第8話 3年迷う迷路

 魔法少女達は様々な冒険を繰り広げ、ついに兵庫と大阪の境界である西宮まで辿り着く。あと一歩で大阪に入ると言うところで、魔法少女の2人は目の前に広がる街並みを眺めながら思い出話に耽っていた。


「ほら、あそこ、あの店。まだちゃんと残ってるよ」

「本当、モンスターが建物の破壊に興味がなくて良かった。アイツらを追い出せばすぐに復興出来るな」


 そう、2人共西宮には何かと馴染みがあったのだ。そうして、彼女達が思い出話に興じている間にもモンスターは容赦なく攻めてくる。ただ、経験を積んだ2人には、あちこちで出没する雑魚などただのモブに過ぎなかった。

 道の角を曲がったところで、マルルがまた思い出のお店を発見する。


「あー、見て! 懐かしい! このお店の3周年記念セールの時、一緒に来たよね?」

「あの頃は平和だったな。人々の笑顔で溢れていて……」

「ねぇ、ちょっと入ってみない?」


 マルルはキリエの腕を掴むと、強引に思い出のお店に引っ張り込む。引っ張られたキリエも満更ではなさそうだ。入り口には鍵がかかっていたものの、そんなものは魔法少女の魔法でどうとでもなる。

 店内に入った2人は、さっきまで営業してたかのようなお店の様子を見て、在りし日の記憶を思い出していた。


「懐かしいなあ」

「店内は何も変わってない。今にも店員さんが顔を出してきそうだ」


 と、そこで急にドアが閉まる。気配を感じて2人が警戒すると、店の奥から敵である異世界モンスターが現れた。


「デュフフフ。貴殿らがここに来る事は予想済みだトン」

「だ、誰ッ!」

「デュフフフ、お初にお目にかかりますなマルル殿、それとキリエ殿。拙者、トンと申しますトン」


 トンと名乗ったそいつは――名前の通りに豚にそっくりだった。姿を現した豚モンスターは更に得意げに語り始める。


「我々は貴殿らのデータを調べ上げ、ここが思い出の場所だと調べ上げたのだトン。3周年記念セールでお互いにアクセサリーを買って交換した思い出があるのだトンね。だからこその特別な場所……」

「うっさーい!」


 モンスターに詳細に語られ、自分達の思い出を穢されたと感じたマルルは自慢の魔法銃で目の前の豚モンスターを蜂の巣にする。

 喋るモンスターは幹部級のはずなのに、彼女の連続射撃でトンは呆気なくその場にばたりと倒れてしまった。


「ま……まだ、話の途中だっ……と……ん」

「あれ? 弱っ!」

「とにかく、ここは危険だ。早く出よう!」


 モンスターの弱さより行動が読まれている事の方に危険を感じたキリエが、マルルの腕を掴んですぐに店を出る。その直感は正しかったものの、判断は今一歩遅かった。店を出た2人の前に広がる光景は、見慣れた西宮の景色ではなかったのだ。

 深い霧が辺りを包み、すぐに別世界に飛ばされた事が分かる。


「なっ、ここは……どこだ?」

「まさか、また夢の世界とか?」


 キリエとマルルは周りをキョロキョロと見回して、自分達が一体どんな世界に飛ばされたのかの確認をする。

 霧はやがて晴れ、周りが緑の壁に囲まれている事が分かった。どうやら緑で仕切られた迷路に転移させられたらしい。

 2人が壁を触ったりして感触で現状認識をしていると、どこかから声が聞こえてきた。


「フフフ、残念ながら夢ではないぞ。ここはワシが作った迷宮。お前達はずっと出口を探して迷う事になるのじゃ」

「お、お前がここに引き寄せたのか! 何者だ!」


 キリエは虚空に向かって叫ぶ。いつ戦闘になってもいいようにブレードを強く握りしめながら。


「そうとも、ワシがお前達を引寄せたのじゃ。ワシの名前はラトー。幸運にも迷路を抜け出せたなら顔を拝ませてやる。ただし、ここから出るには最低3年はかかるぞ? 3年でも出られたら褒めてやるわ! 3周年おめでとうとな! ガッハッハ!」


