箏の名手

 レオはぼーっと幻影のように浮かび上がる赤い灯籠の列の中を数人の日本人と共に歩いていた。レオは日本人に音楽の教育をするため、日本政府から呼ばれた、お雇い外国人だった。レオは言った。

 「私には妻がいますので、そのような場所へは行けません。」

 「ロベール殿、困ります。これはただの歓迎会ですよ。場所がちょっとあれなだけです。」春から一緒に働くこととなる日本人教師が言った。レオは仕方なく、吉原の歓楽街の奥へ入っていった。レオたち一行は広い座敷に通された。

 「今回、この吉原でロベール殿の歓迎会を催したのには理由がありまして、この吉原で有名な箏の名手の演奏を是非聴いていただきたいと思いまして。」

この会の取締役である日本人が言った。すると、その郭の女将らしき人が話し出した。

 「ここ吉原でもいちにを争う箏の演奏をお楽しみくださいませ。」

すると、奥から十六くらいの少女が一人出てきた。

 「七菜と申します。今宵はロベール様の歓迎の催しに私のようなものがお招きいただき、誠に光栄です。」

七菜は深々とお辞儀をすると箏を構えた。

 七菜が箏を一音鳴らすとせこは水を打ったようになった。ちょうど一石の石が水面に落ち、波紋が広がっていくようであった。波紋は大きな波になったり、砂浜に注ぐ小波になったりした。

 「ロベール殿、大丈夫ですか?どうです、七菜の演奏は。」

隣にいた中村と言う日本人教師が心配そうに話しかけた。

 「いや、本当に良い演奏でした。一瞬、別の世界へ持っていかれました。」

レオはまだ夢ごこちという感じで答えた。その後宴会が催されたが、レオは七菜の演奏のことで頭がいっぱいだった。

 帰り際、レオはその郭の女将に話しかけた。

 「先程、箏を演奏した、七菜と言う娘は客を取っているのですか?」

すると女将は少し意外な様子で答えた。

 「七菜はもう客を取っていますよ。しかし、まだあの年でありますので、なりたてでございまして。」

 「今宵、その七菜と言う娘に会うことは可能ですか?」

レオは意を決して女将に言ってみた。

 「それはもちろん、ロベール様がお望みならば。」

女将は笑顔で応じ、奥へ入っていった。

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