第37話 その後のアリーシャとルイス 1

 僕とアリーシャは兄さんが魔物と戦っている間に町の中心部へと向かい、騎士団に保護されて父さんと母さんに会うことができた。

 見慣れた町に見慣れぬ魔物たちが我が物顔で闊歩している。 あと少しでも到着が遅れていたなら僕たちは魔物の餌食になっていただろう。

 本来いない場所に本来いないものがいる異常な光景。そんな異常な光景の中に兄さんを一人おいてきたという罪の意識に酷く苛まれ、自分の無力さを責めて冷静さを欠いてしまい今にも気が狂いそうだった。


 父さん達も騎士団と連携して魔物と交戦していたが、その数は兄さんが戦っている数の比ではない。兄さんが立ち向かっていった数よりも圧倒的に少ないのだ。それでも皆血を流し、怒声をあげ、怪我人を運び、死者が増え続けていく。兄さんを助けてほしいと叫びたくとも自分の我がままで人が無暗に死ぬことを恐れているのか口が動かない。言わなければいけないのに喉が渇いて舌が張り付いたように動かない。

 兄さんを助けてほしいのにどうして助けを呼べないのか。敬愛し尊敬する兄の命がかかっているのに僕は己の保身のために動かけないでいるのか。自分が善人であるために兄さんの犠牲を許容しているようで気持ち悪い。

 声が出ないのはどう考えてもおかしい。何者かに呪いでもかけられた――そんな風に誰かのせいにしてようやく精神の均衡を保っていた。


 外では魔物との争いが続く中、比較的安全な場所へと僕とアリーシャは連れてこられていた。椅子に座らされたまま泣き喚くアリーシャに苛立ちを覚える。この女はなぜ何もしようとしないのかと自分を棚に上げて睨む。

 ひと段落ついたのか両親がやってくる。そのころになると喉の渇きは失せていて拙い言葉で懸命に状況の説明をした。とにかく兄さんのことを伝えなきゃいけないと考えて、纏まらない思考を纏める努力もせず、思いついた断片的な情報をそのまま口から出して必死に説明をした。


 兄さんが僕たちを守って魔物を倒してくれたこと。兄さんが僕たちを庇って大量の魔物と戦っていること。その二点を話すのにも混乱した頭では上手くまとまらず、説明するのには時間がかかった。


 早く助けに行かなければ兄さんが死んでしまう。あの数の魔物を前にしては、いくら兄さんでも敵うわけがないのだ。そう思えば思うほど冷静さを欠き、落ち着いていられるわけがなかった。

 頭に血が昇った状態であった自分を、父さんが落ち着かせようと宥める。だがそんな悠長な態度をとる父さんにも怒りを感じ、ますます僕は冷静さを欠いて最悪の事態を招いてしまう。いつのまにか近づいていた魔物がアリーシャを襲ったのだ。

 注意力の欠如した状態が仇となった。僕が興奮していたせいで皆の注意が散漫になってしまった。兄さんからアリーシャを守るように言われていたはずが、一日も、数時間も経たずにその約束を破る事となるとは。


「わかりました。命に代えても守ります。何者からも守ってみせます。約束も、アリーシャも僕が守ります。だから兄さんも、命に代えてでも自分の命を守って帰ってきてください……ね」


 そんな約束をした。一字一句忘れまいと誓ったのだ。舌の根も乾かぬうちに、その約束を違うのかと絶望した――その瞬間、母さんが魔術を詠唱をしながらアリーシャの前に飛び出していた。二匹の魔物に火の魔術を放ち、断末魔すらあげる間もなくこの世から消し去った。


 間一髪のところでアリーシャは守られて安堵した。だが様子がおかしい。アリーシャが泣き止んでいる。何も言わず、泣き顔をはりつけて呆然としていたのだ。

 アリーシャの視線の先を追うと、そこには母さんがいた。片腕を失って倒れている母さんがいたのだ。腕だけではなく腹部からも大量の血を流れている。子供の自分でも、それが致命傷になるとはっきりわかるほどの深い傷を負っていた。