 迷路の作成主、ラトーはそう言って高笑いをする。この言葉にキレたのがマルルだった。


「そんなに迷ってる暇なんてないよ! トリ君、任せた!」

「ほ、ホーッ!」


 彼女は小脇に抱えていたトリの尻をぺしんと叩いて謎ビームを吐き出させる。その威力は迷路の緑の壁を一瞬で焼き尽くし、作成主までの直通道路を作ってしまった。

 この裏技を前にして、ラトーは驚いて顎が外れてしまう。


「ありゃ? まさか一気にワシんとこへ? ちょ、それナシじゃわ! 許されざる行為じゃわ!」


 そう言いながら焦りまくる異世界モンスターの外見は緑のモジャモジャ。如何にも緑の壁の迷路の主と言った風情だった。

 ずんずんとまっすぐ自分に向かってくる魔法少女達を見て、ラトーは覚悟を決めておもむろに戦闘態勢を取る。植物の蔦を触手のようにウネウネと自在に動かした。


「ふははは、ワシを倒すには3年早いわ!」


 攻撃の間合いに入ったところで、マルルとキリエはうなずき合う。そうして阿吽の呼吸で息の合ったコンビネーション攻撃を開始。マルルの遠距離攻撃でラトーの動きを封じ、距離を詰めたキリエが一瞬の隙を突いて一気に緑のモンスターを一刀両断する。

 こうして、勝負の決着はまたしても一瞬で着いてしまったのだった。


「くっ、ワシの方が3年遅かったんか……」

「「いえーい!」」


 モンスターを倒した2人はその場でハイタッチをしてお互いの勝利を喜ぶ。世界の作成主がいなくなった事でまたしても視界がぼやけ、2人は元の世界への帰還に成功した。



 2人の目の前に見慣れた西宮の景観が戻ってくる。しかし、その景色はどこかがおかしかった。街を歩いているのがモンスターだらけなのはいいとして、その数があまりにも多く、しかもモンスターが街の施設を使いこなして普通に生活をしていたのだ。

 さっきまでいた世界ではモンスターはただ徘徊するだけで、街の施設に興味を持つ個体などいなかったと言うのに。


 ここもまた別の世界なのかと2人が街の景色を確認していると、街頭ビジョンから信じ難い情報が流れてきた。


「今月で魔法少女が消えてから3周年となります。盛大にこの日を祝おうじゃありませんか!」


 何と、戻ったはいいものの、時間軸がズレたのか、3年先の未来へ飛ばされていたのだ。魔法少女がいなくなった3年でモンスター達が知恵を身につけ、人の残した施設を使いこなすまでになっていた。

 この驚愕の事態を前に、魔法少女達は現実を受け入れる事が出来なかった。この世界もまた異世界モンスターの作り出した架空の世界だと思い込もうとする。


「あ、あはは。今度の異世界モンスター、洒落がキツイね」

「ああ、趣味が悪すぎる……」


 2人はすぐにこの世界を作った作成主を探るものの、一向にそう言う存在は見つからなかった。これが作られたものなら、すぐに作成主が2人に対して挑発の言葉を投げかけてくるのが定番だ。

 なのに、どれだけ歩き回ってもその手の言葉が2人に投げかけられる事はなかった。


「どうしよう? もしかしてこれマジなのかも?」

「あのラトーってやつ、最後にとんでもない事をしてくれたね」

「ここまでモンスターが増え過ぎたら、私達の力だけじゃ……」


 3年後の世界に飛ばされた事で、魔法少女達に最大のピンチが訪れる。西宮だけでも何万体のもモンスターが動き回っている事だろう。


 こっちの世界に来てからの2人は、余計な戦闘を避けるために極力モンスターを倒さずに、魔法少女のコスプレをしているモンスターのふりをしてやり過ごしていた。

 ただし、その偽装がいつまで有効かは分からない。正体がバレた時、何万、何十万のモンスターに襲われたなら、たとえ今の2人でもその数の暴力には抗えない事だろう。頼みの綱のトリは時間制限が厳しいし。


 2人がほとほと困っていると、そこに頭に可愛らしい小さな角を生やした見た目10歳くらいのゴスロリ少女が現れる。


「私が元の世界に戻してあげる……」

「え? あなたは?」

「私の手を握って」


 少女に差し出された手をマルルは無意識に握る。その柔らかくて小さな手はどこか懐かしいような気がしていた。

 手を握ったのを確認すると、少女はいきなり走り出す。


「こっち!」


 少女に引っ張られてマルルが走り出したので、急いでキリエも後を追った。そうして狭い路地裏に入り、更にその向こうへと駆け出していったところで、魔法少女達をまぶしい光が包み込む。


「「うわっまぶしっ」」


 視界が戻った時、2人は元の世界に戻って来ていた。手を繋いでいたはずの少女はどこにもいない。2人はすぐに顔を左右に動かして現状認識をするものの、少女の姿を確認する事はついに出来なかった。


「あの子、何だったのかな?」

「わからないけど、助かったのは事実のようだ。お礼が言いたかったな」

「だね」


 こうして正しい時間軸に戻った2人は、ついに大阪へと足を踏み入れる。目指す場所は後少しだ! 頑張れ、魔法少女達! 明日を掴め! 魔法少女達!

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