第9話 説得


「本音を言えば、リブラン城は独力で潰したい。領内の粛清に他者の手を借りたと見られれば、皆が侮り、勝手を働いたり、よその貴族と手を結ぶだろう」


「私の知ったことではない」


「そう言うな。かつての裁定は明らかに間違っていた。その事情を汲んでいるから、不利益を承知で会いにきたのだ。無視する道だってあったんだぞ?」


「そのご配慮は……わかりますが」


 シモンはぷいっとそっぽを向く。


「本題に入ろう。俺が求めるのはヴェルデンに不義を働いた者たちの消滅だ。死にさえすればいい。リブラン城を攻め落とすつもりではいるが、主役の座をシャガール家に譲る用意がある」


「…………」


「ただし! シャガール家がリブラン攻めの先頭に立つ場合、その責任はシャガール家に帰するものとする。要するに、お前たちが勝手にやったことという扱いになる」


「したたかですな。驚きだ。ヴェルデンの害虫卿にものを考える頭があったとは!」


 彼はふてくされている。

 め、めんどくせぇ……。


「ふん。何が事情を汲んでいる、だ。責任を押しつけたいだけじゃないか」

「やりたくないならそれでも構わない。確認だと言っただろう? お前が城伯を殺して王家の怒りを買いたくないなら、ヴェルデンの代表として俺がやるだけだ」

「何だと!」


 シモンは騎士たちを振り払う。

 ぐっ! 胸倉をつかまれた。


「私が生き延びたがっているとでも思うのか!? たとえ死んでもマルクの野郎と、あんな畜生に靡いた毒婦めに復讐がしたい! 復讐できるなら命などいらない!」


「復讐はすればいい。だが速やかに殺してもらう」


「そこをどうにか!」


「ダメだ。領内に示しがつかなくなる」


「…………」


「シモン。お前の経験は悲劇だ。けどな、やつらに悲劇を与えられたのはシャガール家だけじゃないんだよ。お前のように復讐したがっているすべての者のために、リブラン一族の首を斬り落として晒さねばならんのだ」


 彼は力を抜いてうなだれた。


「半日待つ。俺の誠意を託しておこう」


 連れてきた従者たちに合図する。

 彼らは広間に箱を持ってきた。


「……これは?」

「ボルダンの首さ。晒す前にと思ってな。友人を呼んで見せてやるといい」



 待機すること半日ほど。

 今後について思索を巡らせていたらあっという間だった。何しろ命がかかっているから真剣にもなるし集中もする。


 シャガール家の者に呼ばれて広間へ向かう。

 ちょうど刻限ぴったりだ。


 広間には複雑な表情のシモンと、見知らぬ老人たちと、30手前ほどの男がいた。見た感じは夫婦と息子。老人はボルダンの首を鞭で何度も叩き、老婦人のほうは目に涙を浮かべている。男はじっと黙って首を睨んでいた。


「シモン。こちらは?」

「クルマル家の当主夫妻。谷向こうに住み、村々の騎士たちをまとめております。後ろにいるのはボルダンに害された娘の婚約者だった男です」

「…………」

「彼は裁定に抗議して喉を潰されました。挨拶できないのはご容赦を」


 クルマル家の当主が振り返った。年齢は60を超えるだろう。体は頑健だが、薄くなった髪は生え際が後退しており、顔には苦労の証が刻まれている。


 彼は俺を見るなり涙を流し、深々とお辞儀した。


「セドリックと申します。このたびは、なんとお礼を申し上げたらよいか……」

「ヴェルデンのために必要なことをしたまでだ。悪いが、その首は後で返してもらうぞ。街道に晒す」

「はい。娘の仇を我が手で討つことすら夢のまた夢だったのです。こうして報いを受けた姿を見られるだけでも。心が晴れ渡る気分でございますぞ!」


 セドリックは決意に満ちた目をしている。


「閣下はリブラン城を包囲しておられるとか。厚かましいお願いですが、どうか私を軍勢に加えてくだされ。たったの17人ですが、仲間の騎士たちを集めてきました」

「集めてきます、ではなく?」

「最初に首を確認してから一度谷へ戻り、皆に声をかけて戻ったのです」


 たった半日でか。

 この爺さん、相当にやる気だな。


「我らが諦めたあの日、シモン殿はかなわずとも敵に挑んでくれました。今度こそは彼に力を貸したいと願っております」

「と、いうことは?」


 シモンは複雑さを押し込めて頭を下げる。


「リブラン城は我らが落とします。どうか助力を賜りたい」

「決心したか」

「やつの死に様をこの目で見ないと生涯の悔いになりますからね」




 俺たちはシャガール家とクルマル家、それに助力する者を合わせた80名ほどを率い、リブラン城外のユリアーナに合流した。


 足掛け4日。予定通りだ。

 ユリアーナが駆け寄ってくる。


「よくぞお戻りに」

「城の様子は?」

「籠っているのは300ほどですが、さすがに守りが固いですね。降り注ぐ矢の雨。高塔城のあだ名をつけられるだけはあります」


 彼女は部下の盾を運ばせた。

 なるほど、まるでハリネズミだ。


 リブラン城は急峻な丘に建設されている。

 それだけでも厄介なのに、丘周辺の地面が深く陥没している。天然の空堀だ。攻め手はいったん底へ下ってから急勾配を駆け上り、さらに梯子をかけねばならない。


 その間に大量の矢を射かけられる。

 壁を突破するほどの士気が保てず、まともにやれば損害が増える一方だ。


「指示通りに夜間の偽装攻撃をしていますが……」

「眠らせないほど長続きさせられなかったか」

「申し訳ありません」

「気にするな。簡単に撃退できると思わせたなら、それはそれで使える」


 軽く手を振り、老騎士を手招きする。


「セドリック」

「はい」

「死んでもらうぞ」

「――喜んで」


 彼は微笑み、亡き娘の婚約者と無言でアイコンタクトした。

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