 僕には何も理解出来なかった。何故母さんに腕がないのか。何故母さんは血を流しているのか。何故お腹の横が抉れているのか。何故、何故、何故。どうしてアリーシャを庇って母さんが死ぬのだ。アリーシャを蛇蝎の如く嫌っていた筈の母さんが、どうしてアリーシャのために。


 父さんが母さんを抱きあげて、僕には聞こえない小さな声で言葉を交わしている。

 母さんは青白い顔をしていた。このまま死んでしまうのだろう。僕が兄さんの言いつけを守らずにアリーシャを守らなかったから。僕のせいで母さんは死ぬのだ。僕が母さんを殺したのだ。


 泣き止んだアリーシャに代わるように僕は泣いた。

 夜の闇は嫌味のようにあらゆる恐怖を増幅させる。この闇にまぎれて次に現れる魔物が父さんを、アリーシャを殺すのではないか。そんな恐怖が心を包むと感情は僕の制御を離れてしまう。


 僕は何も出来なかった。

 何もしようとしなかった。

 命を懸けても守ると言ったのに。

 兄さんと約束したのに。


 やがて母さんは二言三言、父さんに何かを伝えると静かに目を閉じてしまう。

 母さんが死んだ。そのことを僕は受け入れることもできなかった。ただ泣き叫ぶだけで、何もすることができず、事実を受け入れることすらもできない。


 兄さんならばこうはならかったはずだ。兄さんがいてくれればこんなことにはならなかったはずなのだ。あのとき兄さんの代わりに自分が死んでいればよかったのだ。母さんの代わりに自分が死んでいればよかったのだ。僕のような無能が生き残ったところで誰も幸せにはならない。誰も幸せにはできやしない。いや、死んだとしても誰も幸せにはできないのだろう。死ぬ気で守ろうとしても守れる力がないのだから。

 自分の無力さを呪った。愚かさを恥じた。強くて賢くて優しい兄さんの弟が、この程度の存在だったとは我ながら呆れてしまう。弟として生まれた事で兄さんの恥となり、兄さんの汚点となるような存在。その事実が悲しくて悔しくて不甲斐ない。


 泣いていた筈の、呆然としていたはずのアリーシャが歩いていた。

 涙を流しながら母さんを抱きしめる父さんへと近づき手を差し伸べる。アリーシャの体から眩い光りが放たれると、辺りの闇は払われて一帯が昼よりも明るく照らされた。

 闇夜の空まで朝へ変えてしまうような眩く力強い光。実際はそこまでの光ではなかったかもしれないが、それは、その光はそう見える程、そう感じさせる程に神々しく超常的な光であった。その光は僕の心も落ち着かせてくれた。


 アリーシャが輝きを放ったあと、失っていた筈の母さんの腕が元に戻っていることに気付く。抉れて血を流していた腹部からも元の肌の色が見えた。

 死んでしまったはずの母さんがゆっくりと瞼を開く。父さんが声にならぬ声で母さんの名を叫んで抱きしめる。母さんは何が起きたのかわからぬと言った様子で瞬きをして、とりあえずといった様子でいつもの濃厚なキスを返していた。


 そこから先は覚えていない。なぜなら僕はそこで気が抜けて気を失ってしまったからだ。



 ☆



 駐屯騎士団と冒険者たちは二日間休みなく戦い続けた。二日目の夜、最後の魔物を討伐し終えるとこの町にも漸く平和が訪れる。


 両親が諸々の手続きを終えて家に帰ると、兄さんが僕たちと別れた場所には巨大な窪みができていた。

 あのあと兄さんが放った魔法が大地を抉り、木を飲み込み、全ての魔物を消滅させたのだすぐにわかった。

 何日もかけて捜索されたが、どこにも兄さんの姿はなかった。亡骸も遺品すらも見あたらない。わかるのは兄さんが自らの命を賭して僕らを救ってくれたということだけだった。


 数か月後――


 猿型の魔物を倒した際に放った魔術、巨大な拳のような岩を墓標にすようと町長さんが提案した。それがこの町を救った小さな英雄、大魔法使いユノの墓標であると。僕はそれをよくは思わなかったが、止める権利もなかった。


