第4話 4歳~6歳
両親の名は、父がリデルで母がリディア。
この世界について右も左も常識も分からなかったのと、名前が似ているため、もしや二人は兄妹じゃないのか――そう疑ったことがある。
無論、本気で疑っていたわけではない。半ば冗談みたいなものだ。名前が似ているというだけで血縁を疑うなんて馬鹿げていると俺も思う。
この話は順序が逆なのだ。両親の名前から近親婚を疑ったのではなく、近親婚が許される世界なのかを確認したくて両親の関係を疑ったのだ。
近親婚が可か否かは、今後の人生の舵取りに大きな影響を及ぼす重要な話である。兄妹で愛し合うことが許される国なのか。血の繋がりに対する意識が低い地域なのか。血のつながりがあっても問題のなく子供を作れる種族、世界なのか。様々な憶測や予想が俺の脳内で渦巻き知的好奇心を昂ぶらせていった。結果如何では俺と妹とでワンチャンが生まれるのだ、これが昂らずにいられるか。
俺の使命は子をのこすこと。神より授けられた命に従っているまでである。神からの命を蔑ろにするわけにもいかぬのだから、この近親問答には正当な理由と強大な背景がある。決してやましい気持ちなどはないのである。
しかし、我が家には肝心要の妹ちゃんは残念ながら生まれてきていない。生まれてもいないのに俺の痴的探究心をくすぐり倒し、こうも問答を白熱させる妹ちゃんはとんでもない魔性の女であると言えよう。
俺は妹ちゃんとのワンチャンの可能性を信じている。そのため、二人が血縁であるかの真偽を確かめるべく、それとなく探りを入れてみたのだった。そうして語られたのが両親の馴れ初めであった。
「かあさんと、とうさんはどこで知り合ったのですか?」
「……ん? ユノはもうそんなことが気になるのか。ホントに賢い子だな」
父は少々親ばかのきらいがある。第一子なので仕方ないと言えば仕方ないのか。
「夫婦とはどうやってなるのでしょう」
「それはね、愛し合う二人がベッドや野外で――」
「り、リディア!!」
「あら失礼」
リビングのソファーに腰かけて一家団欒としていたところ、不意に投げつけた問いかけをきっかけに空気が一変してしまう。きっかけを作ったのは俺だったが問題を生んだのは母さんだ。この人はすぐに性的な話をしたがるし、どこでも性行為をしたがる。
「子供がいる前ではよくないって昨日も言ったろっ」
子供には言えない事情……例えば近親婚であったりするのだろうかと期待に胸と股間が膨らんでくる。
「ごめんなさい」
母は上気した顔を髪で半分隠し、小首をかしげて上目遣いで父を見る。とどめとばかりにペロッと舌先を覗かせて反省している風な誘惑をかます。
「ぐおっ!?」
前々から我が母ながら美人だとは思っていた。この時も母はとてつもない色気と魔性を放っており、父リデルは母の放つ性の波動に撃たれて吹き飛びそうになっていた。愉快な夫婦だ。
母からの熱視線を父は躱そうとしているのか、顔をそらし赤くなった頬を掻く。両親揃って実に鬱陶しい小芝居である。本来、リアルが充実している男女の浮かれた話など金を貰っても聞きたくないところだが、これもより良い人生を過ごすための先行投資である。痴識のため……もとい正しい性知識を獲得するためだと自分に言い聞かせ、これから始まるであろう二人の惚気話を傾聴する覚悟を決めた。
正直なところ、気持ちは大分逸っていた。近親婚なのかどうか、近親姦の上に生まれた子なのかを教えてほしかった。
「二人は兄妹なの? それともオネショタ?」なんて豪速球でもって頭部死球を狙うような真似はしない。それをしてしまえば最悪は一発退場の憂き目にあい情報収集の機会を一つ失ってしまう。
相手がバットを振りたくなるような甘い球も投げれば、内角スレスレの死球を狙い、時にはストレートに子宮を狙うこともできる。そんな七色の球種を投げ分けるテクニカルなピッチャーであるべきなのだ。
俺の大リーグボールで二人の秘密を暴いてやろうじゃないかと意気込みも新たにしていたところ、予想と期待はあっさりと裏切られ、誠に遺憾ながら二人は恋愛結婚であることが判明してしまう。
