋に入って、混乱する私をよそに、姫は早く荷物を置くように指示する。
「じゃ、始めましょうか」
姫はリュックから文庫本を取り出す。
そして、そのまま続々と文庫本を取り出していき、十五冊ほど積み上げたところで高らかに宣言した。
「これで全部です!」
「えっ……?」
タイトルを見る限りそれは……私でも名前は知っている有名ライトノベルシリーズのようだけど……実は中身が官能小説で朗読プレイを……?それとも、これを膝に積み上げて、江戸時代の拷問プレイ!?
「なんと!唯都はこの名作SFラノベを全部読むまでホテルから帰れません!家じゃない方が集中して読めるでしょ!」
「普通に読むだけかよ!!」
「読む以外何ができるって言うんですか?」
「いやっだってこっ……拘束とかって……」
姫はキョトンとしている。
「ボクの都合で唯都を缶詰にしてるので、拘束してますよ、時間の」
「はああああああああ!?じゃあ最初からそう言えよ!!」
「言ったら拒否されるかと思いまして……だって何度勧めても読んでくれなかったし……」
姫は真剣な顔でまくしたてた。
「このラノベ、絶対唯都好みなのに、唯都ってば『長い』とか『難しそう』とか言って読むのを拒否するから、やきもきしてたんです。実はこれ、ほぼ一冊完結の群像劇なので、飽きやすい唯都でも読みやすいと思います!もう逃しませんよ!」
確かにそれは、中学の頃から姫に勧められ続け、その度に「そのうち読むよ」と受け流していた本だった。本を読むのは苦痛ではないが、姫ほどの読書家ではないので、度々こういう事が起きてしまうのである。
「まあ……その件については、申し訳なかったとは思うけど……でも……」
紛らわしいんだよ!!拘束とかホテルとか……早とちりした私も悪いけどさ。あれこれ調べていた時間とか、自分の闇の性癖に向き合っていた時間とか、全部無駄だったじゃん!もう!
「唯都……怒ってますか?」
恥辱で頭を抱える私を、心配そうに見つめてくる姫。あ……ごめん、そんな顔させて。落ち着いてきた。
「いや、別に。なんでもないよ」
「そうですか。でも、すみません。唯都は拘束されるより、ボクを拘束したいタイプですもんね」
姫サマがまた思わせぶりな事を言っている。しかし、もう翻弄されてまるか。
「そうだな!仕返しに、私の好きな漫画を全巻読むまで出られない部屋に、姫を閉じ込めてみたいなー。姫だって私のオススメ読んでくれないじゃん」
「だって唯都の好きなのってバトル漫画でしょ。ボクの好みとは違うし……」
まあ、姫が書いている小説は、青春、恋愛ファンタジーたまにホラーという感じだから、無理もないか。
「でも……」
姫は神妙な面持ちで、私と向き合った。
「ボクは唯都にお願いされたら、なんだって聞きますよ。骨の髄まで愛してますから。命令でもいいです」
「えっ……」
「唯都は優しすぎるんですよ。本当は支配したがりなのに」
彼女はくすっと愛おしそうに笑うと、電子書籍リーダーと先程買ったココアを取り出し、リラックスしながら読書を始めた。
……すべて、見透かされているのだろうか。それとも、これも思わせぶりに聞こえるだけで、本意は大した事がないのだろうか。
けれども、ここで問い詰めたら、私達の関係が、何か変わってしまいそうで怖かった。
臆病な私は見て見ぬふりをして、文庫本を手に取り、さっさと本の世界に逃げる事にした。
「ところで姫サマ、一日で十五冊は流石に読めないよ」
「大丈夫です。ホテルは数日押さえました」
「ひっ」
「だからバイト休みとってと言ったでしょう。クリスマスの代償です」
本は私好みでとてもおもしろかった。読了後、姫と感想を熱く語り合ったりして、良いクリスマスを過ごした
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