 ☆


 本ばかり読んでいた僕が父さんに剣術を習いはじめた理由は単純で当然なものだった。兄さんとの約束を守るためである。

 アリーシャを守るのは兄さんとの約束を守るためで、僕が生きるのは兄さんの約束を守るためだ。僕には生きる理由がそれしかない。アリーシャがその日死ぬならば、僕の命もその日に終わる。


 一日あったことを毎日必ず兄さんの墓に報告にいった。最初は町長の人気取りに加担するようで、兄さんが利用されているような気がして面白くなかった。けれどもほかに兄さんとの接点が見つけられなくて、結局は墓にくるしかなかったのだ。


 だがある時に気付く。それは雛鳥が巣から巣立つ瞬間を見た時だった。雛鳥が巣から飛びたち、成鳥にならんとしようとした瞬間を見たときだ。

 兄さんはここにはいない。こんな場所に閉じこもるような器の人じゃなかった。この岩は兄さんが残した魔術であって墓などではなくただの象徴、記念碑に過ぎない。今も空の彼方に兄さんの魂はあるのだ。そして僕を見守ってくれている。こんな場所に来なくとも兄さんはいつでも僕の胸の中に降りてきてくれる――そう気付いた。


 アリーシャは兄さんの死から立ち直れず、言葉を一切話さなくなっていた。

 口をひらくことはあっても、その口から音が出ることはなかった。あれほどやかましかったアリーシャが笑いもせず喋りもしない。

 兄さんは明るいアリーシャが好きだと言っていた。だというのにこの女はそんな自分を捨てたのだ。僕はそれが許せず、益々アリーシャを憎み、嫌いになっていった。


 アリーシャの変化はもう一つある。どういう風の吹き回しなのか本を読むようになったのだ。読むものは兄さんが読んでいた本だけで、僕にもまだ理解できない内容のものまで兄さんとの唯一の繋がりであるかの様に何度も文字を目で追って繰り返し繰り返し読んでいた。



 兄さんを喪ってから一年がすぎたころ、アリーシャは王都へと連れていかれた。アリーシャが勇者であるという噂がひろまり、それが騎士団や行商人、あるいは町長を経て国に伝わってしまった。勇者は国を守護する公的な存在であると認定された。国の預かりとなったアリーシャは何も言わず、何も抵抗せず、王都へと連れて行かれてしまったのだった。

 伝説の勇者の誕生。その噂は爆発的にひろがって王都では盛大に祝われたそうだ。酒場では連日人が集まり、商店では勇者の名を冠した商品が作られる。

 アリーシャは到着して間もなく王都の中央に伸びる凱旋通りをお披露目と称し、輿に乗せられて通ったと伝え聞いた。


 王都へ到着してからもアリーシャは何も変わらなかった。何も聞かず、何も語らず、怒らず、笑わず、表情を変えない。ただ言われるがまま、なすがままに行動し、時間が許す限り本を読む。魂が入っていないのでは――そんな噂がひとたび流れると、担ぎ上げて利用しようとしていた者たちは口を揃えて「不気味なガキ」だ、と言った。


「小さな町を守った小さな英雄の死と、その英雄に恋をしていた悲運の勇者。悲恋の勇者様は英雄の死を受け入れられず声が出なくなってしまったのだ」


 何処から流れたかは分からないが、吟遊詩人達はこの話を喜んで飯の種とした。詩人たちの影響力はすさまじく、歌は一瞬で王都中にひろまり半年もかけずにショミの村にまで届いた。幼い勇者が背負った不幸は国民の胸をうち、熱狂的な支持を受けることに繋がる。なんとも皮肉な話だと思う。

 僕はそれを苦々しく思う。不幸であるとわかっているのに嬉々として兄さんやアリーシャの話をする者が多いのだ。かわいそうだ、ひどい話だ――そう言いながら楽し気にしている。しばらくもせず、二人の話をする者は誰であろうとも殺してしまいたい気分になった。気持ちを抑えるのにはいつも苦労させられていて、何度も問題を起こしてしまい、そのたびに両親を悲しませた。