二人は隣国のシクティスという国で出会ったそうな。
「あのときのあなたの背中、今でも忘れられないわ……」
「お、俺だって、リディアは気づいてなかったみたいだけど一目見ただけで心を奪われていたんだからな」
もう結構です。この話はやめましょう――そう言って切り上げられたらどれだけ楽だったか。
知りたい情報は聞けたので、乳繰り合いを始める前に適当なところで切り上げさせたかったのだが、両親は二人だけの世界に俺を巻き込んで没入していく。
これが領域展開、はたまた空想具現化、固有結界というやつなのか。
☆
――若かりし頃、出会った当時のリデルとリディアは互いに独立しており、個人事業主としての冒険者稼業を営んで生活をしていた。
母リディアは彗星のごとく現れ魔術師として名をあげ始めた、期待の大型ルーキー。
父リデルはそれ以上に名の知れた、地域の同業では知らぬ者のいない有名で勇名な戦士だった。
「懐かしいわぁ……あの時はまだ私、あなたのことを敵だと認識していたのよねぇ。あなたったらいつも石みたいに固まって真っすぐこっちを見てくるの。新参だからって舐められないようにってますます気を張ったんだから」
「す、すまなかったって。あれは君があまりにも美しくて、見かけるたびに見惚れてしまっていたんだよ……。ああ、恥ずかしいな」
おい、イチャイチャすんな。恥ずかしいのは抱かれながら至近距離でそんな話を聞かされている俺の方だ。口から砂糖を吐きそうだ。わき道にそれずに話を進めろ。進まないならお漏らしして中断させるぞ。
なんやかんやあって、リデルとリディアは、ほかに二名の優秀な仲間をメンバーに加えてパーティーを組むことになる。
そこからはまさに快進撃。パーティー創設から手始めとばかりに攫われた領主の娘を無傷で奪還。莫大な報奨金を受け取る。山を支配して長らく流通を止めていた巨大な山賊グループを壊滅させ、町全体の活気を取りもどし。魔物に占拠された山林の村々をいくつも開放し――と、呆れるほどの主人公ムーブで次々に武勇伝を築き上げていく。
両親パーティーの活躍の恩恵をとくに強くうけていたのは町の商人組合である。そのため商人たちのバックアップは手厚く、お陰で金銭面での苦労はほぼなくなっていた。様々な情報も確度高く優先的に流れてくるので、雪だるま式に功績を積み上げていく。
「母さんはね、白夜の美しき魔女なんて呼ばれて貴族様のパーティーにもしょっちゅうお呼ばれされていたんだ」
「びゃくやって?」
精液で白くならない夜はないとかそういう……?
父さんは脳破壊されていたの?
「白夜というのはここよりもっとずっと南の国に見られる現象で、太陽が一晩中沈まない夜を指すんだ。母さんの火炎魔術がそれほどまでに凄まじい威力と規模だったから――」
無論白夜の意味ぐらい知っている。たまにこうして無知な振りをしておかないと気味悪がられてしまうのではないかと、定期的に悪い方向へテコ入れをしている。
「あら、あなただって貴族の御令嬢にひっきりなしに誘われていたわよね。特にあのアンネローズ嬢なんて今でもギルドに手紙を寄越しているそうですけど」
「えっ、あいや、それはそうかもしれないけど、あれは不可抗力で……」
あー、これは地雷踏んだな。
女子は地雷を隠すのが巧妙だ。どこに仕込まれているか全くわからず、突然足元を吹き飛ばしてくる。
――俺も前世では似たような経験をしたものだ。
高校時分の話だ。昼休みも終盤、友人たちが皆トイレに出払っている間、退屈だった俺は一人でポッキーゲームに興じていた。すると、斜め後ろに座っていた女子が急に泣き出すではないか。何があったのかと騒然とする教室。泣いていた女子に群がるクラスメイト達。しばらくすると視線は俺に集中する。
訝しみ、何かしてしまったかと尋ねると、「この前別れた彼氏と最後に食べたのがポッキーだったらしいよ。さすがに空気読んであげなよ」と冷たく返されたのである。まるで俺が悪人かのような空気を作る女生徒側の面々。
あほかと。
知るかと。
世の理不尽ここに極まれり。
そんな地雷どうやって避けるんだよ。みえねぇよ。躱せねぇよ。まさに地雷だよ――
