財政課題

第16話 恐るべきもの


 祝勝会から20日が経った。


 旗主たちの反応は芳しくないが、ガルドレード周辺の民は徐々に誰がボスなのかを理解し、適応を始めている。


「おーおー、大勢集まったな」

「処刑をチラつかせて槍で脅せば誰だってきますよ」

「旗主たちもこうだと楽なんだが」


 俺とジョスランは野外を馬で闊歩している。

 前方には人だかり。2000人はいるか。

 ガルドレード近郊から呼び集めた村人たちだ。


 季節はすでに夏の入口。

 暑さを見越して上裸で待機している者も見受けられる。そんな彼らのために、ちょっと涼しくなる催しを開こうじゃないの。


 俺たちが到着すると見張りの兵士が頭を下げた。


「閣下」

「準備はできているか?」

「はい、ご命令通りにしました」

「よろしい」


 兵士たちの背後には腰丈ほどの巨大なかめが数十個ほど並べられている。

 瓶の後ろには同じ高さの台。村人たちは戦々恐々と、それ以上に不思議そうな顔でこちらを眺めているようだ。


「ジョスラン、並べろ」

「ハッ。あれを台の上へ乗せろ!」


 ジョスランが兵たちへ伝達すると、兵士たちが運んできたものを取り出した。村人たちから小さな悲鳴が上がる。


 そう、死にたてほやほやの生首だ。

 俺は下馬して人々の前に立つ。


「出迎えご苦労。ヴェルデン伯爵閣下の政務代行、エスト・ヴェルデンである」

「あれが……」


 村人たちは青ざめ、一斉に平伏する。


「早く頭を下げろ! 殺されるぞ!」


 恐怖のあまり固まっている子供の親が焦る。その失言を聞きとがめた兵士が彼らに詰め寄ろうとするが、俺は素早く制した。


「おい貴様、なぜ殺されると思った?」

「申し訳ありません! お許しください!」

「それは質問の答えじゃないな。もう一度煩わせたら首を刎ねてそこの台に乗せる」

「ヒィッ! そ、その、殿様はたくさんの人を処刑しております」


 地面に頭をこすりつける村人。

 服装からして農夫だろうか?

 俺はしゃがみ、彼の髪を掴んで顔を上げさせた。


「その通り。2000人を死に追いやった人殺しの害虫卿とは俺のことだ」

「申し訳ありま……」

「気に食わん」


 農夫の髪を離し、


「この世には謝っても済まないことがある」


 人々を睥睨する。

 反感を見せる者たちの闘志は一気にしぼんだ。


「そもそも謝る必要がないこともある。貴様の懸念は事実に基づいた妥当な予測にすぎない。そんなものに腹を立てる理由はない」


 農夫の肩を叩き、おもむろに立ち上がる。


「よいか! このエストは正直者に腹を立てない。だが、あやふやな思い込みや証拠のない噂話をもっともらしく吹聴する者は許さん! 流言を広める者は一度目で舌を切り取り、二度目で首を刎ねる。忘れるな!」


 威圧すると村人たちが縮こまる。

 うむ。この農夫は思いがけずも良い仕事をしてくれた。


「あれを見よ。嘘つきたちの末路を」


 台に乗った生首を手で示す。


「この商人どもはラノア家のガストンにすり寄っていた。やつが平民から搾り上げた金のおこぼれに与かるためだ。貴様らが飢えているとき、さぞいい思いをしてたことだろう」

「…………」


 何人かの村人が真剣な目つきになる。


「そして俺が勝利すると、恥知らずにも賄賂を贈ってきた」


 ガストンに近かった商人たちの首を小突く。

 

「さて、お前たち。袋や壺は持ってきているな?」

「へ、へえ。ご命令ですので」

「覆いを取れ」


 兵士に命じると、瓶をフタしていた布が取り払われた。

 瓶の中には銀貨や銅貨がぎっしり詰まっている。


「このエスト、殺しはやるが盗まない。ヴェルデン家の名誉にかけて、やつらが奪い取ったものを貴様らの元へ返してやろう!」


 両手を広げて宣言する。

 が、村人たちは無言。

 あ、あれ……?

