多分5分で読める短篇集

@makotome

第1話 さっき起きたこと

 仕事終わりの帰り道、3丁目の郵便局の角を曲がった辺りのことです。僕はいつもどおり最寄り駅から1つ前の駅で降り、健康のために歩いて帰宅していました。この時間になると買い物の終わった主婦が足早に家へ向かったり、日によっては夕食の献立がわかるような匂いがする帰り道。けれども今日に限っては違いました。足早の主婦もいなければ献立の匂いも生活音すらも影を潜めていました。


「今日は祝日だったっけ?」


 そんなつぶやきも路地を抜けてなにもない空間に吸い込まれていった。今日は休日出勤ではないことは記憶している。まぁ、こんな静かな日もあるだろう。そう思いながら歩みを進めました。

 もう10分ほどで家に着く位に差し掛かった時です。いきなり空がピカっと光り、向かい風に吹き飛ばされそうになりました。砂埃が舞い、おののきながらその向かい風の方へ目線を向けると何か大きな【何か】が空から降りてきました。いきなりのことで混乱している自分をよそにその【何か】はゆっくりと自分の前に降りてきました。光も落ち着き向かい風も収まってきて、その降りてくる【何か】を観察するとそれは乗り物のようでした。おそらく金属製で縦型の円柱。窓や扉がいくつかあり、ちゃんと着地しやすいように足が生えている。さながら空飛ぶ2階建てビル。人によっては宇宙船だと思うかもしれない。ただ1つわかったことはその【何か】は空を飛んでいるのに音を立てなかった。着陸の際は吹き荒れる風の音のみでおおよそ出るであろう機械音を全く立てなかった。

 好奇心に引っ張ってもらいながら僕はその【何か】に近づくと何個かある扉の一つが開いた。ボン、バタンと扉が開く音。この【何か】が初めて発した音である。段々と恐怖心が背中側を引っ張り始めたがそれ以上に好奇心が進め進めと急かしてきた。そんなせめぎ合いをよそに開いた扉から何かが出てきた。足は2本、腕も2本胴体から生えている。その先に球体状でおよそ頭部と思われる部分も生えていた。それは2足歩行でおそらく大多数が人の形と形容するようなものだった。遂に僕の恐怖心が勝ってしまい引っ張られるようにその場に尻もちをついてしまった。


「すみません。郵便局はどこですか?」

「…へ?」

「あれ?この星の言語は解読済みだよな。双方向翻訳機の故障かな?」

「…へ?なんですか?」

「何だ通じるじゃん」

 崩れ落ちている自分に人の形をした何かが話しかけてきた。え?郵便局?なんで?てかなに言ってるかわかるんだけど、という心の声。もうすでに好奇心も恐怖心も彼方に消え、混乱した感情を抑えるので精一杯だった。

「あの、郵便局の場所を教えてほしいのですが」

人の形が追い打ちをかけてくる。

「え、あ、郵便局ですか?」

なんとか落ち着いてきた僕は立ち上がった。

「そうそう。手紙とか封書とか送るところ」

「あ、そこならこの道を真っすぐ行った先です。多分その乗物なら数分で着くかと」

「ほんと、ありがと」

そう言うと人の形は回れ右をして【何か】の中へ戻っていった。いざ立ち上がって観察してみると自分と身長変わらないくらいだ。

「いや待ってよ」

思わず僕は声を上げた。自分と大きさが変わらないせいか恐怖心は物陰に隠れ、好奇心が身体と声帯を動かしていた。その声に反応したのか人の形はまた回れ右をした。

「何?あいにく御礼の品はないのだけど」

「いや、あの…宇宙人ですよね?」

その言葉に人の形は驚いた様子だった。案外意思疎通は簡単なようだ。話は通じるようだし。これはもしかすると一大ニュースの目撃者になったかもしれない。こんなチャンスそうそう逃すわけにいかない。

「宇宙人ですよね?」

「まぁ、そうだけど…」

「え、やっぱり!どこからきたの?その乗り物は何?なにしにこの星に来たの?やっぱり征服してこの星の住人を…」

もはや恐怖心は帰宅したようだ。ここには好奇心しかいない。これは話を引き出して纏めて出版社に送るしかない。もしくはSNS?でも直接出向いて売り込むほうが早いか。そんな思いを巡らせていると目の前の人の形は


「いや、確かに君から見たら宇宙人だけどさ、はたから見れば君も宇宙人じゃない?そんなに珍しいことかね?」


そんな言葉を冷たく吐き捨てた人の形は【何か】に戻っていった。程なくして【何か】は地面から離れて薄暗い暗闇の中へ消えていった。

呆気にとられた僕は立ちすくんでいた。気づいたときには帰り道に音が戻り夕飯の匂いがほんのりとしてきた。まず思ったことは嫌に説得力のある最後の言葉の意味、その次は動画を取っておけば良かったという後悔だった。

ぼーっとするわけにいかない。これはスクープだ!今回の出来事を出版社に持ち込もう。今からならまだ間に合うかもしれない。そう思った僕は徒競走で1位を獲ったこともある自慢の4本足を全力回転させながらオカルト雑誌の出版社に向かうのだった。



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