「待ってくれリディア、俺は一度だってほかの女性に靡いたことはないし、人生で愛した女性は君ただ一人で――」
「うふふ、冗談よ。昔の二つ名がくすぐったくて、つい意地悪しちゃったの。ごめんね? 許してくれる?」
ここでまた上目遣いである。この女、自分の美しさを理解したうえでやっているな。そして父はそんな母が可愛くて仕方ないらしく、頑張って怒った顔を作ろうとしているが目じりが垂れてしまって結局はおでこにキスをしている。
「はぁ……君は昔からかわらないな。そうやっていつも俺をからかうんだ」
「怒った? 今夜はいっぱいお仕置きされちゃうのかしら」
「こ、こらリディア、ユノがいる前でなんてことを……!」
流れるように過度な情操教育してくるじゃん。
子供だからわからないとでも思っているのだろう。そのお仕置きとやらも今夜に限らず毎晩してるのは知っている。早いときには父さんの嬌声がニワトリの鳴き声よりも早く聞こえてくるのだ。今さらな話である。
「とうさん、パーティーのお話のつづきはどうなるんですか?」
「あ、ああ、そうだったな!」
手を忙しなく動かし、視線を彷徨わせて挙動不審な父。母さんは抱いている俺の頭に顎を乗せ「フンス」と満足げに一息つく。
美女に手玉に取られる父さんが素直に羨ましい。俺も美女の手のひらの上で、いや、指先で転がされたいものだ。
町には優秀なパーティーが名を刻む石碑があり、歴代最速でその石碑に名を連ねてしまうなど、父さんたちの快進撃はとどまるところ知らない。この自慢話はいつまで続くのだろう。血のつながった夫婦ではないと知れたので、質問しておいてアレだが、ここいらでしまいにしてくれても一向に構わないのだが。
「勇敢で、頼もしくて……あなたの背はいつも大きく見えたわ」
「君が背中を守ってくれるから俺は自由に戦えたんだ」
「今ではもっと大きいところを知ってるけれどね」
おいやめろ。
よくない流れになっているぞ。
「ゆ、ユノ、いいかい。これまでは上手くいった話ばっかりしたけれど、実を言えば成功と同じ数だけ失敗もしているんだ」
性交と同じ数だけの失敗?
「性交はもっとしているけどね」
「り、リディア!」
俺の知能レベルが母さんと同じであることがたった今判明した。まことにもって遺憾である。
「ぼ、冒険者というのは、本当はとても危険な職業なんだ。ユノもうまい話ばかりを鵜呑みにして憧れちゃいけないよ」
父さんは必死に話の流れを変えようとしているので素直に乗ってやろう。
「いいことばかりじゃないかぁ……ぜひ聞かせてください」
「うん、いいだろう。あれはそうだな、まだ父さんと母さんが出会って間もないころの」
「あの話をするのね……?」
「うん」
母のうっとりとした声が頭の上から聞こえる。恐らくこれ失敗談ではなく惚気が始まるやつだな。
「これは、まだ父さんたちがパーティーを組む前の話なんだ――」
ある日、母さんは即席パーティーに参加し難しいクエストを見事に達成した。
想像以上の長期戦に母さんも仲間も疲労困憊。とはいえ、あとは森を抜ければ拠点にしていた王都に着くと、みな気を抜いてしまっていた。そんなところに強力なトカゲ型の魔物と出くわしてしまう。
本来なら王都の近辺に出没するような魔物ではない。加えて厄介な討伐クエストを終えたばかりで体力も魔力も残り少なく十全には動けない状況で起きた遭遇戦だ。長期戦は不利と悟り、メンバーらと一瞬の協議の末、最初から残った力を振り絞り後先を考えない全力攻勢で挑む事を選んだ。
これが間違った選択だった。残った力を闘争ではなく逃走に回していればまだ活路も在ったろう。
結果、仲間は全員瀕死の重傷を受け、残るは後衛で援護をしていた母さんのみとなった。拠点にしている王都まであと僅かという所まで来ていたのだ、逃げるという選択肢も十分に浮かんでいたはずだった。
しかし母さんは名が売れ始めていたという事実のせいで、判断を曇らせ、生きるための選択を誤ってしまっていた。