 

「閣下はこの金をお前らに配られると仰せだ! ぼけっとしてないでお慈悲に感謝しろ!」

「何だって!?」

「そんなことって……」

「夢じゃないよな?」

「こんな血なまぐさい夢があってたまるか!」


 ジョスランが怒鳴りつけると、村人たちは互いをうかがい、一瞬の間を置いて瓶へ殺到した。


「うおおお!」

「信じられない!」

「馬鹿野郎、列に並べ! ちゃんと全員分あるから!」

「おっさん、早くくれよ!」

「エスト様! 感謝します」


  俺はわざとらしく鼻で笑う。

 ジョスランに後を任せてその場を立ち去った。




 領主館へ帰宅した。

 俺はベッドへぐったりと倒れ込む。


 己の心に逆らうのは精神が削れるものだ。


 正直に言おう。

 別に賄賂や縁故主義を悪いとは思わない。


 人類普遍の習性であり、批判者たちも多かれ少なかれ個の関係性に基づいて公正でないことをやっているからだ。そのやり方で世界が崩壊せずに回っているなら、口うるさく責めるほうがかえってマイナスになる場合もある。


 大声で叩く者たちの大半は己の卑劣さを自覚していないだけ。

 そういう人々ほど、仕組みを潰した後の展開には決して責任を持たないし、何も生み出さない。秩序のつもりでただ混乱と停滞を残すだけ。


 よかれあしかれ、世界は誰かの行動で積み上がっていく。


 俺は立場を利用した蓄財自体は肯定しているのだ。何もせず論評だけする者より、リスクを首にかけて挑戦する者のほうが好ましい。


 ただし、弊害がシステムを食い潰さなければの話。


「残念だが、あの賄賂はダメだ」


 あれがもたらされた意図は? ガストンの敷いた欠陥システムを維持してくれという依頼であり、放置していれば俺の支持基盤が死滅する。


 それにだ。

 この手の商人は決まってカルテルとダンピングで同業他社を潰そうとする。


 新規参入の商人がいなければ、流通する物資に限りが出てくる。流通物資の総量や業者の総数が少ないと固定のカルテル層に命綱を握られる。生活必需品の輸入・運搬の停止を盾にされ、あらゆる要求を呑まねばいけなくなるわけだ。


 こうやって締め上げられた地球の国は数知れない。


 たしかに新規に参入する弱小商人が被害者とは限らない。理由があって作られたモラル準拠のルールを破り、むちゃくちゃなことをする者もいる。


 だが有力商人たちによる独占と、独占による脅迫を阻止するためには、彼らの力の源を分散させる必要があるのだ。


「とはいえなあ……」


 邪魔な商人をピックアップして消すのはいいが。


 民衆に金を配るのは死ぬほど嫌だった。

 結果的に無駄だと知っているからだ。


 庶民は己の人生に責任を持たず、手持ちの金をあるだけ使い果たす。蓄財の努力も利殖の工夫もしない。やるべきことをまったくやらず、自分が苦しいのは為政者が悪い、社会が悪い、政治が悪い、金持ちが悪い、だから金を配れ!と逆ギレする。


 言い換えれば、他人の労力をタダで寄越せと臆面なく主張する。


 これに配慮したらどうなるか。

 庶民たちの主張によると、感謝して翌日からの生活を頑張るらしい。


 事実は違う。


 前世、庶民の発狂に挫けて金を配ってしまう事例があった。彼らは寄越せ配れという願望が実現すると、当たり前だとこき下ろし、額にケチをつけ、まったく感謝しなかった。


 彼らのために決断した人物は褒められるどころか、むしろ格下と見なされ、より一層の激しい攻撃や要求に晒されたのだ。


「うーむ」


 金配りは一瞬だけウケる。

 商人叩きもなかなかウケる。


 だが代償は大きい。


 庶民はつけあがる生き物だし、商人たちは今回の件を恐れて寄り付かなくなるだろう。これからの領地経営はバランス取りが難しくなる。


 それでも、歓心を買わない選択肢はなかった。


 俺を殺し得る存在の中で最も厄介なのは、庶民という凶暴な利権団体だからだ。生き残りを図るにあたり、手に負えない勢力を敵に回さないのはとても重要なこと。


 英雄は殺せる。陰で糸を引くフィクサー気取りも殺せる。殺害と脅迫を駆使して社会を操るエリートたちのグループも恐るるに足らない。


 なぜなら数が少ないから。

 どれだけ強かろうと個の集まりだ。

 やる気さえあれば、いつかは皆殺しにできる。


 逆に民衆には勝てない。

 場面場面や一定期間の有利を得るのはたやすいのだが。


 しかし、彼らは群だ。悪意を向けられれば、無尽蔵に湧いてくる敵と永遠に戦い続ける羽目になり、いずれ力尽きるか油断した瞬間に殺される。


 始めから勝ち筋の存在しないクソゲーだ。


 あらゆる偉人がこの奸譎かんけつな勢力と争い、ことごとく敗れ去った。道理を捻じ曲げられながら、民衆ひとりひとりが果たすべき義務、背負うべき咎を塗りたくられて死んだのだ。


「だから俺は、彼らを敵に回さない……奴隷になるつもりもないが」


 俺は深く息を吐き、勢いよく起き上がった。

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