 アリーシャは大人たちの言われるがままに動いた。

 当然大人達は大いに喜ぶ。手の掛からない勇者様だ、と。


 やがてアリーシャは聖騎士団へ迎え入れられることとなる。無論、戦いの心得などなどアリーシャにあるはずもない。だというのに騎士団へと入れられてしまう。

 大人たち曰く、いくら能力が有ろうともそれが利用できないのならそこらの人の子と何も変わらない――だそうだ。つまりアリーシャに価値をつけるための騎士団編入である。

 言われた事をただやるだけの人形になっていたアリーシャは何一つ文句も言わず、ただ訓練を繰り返していた。疲労で倒れても何度でも立ち上がり。吐瀉物を撒いても訓練を止めず。文字通り動けなくなるまで剣を振り続けた。それでも時間さえあれば本を読んでいた。


 一方の僕は父さんに剣術を習いアリーシャに遅れること三年、王都へと向かった。アリーシャの所属する聖騎士団に入るために。当時はまだ八歳だった。


 僕には剣の才はないが戦う才能があった。

 盾の使い方を父の冒険者仲間に教わった時のことだ。自惚れた考えかもしれないが、打撃をさばいたときに自分でもこれはと思うものを感じた。確かな手ごたえに震えていると、父さんも僕の才能は本物だと言ってくれていた。


 こんな自分を兄さんにも見てほしかった。そして一言でもいい、注意をして戒めてほしかった。

 兄さんならば僕の才能を正しく評価し褒めてくれたことだろう。でも僕が高慢にならぬようにと心を鬼にして注意もしてくれるのだ。その優しさが僕は好きだった。常に正しき道へと僕を導いてくれる。兄さんはそういう人だったのだ。

 いつだって僕が間違いを犯せば正してくれた。悪さをするとすぐに叱ってくれた。何が悪く何が正しいのかを子供にもわかるよう優しい言葉で紡いでくれる。

 寛容寛大で公明正大な兄さんは正しい道の歩み方と誤った人の在り方を説いてくれた。幼いながらにも分かっていた。兄さんが僕を叱るのは優しさ故なのだと。


 今、兄さんは僕の胸の中にいる。そして天からも僕を見守ってくれている。だから僕が自惚れたとしても、それで鍛錬を疎かにすることはない。胸の中にいる兄さんが叱ってくれるから。天から兄さんが道を誤らぬよう見張ってくれているから。


 しかし何と数奇な運命だろう。兄さんからアリーシャを守るように言われた僕が、身を守る盾を使う才能があるだなんて。きっとこれも兄さんがそういう運命を操る魔法をかけてくれたからなのだろう。根拠は「兄さんだから」で十分だ。あの偉大なる兄さんならば僕に才を授けることぐらいは容易であると――そう確信している。


 ☆


 聖騎士団には見習いとして入団することができたのは幸運などではない。無論、剣の腕前や能力が買われたわけでもない。両親の伝手を使った紹介文。そして兄さんとアリーシャの二人と僕の繋がりを調べられて、それが決め手となったようである。

 それは構わない。僕は兄さんのような英雄にはなれないと分かっているし、八歳の子供である自分が高く評価される方がおかしいのだ。なんの嫉妬もない。むしろ誇らしくすら思う。僕は兄さんと比べてもらえる弟なのだと。世界で唯一兄さんの弟を名乗れる者なのだ――と。

 それに兄さんのおかげで騎士団に入団できたというならば、これ以上嬉しいこともない。兄さんの影響が僕の人生を動かすたびに、兄さんが僕の生きる道を照らしてくれているのだと感じられるから。


 騎士団見習いとはいえ雑事をやらされるわけではなかった。雑事は雑事をするための小間使いやメイドが雇われており、僕は同じ訓練は受けられるが魔物の討伐などの職務にはいつけないというだけであった。

