満面の笑みで ~ Smile from ear to ear

西野ゆう

第1話 一笑借金

「ほんと、美人よねえ亜紀あきちゃん」

「そんなことないですよ。色々誤魔化しているんですから。素顔なんて見たら、ビックリですよ」

「ううん、私も女だもの。誤魔化しだけじゃこうはならないわ」

 亜紀は大抵妹の侑芽ゆめと行動を共にしていた。年子の姉妹は妹が生まれた瞬間から今この時まで仲良く育ってきている。

 だが、姉の亜紀の買い物に付き合うとき、妹の侑芽はいつも地面と睨めっこだ。いや、一人でいる時以外は、彼女はいつもそうかも知れない。

「そうそう、駅の大っきなポスター! おばちゃんね、友達にいつも自慢してるの。この子うちの店のお得意様なのよって」

「そうなんですか? それは光栄です。お得意様って思って頂けているのも嬉しい」

 キャップを深く被り、地面だけを見ていた侑芽にも分かっていた。亜紀は今、馬鹿みたいに明るい笑顔を振り撒いている。

「やだ、もう。こちらこそ光栄だわ。そうそう、これ、今年から作り出した物なんだけどプレゼントするから炒め物にでも使ってみて」

「まあ、これってこの前テレビでやってたの見ました。丁度気になっていたんですよ」

「ほんと? 良かった!」

「また感想をお伝えしますね」

「そしたらまた『モデルAKIさんから感想を頂きました』ってブログにアップしてもいいかしら?」

「もちろん、お役に立てればいいんですけど」

 地面を睨んだまま二人の会話を聞いていた侑芽は、ガリガリと腕を掻きむしり始めた。苛立ちがそうさせているのか。上っ面だけ化粧で塗り固めたような会話が肌に合わず、アレルギー反応を起こしているようでもある。

 血が滲むほど腕を掻きむしった侑芽は、会話する二人から少し距離を取って店内を歩き始めた。

「美人は一笑千金。美人ってだけで得してるような言い方を世間はするけど、その姿をキープするのも大変よねえ」

「色々気を使いはしますね。だからこそ、美祢屋みねやさんのオーガニック野菜は欠かせません」

「やだもう亜紀ちゃん。おばちゃんの店、スポンサー? サポーター? なんていうのかしら、そういうのになっちゃおうかしら」

「わあ、そうなったら嬉しいです! 今度マネージャーも連れてきてみますよ」

「うんうん。いやあ、ほんと亜紀ちゃんが笑うと元気になるわ。そうそう」

 しかし狭い店内だ。どこに逃げても店主の大きな声は聞こえてきた。

「『そうそう』ばっかり。敬具なんて使わなそうだもんね」

 そんな嫌味を思いついても、侑芽は口には出さない。

 侑芽はいつも運命を恨む。なぜ姉妹でこんなにも扱いが違うのか。

 彼女も幼少の頃は姉同様、その容姿だけでチヤホヤされていた。

 だが、今は少し笑うだけで気味悪がられる。彼女のクラスメイトからは容赦なく「キモい」と言われる。

 中学一年の時に癌という名の邪魔者が侑芽の中に増え出した。最初は皆から同情され、癌に侵された当人以上に涙を流してくれる友達が沢山いた。

 それなのに、侑芽が高校生になった頃。抗がん剤の副作用で醜く顔面に浮腫が現れ、毛髪が抜け落ちてくると、彼女自身が「病原菌」として扱われた。

 モデルで雑誌への露出が一気に増えた亜紀が、ファッション誌ではない男性向けの雑誌で「一笑千金」と書かれると、侑芽は「一笑借金」と言われた。

「何笑ってんだよ、キメえな、病原菌!」

 そんな言葉を浴び続けると、侑芽でなくとも沈黙のまま過ごすようになる。

 それでも彼女は通院の時や、体調が酷く悪い時以外は学校を休まなかった。

 病気にさえ勝てば、自分も姉のようになれるはずだ。ちょっと笑って見せるだけで、自分を馬鹿にしているような奴らを思いのまま操れるはずだ。

 癌さえ消えてしまえば、自分も姉のように。そう信じて侑芽は闘っていた。


「美人薄命っていうからね。仕方ないよ。侑芽は私より美人だから」

 侑芽が最期に見た亜紀は、最愛の妹にそう言って笑っていながらも、涙を流していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る