第12話 捨てる勇気
我が軍はリブラン城を制圧した。
セドリックを送り込み、実績を与え、敵を油断させてから釣り出して叩く。追って再度の攻城戦という作戦だったが、かの老騎士は期待以上の仕事をしてくれた。
それからこいつもな。
「あのー、俺たちはいらなかったんじゃあ」
「これでいい。本来は壁を突破する予定だったからな」
「けどよ……」
「負ければ財貨など保持する暇もなく死ぬ」
「さいですか」
ホロール城の留守を預けていたジョスランだ。戦いらしい戦いで快勝したことで気持ちが高ぶっているのか、ちょっと素に戻っている。
作戦とはいえ、俺たちは兵を損じる仕掛けを講じようとしていた。
その不足分を補うために彼の部隊を呼び寄せておいたのだ。
心算ではもう少し深追いさせて騎馬を引き離してから叩き、翌朝までヌルっと攻めて敵を疲弊させ、そこにジョスランが到着してダメ押しの一手になる流れだった。
が、想像以上に早く到着の先ぶれが届いた。
命令を受けて即座に動き、部下を叱咤して行軍を急がせたのだろう。頼りがいがあるというのもうなずける。
位置を指定して兵を伏せるよう指示を出し、予定の半分の距離で仕掛けることができた。おかげですぐさま城へ押し寄せ、セドリックの働きに合わせられたのだ。
現在、ホロール城はほぼ無人。
空き巣に入られたらそれはもう仕方ない。
金は大切だが命より高くはないからな。
「閣下、残兵の殲滅が完了いたしました」
「ご苦労。ユリアーナは一足先に帰還しろ」
「む。わかりました」
不満の滲んだ声音だ。
働くだけ働かせ、のけ者にしているよう感じているのだろうか。
「ケアナの衆は損害が大きい。褒美として、ホロールの財貨を好きなだけ持っていけ」
「!?」
彼女は劇的に反応する。
驚愕で目を見開き、深々と頭を下げた。
◆
リブラン城の正門へは、螺旋状に丘を半周する道がある。攻城中はここから攻めても狙撃の的になるので避けていた。今は大手を振って悠々と進める。
中へ入ってすぐに、シモンがセドリックを抱き起こしている姿が目に入った。
老騎士の体には何本もの矢が刺さり、血まみれでない部位を探すほうが難しい。
「セドリック殿! セドリック殿!」
「おう。シモン、殿、か。戦は……?」
「大勝利だ! 味方は城を攻略し、リブラン一族を捕らえて兵を皆殺しにした! すべてあなたの大活躍のおかげだ!」
「ああ、よかった」
「なぜ! なぜここまでした! 生き残る目だってあっただろうに!」
セドリックは口の端から血を流しながら答えた。
「儂は……己を恥じていた」
「あなたは地域の重鎮。立派な騎士ではないか」
「だが、戦わなかった。戦うべき、ときに。命を惜しみ、逃げた。我が子が、惨い仕打ちを受け、殺された……のに。後悔、していた。13年間、ずっと」
「セドリック殿」
「己を、責め続けた。この命と引き換えに、娘が蘇るなら……何度、願ったことか」
彼はシモンの手を握り返す。
「申し訳なさ以上に、貴公が羨ましかった。かなわずとも、挑みかかった、真に勇気ある貴公が」
「…………」
シモンは嗚咽をこらえている。
セドリックは視線をこちらへ向けてきた。
「閣下」
「ああ」
下馬して彼の口元へ耳を寄せる。
「私は、お役に立ちましたか?」
「もちろんだ。ヴェルデンの者は上下を問わずその働きを忘れない。その献身は皆の手本となり、その功績は碑に記されて詩人が歌にするだろう。人間、死に方が重要だと聞く。見事な死に様を飾った貴公は、過去がどうあれ、真に勇気ある騎士である。その名誉はエストとヴェルデン家が認め、公然と証言する」
老騎士は少年のように表情を輝かせた。
「感謝します」
「老人の悟った知恵は役に立つ。この鼻たれに何か言葉を残してくれないか」
「ふむ……。捨てる勇気を、忘れないことです」
