第7話 冒険者の宿の管理人さん、ミナフィ

「景気ですか? ダメダメですね」

冒険者の宿の軒先を掃除していた小人族ウィローの女性、ミナフィから、もはやお決まりとなった回答が返ってきた。

客室エコノミールーム高級客室スイートルームはもちろん、簡易寝台さえ空きが多いんです」

宿の管理人ミナフィがほうきを動かす手を止めずに続ける。

お客さんぼうけんしゃさんがいないわけじゃないんですよ。レベル更新の宝珠の利用者数も減ってませんし……」

レベル更新の宝珠は、冒険者の宿に備え付けらえれているアイテムで、魔術窓ウィンドウに表示される冒険者自身の能力値ステータスを更新することができる。

「お、お~! レベル更新の宝珠!」

魔王様がレベル更新の宝珠をぺしぺしと叩く。やめなさい。


冒険者自身の能力値ステータスは自動では更新されない。

レベル更新の宝珠によって、現在の身体能力、魔力量を数値化し、魔術窓ウィンドウに情報を転送しているのだ。

常にリソースの管理と、進むか戻るかの判断を迫られる迷宮探索にとって、「自分の力量はどれくらいか」「呪文が何回使えるか」という情報は生命線である。

これを怠る冒険者は迷宮で生き延びることはできない。

「スペクトくん、見て見て~」

魔王様がさっそく更新した自分のステータスを見せようとする。

「はいはい」

両手の指で四角いフレームを作って、中央に魔王様を収める。魔王様がポーズを決める。

能力値ステータスの盗み見防止のため、他人の能力値ステータスを見るためには、両者の同意と、見る側の特定のアクションが必要なのだ。

だからって、魔王様みられるがわのポーズは必要ないのだが……。


魔王様のレベルは計測不能、表示は2767となっているが、おそらくはそれ以上だろう。

呪文の行使回数は魔術呪文、僧侶呪文共に全位階9最大値の9回。

能力値ステータスは、知恵IQを除いて、全て種族最高値。

ああ見えて、私を1日100回以上殺せる存在なのだ。

(私のHPは二桁未満なので、第1位階魔術師呪文の単発炎弾カヒド1発で死ねるのだ)


レベル更新の宝珠これのおかげで冒険者のみなさんがまったく来ないわけじゃないんですけど……ただ、ほとんどの方は馬小屋に宿泊されます」

馬小屋といっても、本当に馬と一緒に宿泊するわけではない。

偉大なる最初の迷宮都市の宿屋の呼称に則り、馬小屋と名乗っているのだ。

とはいえ、設備はほぼ馬小屋同然、馬房と藁の寝台なのだが……。


「馬小屋に泊って、魔法力MPだけ回復、後は迷宮に潜ってから僧侶の治癒呪文でケガを治すという方が多くて……」

コカトリスの幼体のアップリケがついたエプロン姿のミナフィが、ため息をつく。

街中での呪文の行使はご法度なので、わざわざ迷宮内の入り口まで行って、治癒呪文を使って昨日の傷を癒すのだ。

当然、治癒呪文を使うまでは、応急処置だけして負傷したまま我慢となる。


「でも、本当は客室エコノミールームか、せめて簡易寝台で、心も体もリフレッシュしていただいて、皆さんを迷宮にいってらっしゃいしてあげたいんです!」

実際、ミナフィが管理している冒険者の宿の評判はすこぶる良い。

『あまりにも居心地が良すぎて、気が付けば1年の月日が流れていた』などという与太話さえあるほどだ(本当に与太話だろうか?)。


「最初は馬小屋、レベルアップと共に手取りも増えて、簡易寝台、客室エコノミールーム高級客室スイートルームへとグレードアップ。そしていつかは最高級客室ロイヤルスイートに……というのが理想のサイクルなのですが……」

「今の冒険者さんたちのお財布事情だと厳しそうですね……」

私とミナフィのため息がシンクロする。

「お、お~! すごいお部屋!! こんなお部屋がこんなに安く買えるの!?」

最高級客室ロイヤルスイートを内見していたお財布事情の元凶まおうさまが何か言っている。

「い、いえ違うんですよ、魔王様。うちは賃貸なんです。購入されるのではないんですよ」

「なるほど~……ちんたいって?」

嗚呼……私とミナフィが天を仰いだ。

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