第27話 合同パーティー


「カルロ、スイラが緊張しています。触れないであげてください」



 私が非常に困っているのを察したリュカが助け船を出してくれた。救世主でも見るような気持ちで彼に目を向けると、真顔で頷かれる。さすがリュカ、私のことがよく分かっている。



「おっと、すまん。そっか、こういうの緊張しちまうのかー」


「はい。すみません」


「いやいや、可愛いからぜんぜん」



 ……怪力で消滅させそうだから触らないでほしいという言葉の何が「可愛い」のか全くわからない。「怖い」と「可愛い」は似た発音だけれど、聞き間違えている様子でもないし。


(ジン族って変な人が多いのかな……ジジも変人だったもんね)


 私はそそくさとカルロの傍を離れ、リュカの隣に位置どった。やはりここが一番安心する。そんな私をカルロは楽しそうに、そしてシャロンはやはり睨むように見てくる。

 そのまま五人で丸いテーブルを囲うように座った。時計回りに私、リュカ、シャロン、カルロ、モルトンである。私の対面に座っているカルロがニコニコとこちらを見てくるので、なんだか居心地が悪い。



「相手は氷雪竜だからな。リュカだけならいつも通りって感じだけど、今回はスイラちゃんがいるからどうするか。……ちなみに前衛と後衛、どっちが得意だ?」


「私はどちらでもできると思いますが、前衛の方がやりやすいですね」



 正直に言えば下位竜も私が殴れば一撃で済むと思う。……竜の子孫だからどう、という感情もない。属性竜でなければ、会話のできない魔物でしかないのだから。

 リュカだけならともかく、他の三人がいる中でそれをやってしまっても大丈夫なのかどうかは疑問が残るけれど。……トドメを別の人にやってもらえればなんとか印象が薄くなるかもしれない。



「お、じゃあ俺と一緒に前衛張ってくれ。シャロンとリュカが後方からの攻撃と支援、モルトンは詠唱中無防備なシャロンを守る。これでいいか」


「異議なし。リュカ、頑張りましょうね」


「……ええ」



 シャロンが甘えたような声でリュカに話しかけている。……もしかして彼女は、リュカのことが好きなのだろうか。けれどリュカの方はいつもよりずっと静かなので、彼女と距離を置こうとしているように見える。



「よし、出発は明日だ。スイラちゃんは俺たちと初めましてだから、仲を深めるためにも今日は親睦会としようぜ。二人は宿、もう決めてるか?」


「ええ。リズの箱舟亭を」


「俺たちもそうだ。じゃあそこの食堂で飯でも食うか!」



 全員同じ宿を取っていることが判明し、その宿の食堂で全員で食事をすることになった。五人でのにぎやかな食事というものは初めてだ。宿に向かう間はカルロがあらゆる質問を投げかけてくるため私はそれに答えているのだが、リュカはシャロンに話しかけられていた。モルトンは無言で歩くばかりで会話に入ってこないけれど、皆の会話は聞いているようで時折表情が動いている。


「稲妻牛を素手で倒したってホント?」


「はい。突進されたので捕まえて首をきゅっと……」


「すごいな。スイラちゃん細いのに、どこにそんな力あるんだろ」


「こう、内側に詰まっている感じかと」



 いつかギルドで受付嬢に見せたように、力こぶを作って見せた。作り物の体で筋肉は盛り上がらないが、この中には竜としての筋肉が圧縮されているのである。

 しかしそれを知らないカルロはなんだか力の抜けた笑顔で私を見下ろしていた。



「いやぁ……ほんと可愛いな、スイラちゃん」


「……そう、ですか? 怖い、ではなく……?」


「もう、ほんとそういうところ……守ってあげたくなる感じ」



 カルロの言い分は分からない。私の力はヒトとは比べ物にならなくて、守られるどころか私から自分の身を守ってほしいくらいなのだが。そもそも私を傷つけられるような存在など、黒竜くらいしかいない。そして黒竜を傷つけられるのも私くらいである。……あれがヒトを襲おうものなら、私が守るしかなくなるし。



「むしろ私が皆さんを守る方というか……」


「うわ、しかもすごい健気じゃん。いい子過ぎる……」



 彼の口から出てくる私の印象が、私自身とかけ離れすぎていて困る。彼は一体、私の何を見ているのだろうか。微妙に会話が成立していない気がする。

 リュカとはこんなに齟齬が出たことはないのだけれど、彼が合わせてくれているだけで私の人間語が未熟なのだろうか。


 宿の食堂について大きなテーブルを囲う。こちらは円形ではなく、長方形のテーブルなので自然と本来のパーティーごとに分かれてほっとした。向こうの三人はモルトンを真ん中にして、私の前にカルロ、リュカの前にシャロンが座っている。

 料理の注文をし、飲み物が届いたら全員で乾杯する。私はジョッキを壊さないように細心の注意を払ってそっと彼らの杯に近づけた。……それだけなのになぜかシャロンからは睨まれ、カルロからは「可愛い」と言われる。二人の感性はよく分からない。



