第32話

 運動部の使うシャワー室を借りて今日の疲れを流す。眠るのは体育館。みんな寝袋持参だ。

「ネイチャーフォトを撮るなら、やっぱりこういう経験は大事になる。来年は野外でテントだな。星の写真を撮りにゆこう。そのためにはなんとか部員を増やして部費を集めないといけない」

 体育館の床はひんやりして気持ちがよかった。寝袋もこれまたお兄ちゃんの私物なんだけれど、結構いいものらしい。

 ごそごそと眠る体勢を整えていると、隣で横になっている斉藤先輩が声をかけてくる。

「ねえヒーコ。あなた、ずっと写真撮ってないって聞いたけど」

「あ、はい。ええ」

 いったい誰に聞いたんだろ。萩原先生かな。

「それなのに合宿に参加してくれてありがとう。わたしね、ほんとに予選で落ちてしまったこと悔しかった。先輩たち、ただ楽しく写真を撮っていたのじゃなくて、実力もあったんだなあって、あらためて思った。わたしも写真が好きで、先輩のことも好きだから、大学をその先輩のいる写真学部に決めたの。合宿に座学があったのは実はわたしの受験のためでもあったんだ。面接と小論文対策ね。

 わたしは写真を続ける。でも、ヒーコに写真を強制したりしないよ。楽しいことは他にもたくさんあるから。でもスマホとは違う、ファインダーを通して見える世界は、やっぱり特別だと思うよ。写真にすることで、見ているのに見えていなかった世界を教えてくれる。ヒーコがどんなことをして行くか知らないけれど、この経験は必ず役に立つから、自信を持ってね。

 じゃあ、おやすみ」

 そう言うと、先輩はすぐに顔を天井に向け、目をつぶる。

「おやすみなさい」

 わたしも、そう声をかけ、目をつぶる。でもなかなか寝付くことができない。そのうちに、みんなの寝息や歯軋りが体育館に反響しはじめる。わたしは目を開いて暗がりの天井を見つめる。明日、久しぶりにカメラを持って、シャッターを切る。切ることができるだろうか。できなかったらそれでいい。

 それで全部おしまいだ。

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