冒険者は力こそが全てだそうだ。より難易度の高い依頼を達成すれば、それだけ力があると世間に認められる。認められればお偉いさんの目にもとまり、上手く事が運べば貴族のお抱えとなり将来は安泰なものとなる。いくら依頼外の魔物とはいえ、それから逃げたとなるとたちまちのうちに噂は広まり、冒険者としての評判は地に落ちてしまう。落ちてしまえば貴族のお抱えとなる道も遠く険しくなり生活も困窮してしまう。冒険者は一度の成功では成りあがれず、一度の失敗で職か命を失う過酷な職業なのだ。
要は欲によって判断を鈍らせたともいえる。母さんが強いのは性欲だけではないようである。
魔力切れを起こし動けなくなっていた母さんに、魔物のハンマーのような尻尾が振り下ろされる。
ここまでかと覚悟を決めたときだった。砂煙を巻き上げて母さんの前に颯爽と現れた一人の戦士。振り下ろされるはずの魔物の尻尾を裂帛の気合をあげて切り飛ばす。
「無事か!!」
「はっ、はひ!」
「そうか。間に合ってよかった……。大丈夫だ、君は死なせない。俺が必ず君を守るから」
「えっ、あ、はい……」
その戦士こそ、母さんがいつもは目の上のたん瘤のように感じていた父リデルであった。
王都にほど近いところで魔物とエンカウントしたのが不幸中の幸いだった。リデルは当時のパーティーメンバーとこれからクエストに出かけようというところ、偶然全滅寸前のパーティーを見つけたのだ。
リデルは走り出すと同時に大剣を背負うためのベルトを引きちぎって抜刀し、母さんの前に躍り出た。魔物の尻尾を受けるのではなく斬り飛ばし、返す上段からの振り下ろしで魔物の後ろ足目がけて大剣を振り下ろす。石のように硬い鱗で覆われている魔物の皮膚に大剣が食い込む。一撃必殺とはいかぬものの、これで魔物の意識は完全にリデルへ向いた。
ついでに母さんの意識も父さんに向き、その時には心臓の高鳴りがおさまらなくなっていたそう。所謂吊り橋効果というやつだろうが、まぁわからなくもない。
「私が名をあげるにはこの人よりも活躍をしないといけないって勝手に敵視して、いつも気を張っていたの……でも、あの背中を見た瞬間、そんなのはどうでもよくなっちゃったわ」
ちなみに父さんがベルトを引きちぎって抜刀したのは、抜く間も惜しかったかららしい。戦闘準備をしている暇などなかったとかなんとか言っているが、どんだけの怪力ならばそんな横着が実現できるのか。
その後はパーティーメンバーと力を合わせ、魔物を討伐することに成功。
「今でも鮮明に覚えているわ。いつものぶっきらぼうな様子ではなく、困ったような顔で子犬みたいに私を心配するあなたの顔。さし伸ばされた手……顎から垂れる汗……私を守るために負った腕の傷。流れる赤い血。全てが愛おしく映った。私が怪我の心配をすると子供のような照れ笑いを浮かべて……それがまた私の胸をキューっとしめたの。それに意外だった。当時は私のことを嫌っていると思っていたから」
「さっきも言っただろ、リディアが、その、き、綺麗すぎて緊張していたんだ。恥ずかしいから何度も言わせないでくれ」
紅くなった顔を冷やそうと手を振る父さん。こいつらはいつまで付き合いたてのカップルみたいな調子でいるのだろう。
「あの瞬間、恋に落ちたの。局地的な豪雨にでも見舞われたかのように下腹部は濡れそぼり――」
「り、リディア!」
「あら、そうね。この話はまだユノには早かったわね」
子供の前でとんでもない生理現象を口走ったな。
我が家は性教育に対する英才教育に余念がなく実に熱心だ。そういうお国柄なのか、地域性なのか、家庭特有なものなのかは今のところ判然としない。なんとなく、うちの家柄な気はする。
でも母さんの気持ちもわからないでもない。窮地に駆けつけて命を救われる。それがベイビーフェイスの童貞マッチョときたら女性でなくともドキっとはする。そりゃ惚れますし掘れますわな。
――このように、家族との会話を通じて少しづつこの世界の事を学んでいる。
遅々とした歩みではあるが、特段焦る理由もないので体が幼いうちは、こうして情報を集めようと思っている。
焦ったところで性行為ができるわけでもないからな。
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