第19話 旅の道中


 外の空気は熱され始め、馬車の中にいても太陽の力を思い知らされる。

 俺は団扇のようなもので顔を扇いだ。


 生まれた風で、眼前の女騎士の毛先が揺れる。


「ったく。なんでアタシがこんな仕事を」

「嫌なら帰ってもいいんだぞ? でも待てよ? 出発前にユリアーナへなんと言ってたっけなぁ?」

「クソッ、人の弱みにつけこみやがって……!」


 ぶつくさ言っているこの女はジネット。


 幼少期からずっとユリアーナに仕えている側近で、以前ボルダンを殺害する際にダンジョンへ伴った女騎士の片割れだ。


 薄い栗色のショートカットで、さらさらの髪が気持ち内側へカーブしている。藍色の釣り目は美しくもキリっとしていて恰好いいのだが、今はジトっとすがめられていた。


 黙っていれば美少女だが、口を開くとヤンキー感がすごい。

 このお行儀がよろしくない1歳年下の娘を旅の護衛に借りた。


 目的地は、魔境と接している貴族家の領地。


 ケアナのダンジョンはしっかり管理されているため、野外の魔物が活発なエリアを狙いにきたのだ。


「どうしてアタシなんだよ」

「ユリアーナには留守中の抑えになってもらわないといけないからな。それに――」

「それに?」

「ふたりそろってバッサリ、なんて展開になったらヴェルデンは終わる」

「アンタだけ斬られりゃいいのに」

「お嬢様に代わって必ずや閣下をお守りしてみせますぅ~」

「だぁー、クソッ! やめろ!」


 裏声で彼女のセリフをほじくり返すと睨まれた。


「いい加減にしろよ。またやったら……」

「やったら?」


 ジネットは剣を抜き、こちらの首元に当ててきた。


「斬る」

「ほう?」

「……………………」


 彼女は真剣な目でこちらの反応をうかがっている。


「どうした? 斬らないのか?」

「答えろ。アンタ、何者だ?」

「その歳でボケたのか。気の毒に」

「茶化すな! こっちはマジメなんだよ!」


 俺は両手で降参の意を示した。


「バレてしまっては仕方ない。お察しの通り、俺は偽物。死んだと思ったら目が覚めてこの体になっていた。元の持ち主がどうなったかは知らない」


「あぁ?」


 ジネットは凄みながら顔を寄せてくる。

 その様が美しくて全然怖くないため、思わず笑ってしまう。


「ぷっ。ククク……ハッハッハッ」

「やっぱりウソかよ! 前言撤回! アンタはクソったれのクソエストだ!」


 彼女は髪をガシガシかいて剣を鞘に納めた。


「まあよ、いきなり気持ち悪いぐらい変わったとか、そういうのはどうでもいいんだ。アタシはバカだから難しいことなんてわからねえし。でも!」

「でも?」

「お嬢を泣かせたら本気で斬る。それだけ覚えとけ」

「へえ。ジネット、いい女になったんだ」

「な、なっ!?」

「急に興味が湧いてきた」

「おい、近寄るな! 触んじゃねえ! 待てやめろ頭は撫でるな! 子供扱いしやがったらバッサリ斬るからな!」


 しょうもない攻防をしていると馬車がガタンと揺れて転びかけた。

 いやいや何やってんだ。外には他の騎士たちもいるってのに。


 正気に戻った俺たちは咳払いをし、向かい合って座る。

 ジネットは一瞬こちらを見て、困ったように目を逸らした。


 なんとなくわかったことがある。


 おそらくだが、この体の持ち主――以前のエストは、この礼儀知らずで媚びてこない少女に興味津々……ぶっちゃけ好きだったんだろう。


 体の奥底から湧き上がってくるテンションが違う。脳に刻まれた本能が、彼女にちょっかいをかけろと訴えかけてくる。


 それはとても甘美な誘惑に感じられた。


 もうひとりの側近はよく知らないが、ジネットはユリアーナと並んで幼馴染だ。

 よくガルドレードを訪問する主君に同伴されていた。


 我が姉にイジメられて半泣きになった彼女がユリアーナに逃がされ、ひとりでメソメソしているところへさらに追撃をかけていたのがエスト少年ってわけ。


 俺が客観的に判断すると……。

 一目惚れですね、これは。


 あるとき、ついにキレたジネットと本気で殴り合いをして、それからは普通に遊ぶようになった。剣術比べをしたり、夜の館内をふたりで探検したり。想像上の幽霊に怯えて抱きしめ合ったり。


 うーん、アバンチュール。


 そうなると、エストがユリアーナに求婚した話が途端にキナ臭くなってくるな。




「エスト卿、よくきたね」

「歓迎に感謝します。クラトゥイユ男爵閣下」

「未来の息子じゃないか。我が家だと思ってくつろいでくれ」


 言葉とは裏腹にまったく歓迎していないこの男、クラトゥイユ家当主のクロードという。


 爵位は男爵。婚約者の父親で、形の上ではヴェルデン家の同盟者に当たる。


 実情はこちらに頭が上がらない状態。エストに見初められた娘を不本意ながら婚約させた副次効果により、ヴェルデン家からのカツアゲを辛うじて逃れていた。


「申し訳ない。娘はどうも体調が優れないようで」

「お気になさらず。本日は別件でしてね」

「別件?」

「魔物の掃討に協力したいのです。挨拶もなしに勝手はできませんから、男爵閣下の許可を求めに立ち寄らせていただきました」


 フラッと立ち寄ったような物言いだが来訪はバッチリ事前通告してある。

 提案とお願いのような物言いだが、これは決定事項である。


「そう、か。それは、ありがたいのだが……」


 クロードは言葉を濁らせた。

 わかるよ。上役の息子に戦死でもされたら大問題だもんね。


 やらかし懲罰組のクラトゥイユ家は過去に爵位を剥奪され、数世代後にギリギリ許されてこの土地へ移ってきた経緯がある。


 そのやらかしとは?


 ある代のアホがNTRプロレスごっこで王妃を孕ませ、バレて逃げてきた王妃と一緒に王国へ反旗を翻したことだ。


 血筋が残っただけでも奇跡だな。

 さすがに家名が主要通貨の元ネタになっているだけある。


 それほど寵愛されていた家でも、二度目の復活はまず期待できないだろう。

 なるべく大過なく過ごしたい感情がひしひし伝わってくる。


「あ、あー……案内の者を出そう。しばらく待っていてもらえるか?」

「ええ。ご配慮に感謝します。もしよければ」

「うん?」

「冒険者ギルドのマスターと話をしたいのですが」

「面会を手配しよう。ゆるりと、入念に準備しておくといい」


 勝手に出陣するんじゃねえぞ、頼むから余計なことをせずにじっとしていてくれ、という哀願交じりの副音声が聞こえた気がした。

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