「胸に刻んでおこう」
捨てる勇気。それを失った彼は、生への執着を捨てられずに大事な場面で恥をさらした、ということだろうか。
「シモン殿」
「ここにいるぞ」
「復讐を、成し遂げた後は、捨てる勇気を」
「約束する」
クルマル家の老騎士、セドリックはまぶたを閉じた。
その目は二度と開かないだろう。
「セドリック殿……! ありがとう……」
復讐の成就を祝うのではなく、事後には捨てろときたか。
人を憎み続けるのにはとても大きなエネルギーと心労を要する。己自身の満足ではなく、後進への配慮で人生を終えるところにこの老騎士の人柄が垣間見えた。
「行こう。最後の仕事が残ってる」
「そうですね」
俺たちはキープの内部へと足を踏み入れた。
兵士たちを労いつつ広間へ向かう。
そこには縛られた老若男女がひざまずかされていた。
シモンが憎悪を爆発させながらも喜色を浮かべるという、狂喜しか感じない表情になる。あの男がマルク・リブランか。
「やあ諸君。夜分も遅くにお邪魔するよ」
「おのれ、害虫め。このような悪行、神が――ぼがぁっ」
彼が何かを言い終えるよりも早く、シモンがその顔を蹴り飛ばす。
「おやおや、これはリブラン城伯閣下ではないか。失礼、ゴミと間違えた」
「貴様……!」
「その目を知ってるぞ。13年前に私がさせられた目だ。なるほど、城伯閣下はこのような気持ちを味わっておられたのか! 無様だなぁ! ハーッハッハッハーッ!」
広間に哄笑が響く。
いやお前。
さっきとキャラが変わりすぎだよ。
「シ、シモン様、なぜこのようなことを!」
「あぁん? クソったれの毒婦め、誰が会話を許可した」
「酷い!」
「臭い口を開いて息をするな。魂の穢れが移るだろうがッ!」
「ああっ!」
シモンは美しき婦人の頭を蹴る。
あれが元婚約者かあ。30歳ぐらい?
実は長年の秘めたる想いを隠し持っていて、取り戻すために……とかじゃなくて、マジで心から嫌ってるんだな。
声を荒げてひとりずつ蹴る殴~るしている姿を見ていたら、断罪のための文言が頭から抜けてしまった。
「ま、積もる話もあるだろうが、それは死後にしてもらうとして。リブラン城伯殿。顔を合わせるのはいつ以来かな」
「この件、お父上はご存じなのか!」
「関心がない。お前たち自身が一番よく知ってるだろ」
「ぐっ……ぬう」
「さて、リブラン家はガストンと組んで政治を壟断し、ヴェルデンの良民を痛めつけて悪事の限りを尽くした。その罪、断じて許しがたい」
「害虫め。よりにもよって貴様がそれを言うとは」
「よって一族ことごとく死罪とする。じゃあシモン、よろしく」
「お任せを!」
ウホホー!と喜叫する副音声が聞こえた気がした。
彼はマルク夫妻の目の前で一族ひとりひとりの首を刎ねていく。子供、老人、乙女、属性を問わず、哀願や助命嘆願を無視して容赦なく刎ねていく。
これこそが平等か。
さすがにショックが大きいらしく、マルクと妻は床に倒れて呻いている。
「さあ。仕上げを」
「……わかっております」
「約束しただろ。そいつらの首は皆のものだ」
シモンはしぶしぶ剣を振り上げるが、固まったまま動かない。腕組みしながら様子を見ていると、彼の手が異様に震え、ついには武器を取り落としてしまった。
最大出力のマッサージ器みたいにぶるんぶるん震えてる。
あれ、きっとわざとじゃないんだろうなあ。当時の感情とか屈辱とか、もろもろを思い出して体が反応してるんだろうか。
うーむ……。
「捨てる勇気、ねぇ」
泣きながら何度も謝り、何度も剣を落っことすシモン。俺は深い深いため息をつきながら、彼の肩を叩き、代わりに剣を拾い上げた。
顔面蒼白のマルク・リブランを見下ろす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます