勇者一行をクビになり隠居した転生者と、優秀過ぎる息子と娘

KA𝐄RU

旅立つ前

第0話 彼は転生者

 さらさらと稲穂が揺れる。

 その稲穂を指で撫でながら、俺はゆっくりと歩いていた。

 太陽が眩しくて、思わず目を細めてしまう。とてもゆっくりとした時間で、若い頃は、自分にこんな生活が待っているなんて思ってもみなかった。


(さて、そろそろ家に戻るか)


 誰に告げるでもなく、胸中でそう独り言ちて家に向かう。まだ日は高いが、畑仕事は自分で行う必要もない。

 ほどなくして家に着いた俺は、小さな机に座り、一冊の本の前でペンをとる。

 その本のタイトルはこう書かれていた。


『異世界冒険譚』


 さて、ここらへんで自己紹介でもしようか。

 俺の名前はペトロ・トリスメギストス。中肉中背で黒髪黒目。本のタイトルからお察しの通り、実は異世界の日本という国から転生してきた者だ。

 黒髪黒目は転生前の世界では普通だったんだが、この世界では結構目立つ。ある国では希少で格好いいとされたり、ある国では道を過ぎる黒猫よろしく不吉だと言われたりもする。

 年齢は40歳になった。もうおっさんだな。だが、とある実験を自分の体で行っていて、その作用だと思うが、肉体自体は少し老化が遅れているようにも思う。

 その実験の内容、実はこの世界には魔力というものがあって、魔法があるのだが……いや、その話はもう少し後にしよう。

 まずは俺のささやかな冒険譚を語らせて欲しい。

 何にもなれず、何も為せなかった男の話だが、どうか我慢してほしい。

 そして俺は、ぺらりと目の前の本を開いたのだった。


〇〇〇


 まずは転生前だ。俺は本当にどうしようもない奴だった。

 夢は人気者になる事。高校の学園祭ではライブとかもやって、そこそこ人気もあった。

 高校卒業後も普通に働くのが嫌で、バンドを組んで、有名になりたいと望んで毎日を過ごしていた。

 でも、今思うと本当にもっとやりようはあったと思う。

 俺は友達や家族にチケットを無理やり売って、箱代(ライブハウスのレンタル料)を払う。

 つまり聞いてくれるのは身内だけ。そして儲かる訳でもない、寧ろ赤字だ。

 夢をあきらめきれずにバイトしながらそんな事を続けて30代に突入した時に、もう自分が今後どうやって生活していけばいいのかわからなくなった。

 でも、バイトさえしていれば生活はできるから、そのままぐだぐだと現状維持を続けて40代に突入。

 もう、智識や技術がないと転職さえも厳しい年齢になった。

 そこで、俺の不幸は始まった。いや、自業自得って奴だな。バイト先のお店が潰れてしまったんだ。

 そこから日雇いやらなにやらで食いつないで、でも家賃を支払う事ができなくなって追い出されて、住所がないからまともな職につけなくて。

 そんな絶望の毎日を過ごしてたある日。

 夜中、空腹でしょうがなくて道を歩いていたんだ。

 頭の中は靄がかかってるみたいに不明瞭で、気付いたら涙を流していた。

 そんな状態で夜道をフラフラしているのがいけなかったんだろうな、転生前の最後の記憶は、大型トラックの眩しいライトと、ブレーキの音だった。


〇〇〇


 そして、俺は転生の神に出会う事になる。

 まあ、この辺りは色々端折るが、どうやらこの転生というやつは、神々の代理戦争の一種、という話だ。

 俺を転生させたヘルメスという女神は、転生させた魂を人間にしているらしいし、バフォメットという神は魂を悪魔にするらしい。

 あまり詳しくは語らなかったが、俺にはそんなことはどうでもよかった。

 勇者、もしくは勇者の力となり、世界を救う事を約束し、俺は意気揚々と転生した。

 今度こそまともな人生を。ちゃんと努力して何かをつかむんだって心に決めて、転生を受け入れた。


〇〇〇