 僕の盾捌きは大人にもひけを取らないという自信がある。実際その通りで、入団から半年もせずに騎士団員達からは神童と持てはやされるようになっていた。だがそんな訳がないと僕は思う。何故ならば「神童」とは兄さんのことを指す言葉なだからである。神は二人もいらない。神は兄さんだけでいいのだ。兄さんだけが唯一絶対の神なのだ。僕が神童などと、冗談でも言ってほしくはなかった。


 世の中は広く、上には上がいるものだと思い知る。高く伸びた鼻をへし折ってくれたのは聖騎士団団長だった。団長だけには一太刀も入れられず剣を捌くこともできなかった。

 最初は悔しかった。だがこれは都合の良い相手だと考えを改めた。この人を倒せれば、僕は兄さんとの約束をより確実に守れるだけの強さを手に入れたことになるのだ。だから騎士団長は一つの指標として使わせてもらうことにした。アリーシャを守る――それが兄さんと交わした絶対に破れぬ最後の約束なのだ。


 ☆


 兄さんを喪ってから六年が経ち、アリーシャは12歳、僕は11歳となった。


 聖騎士団の団長には未だに敵わない。しかし勝ち目はあり、勝ち筋も見えてきている。団長の本気も分析済みで、どう動けばどういう行動をするのか、反射的な癖なども掴んでいる。あとは単純に体が成長して筋肉がつけば勝てない相手ではない。辛勝であと三年、完勝するには五年と言ったところか。兄さんとの約束を守るためにどこまでも強くならないといけないのだ。団長を倒したぐらいで満足するつもりはない。

 団長もそれが分かっているようだが、どこか嬉しそうにしている。負ける未来を待ちどうしそうにしているのは変わった人だと思う。


 今の僕を倒せる騎士団員は、団長とアリーシャぐらいなものだった。

 アリーシャと剣は交えたことはないし今後も戦う気はない。守るべき対象に剣を向けるなど、兄さんに剣を向けるも同義である。だからアリーシャとの立ち合いでは剣は持たずに盾だけで挑むことにしている。そのせいで妙な噂がたつこともあるが、そういった噂は兄さんの名誉のためにも一つ一つ根元から潰していっている。余計な手間をかけさせないでほしいものだ。



 早朝の自主鍛錬が終わって、朝の聖騎士団の集まりに参加する。

 部屋に入ってきた団長は苦虫を口いっぱいに詰めたような顔でこう言った。


「魔族領の王がこの国を滅ぼしにくる――という珍妙なお告げが出たそうだ。なんでも魔界にすまう悪しき竜が国を燃やしに来るんだとよ」


 このダンクルオスという国は神界教という宗教で統一されている。他の宗教観念は一切が悪。神界教徒以外は全てが邪教徒だとし、隠れて他宗教を信奉しているのを見つかれば厳しく罰せられた。

 特に隣国シクティスが国教と定めている神子教を目の仇にしており、教えを口にしただけでも罰せられ、信者だとわかれば死罪以外の道は王族ですら免れない。

 狭量な教義を掲げるものだと思わず笑ってしまいたくなるが、それすらも死罰になるので気を付けよう。


「神界教の最上位に位置する神官……なんといったか、あれだ……大司教ブーバス・ケツァル様だ。ブーバス様のお告げとなると我々が動かされるのは確実だな」

「聖騎士団の団長が一番上の上官の名を忘れるのはまずいっすよ」

「仕方ないだろ。俺は剣一筋だったから貴族連中の名前なんて馴染みがないんだからよ」


 ブーバスは神からのお告げを聞くことができる最も神に近い偉大なお方――だそう。どうにも胡散臭いと皆思っているが口にはしない。それを言えば首が胴から離れることになるだろうと分かっているので、態々そんなことを言う間抜けはいないのだ。


 何が神に近いだ。神に最も近い存在は兄さんだろう。

 いや、兄さんこそが神だと言っても過言ではないのだから、それに最も近い存在は僕であるべきだ。神界教などという在りもしない神を崇めている時点でブーバスは間違っている。





 神は兄さん一柱で十分だ。

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