第3話 スペシャルな晩餐
決着はものの数分で着いた。
やつと部下たちを引き離した甲斐も少しはあっただろうか。
俺はボルダンの首を切り取って何重にも包む。
「さすがはケアナの白鷲。うちの騎士長も君にかかれば形無しか」
「巻き込みにきましたね?」
「ああ。俺の腕では勝てないからな。こうなった以上、最後まで協力してもらうぞ」
「返事を考える猶予はあるのですか」
「ない」
悪びれずに即答した。
彼女が反発しかける前に両肩へと手を置く。
「嫌われてるのはわかってる。ただ、今回だけは良民のために手を貸してくれ。このままでは、冬の訪れとともに領内が壊滅するぞ」
「過去のあなたが何をしたのかお忘れですか?」
「今の俺には君が必要なんだ。このヴェルデンにも」
ユリアーナは不機嫌とも困惑ともつかない態度で尋ねてきた。
「本当にどうなさったのですか? あなたは本物のエスト殿なんでしょうね?」
「さてね。もしかしたら死んで魂が入れ替わったのかも」
「ご冗談を。ですが、心を入れ替えるのはよいことです」
「では?」
「従弟の成長を見届けるため、一肌脱いで差し上げましょう」
彼女はドヤった訳知り顔でうなずいている。
なんか妙に腹立つな。
「一肌……脱ぐ……? 結婚する?」
「婚約者がいるでしょうに」
「あー、婚約ね。そのうち破棄するから」
「えっ?」
「さて、問題は次か」
「ちょ、ちょっと! エスト殿? 冗談ですよね!?」
俺は、かなり動揺しているユリアーナを無視して出口へと足を運ぶ。
◆
時刻は夕方。
広間に晩餐の用意が整っている。
ボルダンたちの不在を不思議がる騎士たちには、他の用事を言いつけたので遅れるとごまかした。もっとも、今の彼らは別の存在に意識を割かれているのだが。
広間には大きな長机が左右に並べられていた。
奥の檀上、城主の椅子にユリアーナが座り、最も身分の高い俺がその近く、左の長机の先頭に着く。右側の先頭には中年の優男が着座していた。
家宰のガストン。
愚かな領主一家を操り、ヘイトをおっ被せながら好き放題やってきた男。
その威勢を誇示するかのごとく、取り巻きをごまんと連れてきている。対面の列にズラリと並んだ一団は明らかに俺のことをナメ腐っている空気だ。
取り巻きのみならず、俺を護衛してきた騎士のうち主だった者たちすら媚びへつらっている始末である。
俺は内心を隠したまま作り笑顔で労った。
「ガストン、急な思いつきに巻き込んで悪かったな」
「いえいえ滅相もない。このガストン、坊ちゃまのためならどこへだって駆けつけましょうとも」
「ハハハ! やはりガストンは頼りになるなあ!」
「それほどでも」
手を叩いて喜べば、彼の周囲もそうだそうだと大将を持ち上げる。
「もちろん、戦乙女殿の頼みにも応じますぞ?」
「お気遣いに感謝を」
ガストンは城主の座へ向かって会釈する。
礼を述べるユリアーナの額に青筋が浮かんでいるような……。
本拠の領主一家は侮っているこの男も、ケアナ城の有力な一族を無駄に敵としないよう気を配っているらしい。逆効果みたいだが。
「よーし、今日はこの俺が皆を労ってやろう!」
俺はわざとらしく宣言して席を立つ。
手元には小さなワイン樽。
「これはこれは。光栄の極みでございます」
ガストンのゴブレットに注いたが、彼はにこやかにお礼を述べるだけ。隣の者が飲み干すのを見てから少しだけ口をつけた。
「待て待て、気が早い! お楽しみも用意してあるから、合図で一緒に飲み干すぞ」
俺の言葉に一同が湧く。
節穴のバカ息子を見る目と、領主の一族が自分たちのボスに尻尾を振っていることへの優越感が混じったなんとも嫌な空気だ。
場の全員にワインを注ぎ終え、
「あれを持て!」