 そうして転生した俺が初めて見た景色は産婆の険しい顔だった。

 騎士グレコ・マーダーとその妻サニー・マーダーの子供として生まれた俺は、まずこの世界に慣れる事から始めた。

 この世界は、魔法が存在する世界だったのだ。そして食べ物が恐ろしくまずい。

 パンは黒パンと呼ばれるもので、イースト菌も酵母も何も使っておらず、本当にパン粉を凝縮して焼いた、という感じだから、恐ろしく硬い。数日置くと釘が打てるんじゃないかというくらいに硬い。

 だから、必ずパンとスープがセットで出る。パンはスープなしで食べられないのだ。

 さらに、肉料理も素材の味ほとんどそのまま、多少塩をふってあるが、調味料はそんなもんだ。なにせ、胡椒が金と同等の価値があるくらいだからな。

 まあそんな世界でも、俺は頑張っていこうと思った。女神に約束した通り、勇者になるか、もしくは勇者の助けになろうと頑張ろうとしたわけだ。

 だが、10歳になろうかというところで、俺は頭を抱えた。

 剣も、魔法も、弓も、盾も、才能が無いのだ。

 騎士の息子という事もあって、家族も俺に色々と習わせてみるのだが、全て凡庸、という結果になる。

 人一倍努力した、それこそ寝る間も惜しんで頑張った。でも、あまり強くはなれなかったんだ。

 なら智識でなんとか、と思ってそっちも頑張った。魔術なんかも、理論はわかるが、自分に魔力が少ない事を自覚するばかりだった。

 これは、後に俺独自の研究にて、魔力を発生させる細胞の絶対数が少ないとそうなるのだと結論が出たが、この当時の俺はそんな事も分からず。

 知識も前世の記憶が邪魔をした。軍師論でも、「戦術で戦争を語るべきではない、兵站をどう確保するか、補給線をどうするか。そして最後は、どう勝つべきか、どう負けるべきかを考えるべきです」なんて言おうものなら、異端扱いで話すらしてもらえなくなった。

 この世界の軍師はとかく戦術を語るのが好きで、それ以外は必要ないと思っている。

 そんなこんなで全てにおいてうまくいかなかったが、14歳の時、何とか勇者一行に加わる事ができたんだ。


〇〇〇


 勇者一行と言っても、御伽噺みたいに勇者と魔法使いと戦士と僧侶、という小さなメンバーではなく、部隊の集合体だ。

 魔王も、仮にも王であるから、軍で攻めてくる。数千、数万の軍勢だ。

 そんな相手に数人の人間が立ち向かって、一騎当千がもしできたとしても、村なり町は大きな被害を受けるだろう。

 勇者が率いる部隊を中心とした魔王討伐軍に、俺は参加したんだ。

 だけれど、本当に俺は役に立てなかった。

 各地から才能がある者達が集まったその集団の中で、戦闘では足手まとい、軍師達に交じって戦い方を論じても、異端扱い。散々だったよ。

 そうして、俺は25歳になるまで従軍したが、まあ、クビになった。


〇〇〇


 けれど、人生は何があるかわからない。この後各地を転々としながら30歳になった俺は、人生最高の宝物を得る事になる。

 俺はその宝物の為なら、命を失ってもいいし、地獄で永遠の業火に焼かれたっていい。

 それは何かって?

 先日10歳になったばかりの双子、男の子はヨハン・トリスメギストス、女の子はシモン・トリスメギストス。そう、俺の子供たちのことだ。

 



────────────────


【Tips】

この世界の冒険者は、住所不特定者や、放浪者を指します。

彼らは冒険者協会から日雇いの仕事などを斡旋してもらっていますが、基本的には草むしりや建築の手伝い(荷運び)など、簡単な仕事が主です。

また、住所がなく、決まった仕事がなく、大きな税収とならないので国からはよく思われていませんが、それでも経済効果はあるので容認されています。

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