「ねぇリュカ、旅の話を聞かせて? いつもみたいに。ヒュドラ討伐の話聞きたいわ」



 いつもリュカから旅の話を聞いているのだろうか。可愛らしく小首をかしげてシャロンがねだっている。ヒュドラと言えば私が出会う直前の出来事だと思っていたら、リュカも同じことを考えたようだ。



「それは……ちょうどスイラに出会った時のことですね」


「お、スイラちゃんとの出会い? 俺も興味あるな、そこ」


「では、その話を。ヒュドラ討伐の依頼を受けた後なのですが――」



 リュカの語りを運ばれてきた食事に手を付けながら聞く。私も一度聞いた話だが、ヒュドラの討伐の詳細は知らなかったので面白い。しかしずっと話しているリュカはあまり食べていない気がして心配だ。



「ヒュドラの縄張りで氷狼に襲われるなんて……それでも生還したリュカは、やっぱりさすがね」


「いえ……そこで弓を失ってしまって、帰路では岩竜の群れに遭いました。あのままだったら死んでいたでしょう。……そこにスイラが現れ、私を助けてくれたんですよ」


「あ、じゃあそこから私が話すよ。リュカ、あんまり食べてないから食べてて」



 その先は私も一緒だったので分かる。私が説明する間に、リュカに食事をしてもらおうと思っての提案だった。しかしやはりシャロンには睨まれてしまって、私が何を言っても彼女の機嫌を損ねるらしいことを理解した。まあ敵意と言う程の悪感情は感じないので、なんとなく気に食わない程度なのだろう。私が人間だった頃にもどうしても受け入れがたい相手はいたし、そのような感覚かもしれない。



「……ああ、ありがとう。君は食べたか?」


「うん、私はもう大丈夫」



 実は、この体になってから満腹も空腹も感じたことはない。味は分かるけれど、リュカの様子を見ながら量を調節しているだけで、どれくらいの量が適量なのかもわからない。

 竜であった頃も体積の割には空腹を感じる頻度が低く、毎日食事をしていたわけではない。どうやら竜というのは大気中の魔力を吸収してエネルギーにするのが主な栄養源のようで、食事自体は足りない分を補うくらいでいいらしい。……むしろ、今の方が三食きっちり食べる分、量が増えている可能性だってある。


(小さくなるのに魔力を使ってるけど、大きい体を維持するより小さい体の方が燃費はいいのかも? そんなに食べなくても大丈夫だもんね)


 ……まあ、隙あらばたくさん食べてリュカに「君は気持ちがいいくらい食べるな」などと言われるのだけれど。彼が作る料理がおいしいのが悪いと思う。



「おっどろいた。……リュカってそんな風に喋るのな。っていうか、スイラちゃんも」


「え? はい、パーティーなので」



 リュカは彼らに対し丁寧な言葉遣いをしているので、私もあわせてそうしている。臨時のパーティーと固定パーティーではやはり違うものなのだろう。……まあ、彼らの方は最初から砕けた言葉遣いだが。エルフとジン族の認識の違いかもしれないし、リュカに合わせておくのが無難だ。



「……ふーん。なぁ、二人って付き合ってるとか?」



 カルロの質問の意味が分からなくて首を傾げた。言葉の意味としては、理由があって一緒にいるのか、もしくは恋人関係か、と尋ねられていると思うのだが、何せ私の人間語は完璧ではない可能性がある。リュカの方を見るとちょうど彼も私を見ていて、目が合った。



「カルロ。……あまり、そういうことを訊くのは、よくない」


「いやーだって気になってよ……ほら、シャロンも気になるって顔してるだろ」


「ちょっ……うるさいわよカルロ!」



 寡黙な性格のようでずっと無言で話を聞いていたモルトンがカルロをたしなめている。よく分からない質問に下手に答えるのはまずいだろうから、できればこの話題が流れるようにと願いながら黙って動向を見守った。



「リュカが岩竜に襲われてるのを助けたのがスイラちゃんなんだよな。こう、命の恩人っていうか運命みたいなもの感じたり……岩竜だって小さくても竜だし、しかも群れだ。強かっただろ?」


「そうでもないですね……一匹踏み潰したらみんな逃げてしまったので」


「踏みつぶ…………え、まじで? なんていうか……結構ワイルドな討伐やってるよな。想像できないんだけどさ」



 上手く話は流れたようだ。私の「ワイルドな討伐」とやらの話をカルロが喜び、モルトンも感心したようにたまに質問をしてくるのでしばらくその話で盛り上がる。おかげでリュカの食事の時間も取れたようだ。……まあやはりシャロンには時折睨まれたのだが。

 そのような感じで食事を終えて、私たちはそれぞれ部屋に戻ることになった。食堂を出てそれぞれの部屋に向かう。カルロとモルトンは私たちの部屋のすぐ近くだったようで、部屋に入る寸前まで一緒だった。



「は!? 同室!?」



 ……しかしなかなか部屋に戻ることはできなさそうであった。

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