と叫べば、フタを被せた巨大な皿が広間へと運ばれてきた。
「おやおや、これは何でしょう?」
「そいつは見てのお楽しみだな。では皆の者、杯を掲げろ!」
俺の合図で全員がゴブレットを持ち上げる。
ユリアーナへ視線を送る。彼女は緊張の面持ちで立ち上がった。
「ヴェルデンに」
「ヴェルデンに!」
皆で一斉にワインを飲み干す。
これから宴が始まりそうな、いかにも和やかな雰囲気だ。
「それで……坊ちゃま。そろそろお楽しみの正体を教えていただけませんか?」
「いいとも。せっかくだし、お前から皆へ知らしめる権利をやろう」
ガストンは笑みを濃くした。
自分こそがこの場のボスだという自負を抱いているのだろう。彼は席を立ち、意気揚々と真ん中に置かれた台へ歩み寄る。
そしておもむろに大皿のフタを持ち上げ――
「ひっ。ボ、ボルダン!?」
思わずフタを取り落とした。
耳障りな金属音が床を鳴らす。
「驚いてくれたようで何より」
「ふ、ふざけるな! これはどういうことだ!」
「どうもこうも、不誠実な裏切り者を処刑しただけだ。最高に楽しい見世物だろ?」
「……ッ。貴様ら、あの小僧を殺せ!」
おお、少し見直した。
言い訳せず、即座に直接的な手段に打って出るとは。
ガチめな小物はここで迷って墓穴を掘るものだが、さすがに他人を蹴落としてのし上がってきただけのことはある。状況をよく理解しているぜ。
だが悲しいかな。
己を賢いと思い込む者は、他人の愚かさを疑わない。
「ぐふっ!」
「む、なんだ……?」
「あがぁ、息が! 息が!」
椅子を蹴飛ばして立ち上がった者たちが次々にうめき声をあげて倒れる。
「おい! 何をしている?」
「見てわからないか? 死にかけてるんだよ」
「なに!? だ、だが毒は盛られていなかったはず」
「貴様と隣のワインにはな」
ガストンと隣の男のゴブレットに酌をした後、袖の中に仕込んでおいた毒をワイン樽の中に投入しておいたのだ。こいつがボス猿を気取っているおかげで先走って飲む者もおらず、計画は実に首尾よく運んだ。
彼は日ごろの俺を知っており、愚か者と認識している。
二段構えで罠を仕掛けているは露とも思わなかっただろう。
あちらの取り巻きと、ボルダンの連れてきた騎士のうち主だった者たちが息絶えていく。こひゅー、かひゅー、という寂しい音が徐々に聞こえなくなった。
ガストンはこちらを睨んで拳を震わせていたが、不意に扉へと全力疾走する。
いいね!
その思い切りの良さ!
判断が速い!
ここへきてガストン株がストップ高。
やることなすこと高評価だ。
無駄なあがきだという点を除けば。
「捕らえよ!」
ユリアーナが叫び、ダンジョンまで同行していた女騎士の片割れがガストンにタックルを決めた。うわぁ、鉄の鎧でぶっ飛ばされている。アメフトよりも痛そう。
「ぐえっ」
倒れたガストンに武器が突きつけられる。
「まだ殺すなよ? 二次会が残ってる」
頬杖を突きながら呼びかける。
先ほどまで人生の絶頂を迎えていた家宰が、視線だけで呪い殺してきそうな目を向けてきた。彼へ向かってフフッと笑いかけ、おもむろに立ち上がる。
俺は生き残っている者たちへと声を張った。
「騎士たちよ! ヴェルデンの息子たち! 誰につくのか今ここで決めよ! かの者に殉じるか、我に剣を捧げるか、それとも神に仕えるのか!」
2、3人ほどが剣を抜き、ガストンの救出を試みて斬り殺された。
なるほど、悪党でも多少の人望はあったんだな。
「見事な死に様だ。彼らの遺体は穢さずに。手厚く埋葬しよう」
戦死者に軽く頭を下げる。
他の者たちはその場で片膝を突いた。
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