chapter:2-2

 気づかなかった。完全に油断していた。


“ 美味しそうな女の子だな ”


 突如耳に入った低い声に、玲は若干驚き肩をあげ、振り返る。


 目にした先にいるのはガタイのいい青年。それだけなら、まだしも……青年の容姿は良く言えば整っており、悪く言えば 相当凶悪な印象をしていた。

 鋭い眼差しは燈弥で慣れてはいるものの、あの男は背丈もさほど変わらない相手だ。


 だが、目の前に現れた相手は違う。身長も高いし、雰囲気が“ 男”を表していた。


 ただの男ではない、である。



 そんな相手に吐かれた台詞を頭でもう一度よく考え、玲は若干青ざめた。引いてしまった、確実に。


「なんだ、お前。全然美味しくないから、スーパーの食材のが美味しくいただけるから 。変なこというな」


 睨みつける眼差しは変わらないものの若干腰が引けている。下手に関わりたくないと体で語っていた。


 あー、面倒事はもうないと期待したのに、ふざけんなよマジで。そんな苛立ちも募り舌打ちをしてしまう始末。


「良い子はまっすぐ帰るか、スーパーでも行け。腹が減ったなら、そこで何とかしろ。 なんなら、可愛い子でも捕まえて、それをいただけ」


 早口でハッキリ告げた言葉は拒絶を表していた。

 普段、燈弥以外に絡まれることが少なかったので、玲は内心かなり動揺している。


 もし、この男が戦闘とかその他もろもろと か、とにかく面倒事を仕掛けてきたら……正直、ゲームオーバーだ。何しろ防戦一方になるからである。


 玲は警戒しながら、青年と距離をとるため、外を目指し再び歩きだした。


 玲の様子を伺いながら青年は観察する。

 相手である玲の身長は160cmそこそこ、ソレに対し自分は180を超え、尚且つそこそこガタイもいい。

 もともとそこまで声が低いわけではないが、そこは男だ。低くできないこともない。


「 知り合いにカニバリズムがいるが、若い女の肉がうまいらしいぞ?」


 逃げようとする玲の背中にそう声をかけると、足音を立てて玲の背後をゆっくりと歩く。


 言ってしまえば、凶悪な面とはいえ食人系の面ではなく、ヤンキーといった面なのでよくよく見ればそこまで怖くはないのだろうが、最初のインパクトでそこは乗り越えたらしい。


 単なる思いつきの割には、うまくいった。


「カ、カニ?カニバリズムって何だ?つーか、若い女の肉の良し悪しなんて、どーでもいい」


 そんな懲りずに話かけてきた相手に、わざわざ反応してしまう玲。単純なのかアホなのか……。


「 自分で料理もしない、面倒くさがりな奴は……。 どんな味がするのかねぇ 」


 背後から焦る玲を追いかけ青年は、そうまくし立てる。さてさて、この演技をするのも辛くなってきた。

 ソレにほかの人間に見られたら恥ずかしい。ただ、どのタイミングでやめるべきか皆目見当もつかないのが現状だ。


 取り敢えず相手の反応を見て、捕まえようと青年は呑気に思った。


 玲は背後の気配が気になる。だが振り返ることはしなかったらしい。


 足も止めない。それでも背後からは迫る感覚をヒシヒシ感じる。

 足音を立てて相手が歩いてるからだろうが、変なのに捕まったと、眉根を寄せた。


 相手はよくわからない。ただ、関わると危険な気がしてならない。


 これが燈弥なら、実験だなんだの理由があり、それて追いかけるのだとわかる。

 だが、後ろの男は違う。理由はイマイチよくわからない。肉がどーのこーの言ってるから、空腹なのだとわかるが 、それにしては絡み方が面倒くさい。


 元来、玲は面倒くさいのは嫌いだ。だから、青年の更なる声に苛立つのは、彼女を知る者ならば予想できる。


「――っ、あぁーもうっ!なんなんだよ、さっきから!言いたいことがあるなら、ハッ

 キリ言え!」


 案の定、我慢できずに玲は振り向いた。顔からは怒りが表れ、背の高い相手を若干上目遣いに睨みつける。


 そのまま相手に近づき、すぐ目の前にくると腕組みをして不機嫌を隠さずに言葉をかける。


「腹が減ったなら、早く何か食べろよ。私は早く帰りたいんだ。ここでウダウダしてたら、くそ面倒な奴に見つかんだよっ」


 くそ面倒な奴とは燈弥のことだが、名前を口にするのもウザいらしい。とにかく玲は青年を見上げ、半ば喧嘩腰に対峙した。

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