第5話 説明(物理)


 前世で学んだことがひとつある。


「ご子息様、この状況に対する説明を求めます!」


 説明しろと詰め寄る者は、そもそも説明を聞く気がない。彼らにとって事実の確認は説明ではない。耳障りのいい快適な言葉、望む回答だけが“説明”になり得る。


 他にも学んだことはある。


「対話の余地はないのですか!?」


 話が通じない者や、そもそも対話をする気がない者ほど、他人にのみ対話を要求する。都合が悪くなったときだけ「俺たち友達だろ~?」とすり寄る連中の亜種だ。


 つまりどちらも相手にする価値はない。

 不都合をノーカンにしたいだけだから。


「いいだろう。俺からの説明はこうだ」

「う、うわぁああ!」


 姦しい者たちを斬り捨てる。

 広場は水を打ったように静まり返った。


 前世で学んだことは他にも山ほどあるが、そのほとんどはこの言葉に要約できる。大半の人間をまともに振る舞わせるのは絶対的なリスクのみ。


 これを封じた現代社会はダブスタなクズのパラダイスと化していた。




 広場に朝日が差し込んできた。


 叩き起こされた兵士たちが、眠そうな、どこか不満げな顔で整列している。入りきらない一部の民衆は、広場に面した建物の2階から成り行きを見物中だ。


 これから全員の目を覚ましてやろう。


「親愛なるガルドレードの民よ。改めて名乗るまでもないが、我が名はエスト。ヴェルデン家の嫡男だ。これから楽しいショーを見せてやろう」


 不信に満ちた視線が突き刺さる。

 信望ゼロなのだから当然だ。


 雑に整列した兵士たちの前に立つ。ざっと400人はいるか。大軍を常駐させている要害に比べると少ないように感じるが、領都ゆえに他の街よりは多いほうだ。幹部格も含めた全員が、不安、不審、反乱への誘惑などに苛まれている。


 俺は彼らの挑発的な視線を受け、咳払いしてから声を張る。


「兵士諸君。よくぞ集まった。このような状況下でも脱走者がいないのは喜ばしい」


 ひとりで拍手してみる。

 反応は芳しくない。


「見ての通り、反逆者の一派は捕縛した。今からはこのエストの指揮下に入ってもらう。異論がある者は前に出よ」


「申し上げにくいが」


 白髪の交じった年かさの男が前に出た。

 言葉のわりには申し訳なさなど微塵も感じていないらしく、侮りと嘲りの感情が全身から漂っている。


「いきなり指揮を執られるのは難しいでしょう」

「俺の能力に不安があるようだな」

「実際、エスト様に何ができるんです?」


 男は反抗的な笑みを浮かべ引き下がらない。

 前に出てこない者たちも、皆一様に同じ意見だという目をしている。


 彼らから見たエストとは、いつも屋敷で偉そうにしている主君の息子でしかない。特に接点があるわけでもなく、悪評ばかりが耳に入る。直に目撃した者もいる。


 絵に描いたような血筋に驕るどら息子だ。


 いずれ家臣らに操られるか幽閉されるであろう俺に、敬意を払いたくないのだろう。それは仕方ない。理解はできる。だが。


 仕方ないから不服を示すならば、今からやることも仕方ないで済ませよう。倫理的にはともかく、時代と状況がそれを認めている。


「貴様らが従うべき理由は、ヴェルデン一族の――」


 俺は懐から指輪を取り出した。

 一族の血を引く証だ。


 手を滑らせたフリをして、そいつをわざと地面に落とす。


「ああ、この! お前、拾ってくれるか?」


 年かさの男は呆れた雰囲気でこちらへ近寄り、身をかがめた。彼が片膝を突いて下を向き、利き手の指を伸ばしたその瞬間。


 俺は抜剣し、上から首を刺し貫いた。


「何をなさる!?」


 兵士たちが動揺する。

 年かさの男は、あっと声を上げる間もなく絶命した。

 飛び散った鮮血を拭いつつ、衛兵のリーダー格に確認する。


「この者の名は?」

「ゲーリックです」

「戦歴は長いようだな」

「我らの父母が子供のときには、すでに戦場へ出ていたようです」

「だが死んだ。こうもあっけなく。いかなる強者も油断すれば屍を晒す」


 言葉を切って兵士たちを見渡す。

 動揺、反感、あれこれと感情が渦巻いているが、何よりも目立つのは恐怖だ。


 素晴らしい。しかし、足りない。


 理解できない者への恐怖など、ゴキブリを見たときの嫌悪感と大差ない。理解したうえで正確に畏怖してもらわなければ価値は薄いのだ。


 もう1人殺そう。

 心理的な上下関係を固定させねば。


「ユリアーナ。君はなぜ剣を取っている?」

「一族の義務と、ヴェルデンへ誓った忠誠の誓約を果たすためです」

「だろうな。君はそういう女だ」


 血まみれの剣で別の兵士を指し示す。

 先ほどゲーリックと一緒に嘲笑していた女だ。


「そこのお前はどうだ?」

「は、はい……殿様たちのために――」

「首を跳ねよ」

「へっ!? 何でだよ! やめてくれ!」


 先ほどの衛兵に命じる。

 彼は深呼吸してから女兵士の首を跳ねた。

 俺は転がった首を拾い上げ、一同へと見せびらかす。


「こやつはアルヴァラの貴族である俺に嘘をついた。よって反逆の罪で斬首した」


 さらば名もなきモブ兵士。

 いいやつだった。君のことは忘れないよ。


 万分の1程度の確率で本心を語っていた可能性もあるが、そこはあまり関係ない。見ている者がどう思うのか。重要なのはこれだ。


「ユリアーナよ。改めて、ヴェルデンの皆が噂する俺の評価を述べてみろ」

「それは、その……」

「命令だ。偽りを抜いて事実を徹底的に語れ」


 ユリアーナは逡巡したが、意を決したように顔を上げた。


「伝えにくい話ですが、周囲から見たエスト様の評価は絶望的なものです。横柄で思慮が浅く、特権を振りかざせども義務を果たさない。貴族はあなたを眼中にも置かずに軽んじ、誰もが支持せず、誰もが認めません。血筋の搾りカスと陰口を叩く者も」


 血筋の搾りカス、か。

 思わず笑みを浮かべてしまう。

 実際、以前のエストはそう言われるのが妥当な人間だった。


「貴族だけか?」

「いえ。民も、家臣も、ここにいる兵士たちも。全員が侮り、内心で見下します」

「素晴らしい」


 ユリアーナと兵士たちは怪訝そうに目を細めた。


「我が敵となる者たちも、そう思っていることだろう」


 俺は剣の切っ先を死体に刺し、柄頭に両手を置く。そのまま無言を保ち、皆の疑問と注目が最高潮に達するのを待った。

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