第21話 それぞれの進み方⑩

 バフォメットは口元を歪ませ、笑いかける。

 その顔はいっそ邪悪で禍々しいのだが、真摯さと優しさが伺える声で言葉を続ける。


『君はやり直したいと強く願った筈だ。だからここに来れた。欠片の身でそれは称賛と尊敬に値する。だからこそ、私は君の願いを叶えたい。人間としてやり直しか、はたまた種族を違えてやり直すか。望むなら、動物や魔物にでも転生させてみせよう』


 邪悪な笑顔を深くしながら、優しく言うバフォメットに、彼女は質問を返した。


『人間、に、転生、出来る?』


『勿論だとも、なるべく暖かい家族の下に転生できるよう、配慮するとも』


 その言葉に、彼女は首を傾げて疑問を口にする。


『家族?』


『ああ、そうだね。転生について少々説明しようか』


 言って、バフォメットは指先に青い光を出現させて言葉を続けた。


『私たちは、錬金術によって転生を行うのだが、一度君を分解する』


 その言葉と共に指先の光は四散した。


『そして、指定した世界の胎児へと分解した君を再構築する、といった手順だ。君は不完全な欠片の状態だが、母体の体内で足りない分を補い、生まれる頃には完全な生物になれるだろう』


 リリィは、少し首を傾げ、考えた素振りを見せた。

 人間への転生は、リリィにとっても嬉しい提案ではあった。だが、胎児という所がまずいのだ。

 そうなると、まず生まれるのに時間がかかり、自我を得て、親元を離れて自由になるまでにも時間がかかる。

 リリィは彼と一緒に居たいからこそ転生を望むのである。同じ人間として転生できるなら尚良い。だけれど、彼は決して若くない。それでも、平穏に生きてくれれば、一緒に暮らせるかもしれない。

 だけれど。

 リリィの最後に焼き付いた彼の光景。それは、彼がこの先長く生きるよりも、命を犠牲にして力を手に入れる道を選んだ様に見えたのだ。

 可能な限り早く再会する必要があった。


『生まれた、後、の、転生、無理?』


 リリィの、どこか必死な問いかけに、バフォメットは顎に手をあて、考えながら回答を口にする。


『難しい、というより無理だね。君は欠片でしかないのだから、そのままで完成された生命体へと組み替えてしまうと、自我の無い、本能だけの存在になってしまうだろうね。君たちの世界でいう所の、ゾンビというやつかな。生命活動を維持することすら難しいから、お勧めしないよ』


 その回答に、リリィは落胆する。

 しかし、元々自分は消滅するだけのはずだったのだ。こうして可能性の話ができているだけで幸せのはずだ、と自分に言い聞かせ、再度思いついた事を聞いてみる事にした。


『じゃあ、同じ、骨、の、体、なら、できる?』


『……リリィ、君はもしかして──』


 驚いたような素振りを見せるバフォメットは、そのままため息をつき、かぶりを振りながら呆れた様な声を漏らす。


『そんなに彼と一緒にいたいのかね。予言しよう、彼の傍にいても君は幸福にはなれないよ。それに、君の命を奪ったのも彼なのだよ?』


 禍々しい顔を歪めて問うてくるバフォメット。しかし、禍々しいのは外見だけで、本当に親切心で忠告しているのだと、なんとなくリリィにはわかった。

 バフォメットは自身を父親、もしくは神のようなものだと言っていたが、親心のようなものなのだろうか、声からは本当に心配している時の優しさが感じられるのだ。

 だから、リリィはきっぱりと伝える事にした。


『私、は、彼、を、幸せ、に、したい。それ、が、私、の、幸せ』


 リリィは、彼からもらったローブをぎゅっと握りしめていた。

 その姿を見て、バフォメットは諦めたように大きなため息をつく。


『本当は、幸せな第二の人生を送ってもらいたかったのだがね。……いいだろう。君の欠片を、元々君だった骨で再構築するならば、問題なく転生可能だ。そして、自ら困難な道に立ち向かおうとする君の体に、いくつか贈り物を組み込んでおこう。なに、大丈夫、今まで通りの自我を保てる範囲にしておくから』


 そう言うと、バフォメットは右手を上げた。

 はだけたローブから、「Solve」という入れ墨が見える。


『では、始めるよ。気を楽にするといい』


 リリィは、こくりと頷く。

 その姿を見て、満足そうに眼を細めたバフォメットは、聞いたことのない呪文を唱える。


『スレイブ』


 その言葉と同時に、バフォメットの右腕の文字が淡く光り──。

 リリィの視界は真っ白に染まった。

 その白く何もない世界で、バフォメットの言葉が不思議な歪みをもって聞こえてくる。


『コアグラ』


 その瞬間。リリィの意識は途切れたのだった。

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