chapter:6-5

 奇妙なヒトガタ、丈の対応、そして前に出るナナ。

 腰が引けそうになるくらいに、今いる状況の危険さがリアルに伝わり、玲は顔を歪めた。


 安全な場所なんて、 どこにもない。下手に動けはしない。丈に忠告された通り、玲は彼の側で思わず息をひそめる。

 本当に狙われているのなら、ヒトガタに見つかるわけにはいかない。


「――っ」


 来るな、来るな。そう念じながら、玲は拳を強く握った。焦る気持ちから心拍数は上がり緊張は高まる。


「……丈、悪い」


 小さく謝罪し、玲は丈の服のすそをそっとつまんだ。恐怖心から、何かを頼るしか自身を落ち着かせられなかったのだ。

 こんなことをするのは、恥ずかしくて仕方ない。玲は顔をうつむかせ悔しそうな表情を浮かべた。


「悪い」という玲の言葉にどんな複雑な心境が関与しているのか、丈にははなはだ想像できない。

 だが、たかだか2回会っただけでも玲が悔しがっているのだけはわかる。

 彼女の隣にいるのは燈弥、闇帝あんていなのだ。

 常に彼女は守られる立場なのだろう、今までも、そしてきっとこれからも。


 ―― なるほど。っと、丈は思う。

 やっとここに来る前に聞いたボスの言葉の真意がわかった。 


「 いつか、彼女が燈弥の力になれるまで――か」


 ボソッと思っていたことが口に出た。


 裾を掴み距離が更に縮まった分、丈の呟きが玲には聞こえる。

“ いつか、彼女が燈弥の力になれるまで――か。 ”

 その言葉の意味がわからず、丈の顔を伺うが、真意は到底謎のまま。

 歯痒い思いを胸に抱えて、玲は悲痛な顔をした。




 かかった、とナナは口元に弧を描く。

 RPGも敵と遭遇するには歩き回るのが基本だ。それは無防備なモンスターの背後をとる策略でもある。

 逆もまた然り。自分も狩られる側。それを常に考えて行動するのが素人とガチプレイヤーの違いだ。


 ナナは囲まれた状況でニタァと笑うと行動を開始する。

 後ろへ振り返りつつ右足に遠心力を乗せ、突進してきた一体目の顎めがけて

 そうするとナナの体はたちまち閃光になり、ビュンっと一瞬でヒトガタの腹に風穴を開けた。

 続いて二体目。地面を蹴飛ばし方向転換をして、そのまま突進する。

 ジュッと焼けるような音が敵を貫通した証拠。


 RTAと宣言した通り、ヒトガタ一体につきたった一撃で決めてしまう。

 もちろんノーダメでクリアだ。

 二体のヒトガタが完全に動かなくなった事を確認してから、残りの三体を確認してナナは不敵に笑う。


「日課クエにもならない雑魚さ。チュートリアルじゃん」


 そのまま再び閃光に輝き、三体の頭目掛けてナナは跳ぶ。

 一つ貫通したらもう一体のヒトガタを蹴り飛ばし向きを変え。

 二つ貫通したら奥にある木を足場に跳ね返る。

 そして三つめはその勢いのまま、ぶち抜く。


 瞬く間に五体のヒトガタは他に伏せた。

 光から姿を戻してナナは丈と玲の方を向いてVサインをする。


「はいコンプー」


 そして、にいっと笑顔をみせた。



 目の前のナナの攻撃音。華麗。そんな言葉がよく似合う、流れるような連撃。無駄の極限まで省かれた動きは美しさすら覚える。

 丈は「ほぉ。」っと声を漏らした。


 ヒトガタを鮮やかに地に伏せていくナナ。同じ光属性なのに、こうも違うのか……玲は目の前で繰り広げられる戦いを見て、ますます自身の弱さを悔いた。


 それでも見守るしかない。そむけたくなる現実、突き付けられる力の差、それらを受けとめ前を向く。



 すると、ナナが倒した五体とは別の新たなヒトガタが地面から突き出るようにして現れた。

 全部で三体。玲は目を見開いて驚くが、ナナはわらうだけ。

 まるで戦うのが楽しいとでもいうように、軽快なステップで対応する。

 ヒトガタがどんなに迫ってきても、怯まず膝すらつかずに相手を倒す。

 その姿は、ただ“カッコイイ”。


「……っ、結局なんもできない。なんで、治すしか、それしかできないんだっ」


 玲は顔を歪めて、小さく弱音を吐き出した。カッコイイ姿を披露するナナと何もできない自分を比べてしまう。相手は王なのだから、比較するなんて意味がないのに。


 足手まといな自分を見る度に思うことは、このまま燈弥の隣にいることは無理なのではないかということ。

 役に立たないなら、隣にいても意味がない。もちろん、怪我は治せる。だが、玲は燈弥に怪我などしてほしくはない。


「傷を負った時しか存在価値のない人間が、傷つくななんて思うなんて……滑稽こっけいすぎて笑える」


 嘲笑を浮かべ、自虐する。

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