第17話 鉱山へ



 大切に、首飾りを握ったマリアローズは、購入した翌日――即ち本日、魔石の産出量が激減しているノック鉱山がある熱石都市アロンソに、ハロルド陛下と共に馬車で入った。


 王国の西にあるこの都市は、魔石の産地として有名で、国内の魔石の八割が採掘されている。鉱山があるのは小高い山の上のため、二人とも身軽な格好だ。マリアローズは、スカート以外を穿くのが久しぶりだった。小さい頃に、一応乗馬の体験をした、その時以来の服装だ。ハロルド陛下と共に坂道を登っていくと、次第に息切れがし、汗で綺麗な髪が張り付きはじめた。それをハロルド陛下が一瞥する。


「少し休むぞ」

「え? え……ええ」


 ありがたい申し出に、安堵の息を吐いてマリアローズは立ち止まる。

 するとハロルド陛下が、ポケットから小瓶を取り出した。


「それは?」

「ラムネだ」

「ラムネ? 休憩のお菓子かしら?」

「違う。疲労を回復する効果がある。水を飲む前に食べておけ」

「わ、分かったわ」


 受け取りマリアローズは素直に口に含む。すると塩味が少しと甘さがあって、奇妙なほど美味に感じた。それから渡された水で喉を癒やす。十分ほどそうして休んでから、二人は再び歩きはじめた。そして三十分ほどして、目的の鉱山の入り口へと到着した。


 視察の件は事前に伝えてあったので、二人が出入り口の洞窟の前に立つと、一人の小さな老人が出てきた。ドワーフとは、人間よりも小型の種族だ。主に炭鉱や洞窟で魔石の採掘をして生計を立てている。この国は徒弟制度なので、ドワーフは全員が採掘に従事している。


「ようこそお越し下さいました」


 額の汗を布で拭きながら、ドワーフの老人が言った。


「急な訪問にもかかわらず、受け入れて下さりありがとうございます」


 にこやかな上辺の笑みは健在で、ハロルド陛下は余裕ある表情を浮かべている。

 一方のマリアローズは疲れきっていたが、必死に姿勢を正して挨拶をした。


「では、中へご案内致します」


 こうして連れられて進むと、採掘の現場にたどり着いた。洞窟の岩肌の至るところに、色とりどりの魔石が見え、暗がりの洞窟の中なのに光り輝いて見える。そのせいで、照明は不要な様子だ。その魔石を、鉱物ハンマーで叩いているドワーフが二人いた。どちらも目が死んでいるように思える。マリアローズはその虚ろな眼差しに覚えがあった。自分達が書類を倒す時にそっくりだ。


「計画書によると、従事者は七名のはずですが」


 不思議そうにハロルド陛下が問いかけると、再び額の汗を拭き、ドワーフの老人が困った顔をした。丸い鼻の穴がピクピクと動いている。


「それが、その……」

「全員に話を伺いたいとお伝えしたはずですが」


 ハロルド陛下の目が鋭くなった。口元だけに弧を貼り付けている。


「いやはや……ええと、ですな……」


 しどろもどろになってしまったドワーフの老人に対し、マリアローズはハロルド陛下を一瞥してから問いかけることに決める。ハロルド陛下の言い方だと、責めているように聞こえたので、フォローするつもりだった。


「あの、何故この鉱山の魔石の産出量は減少したのでしょうか?」


 マリアローズが努めて穏やかな声で尋ねると、僅かにホッとした顔をしてから、また鼻の穴をピクピクと動かしてから、ドワーフの老人が口を開いた。


「元々は、ええ、七人だったのですよ。だけどですな、そのですな……四人が辞めてしまったのです。ええ、はい」


 それを聞いて、マリアローズとハロルド陛下は顔を見合わせた。


「どうして辞めたんだ? 一気に四人も辞めるなんて、異常では?」


 ハロルド陛下の声に、困ったようにドワーフの老人がため息を零した。


「この鉱山の仕事が、激務だからでございます」


 マリアローズは息を呑んだ。激務の辛さときつさは誰よりも知っているつもりだ。肉体労働は経験が無いが、仕事にはいつも苦労している。


「それだけではございません。また、ドワーフに産まれなかったら、他の仕事をしたかったそうで……」


 切実さが滲む声音に、マリアローズとハロルド陛下は再び顔を見合わせる。


「今、ドワーフはこの件で真っ二つに割れております。ドワーフだからといって、厳しい採掘をしなければならないのはおかしいと述べ、この国を出奔すべきだと唱える者達と、ドワーフの人生をかけた生業は採掘だと主張する者達で……このようなことは前代未聞です。ドワーフは仲間との絆を大切にするというのに……いやはや、困りました」


 ハロルド陛下は難しい顔で、顎に手を添えそれを聞いていた。マリアローズは、彼の逆の腕に触れる。するとハロルド陛下がマリアローズを横から見おろす。


「改善しましょう!」

「簡単に言うが、どうやって? 俺も今、宰相閣下が現在調査中の、嘆願書の理由も分かったことだから、解決できるならばしたい」

「それはこれから一緒に考えましょう、ハロルド陛下」

「――そうだな、持ち帰るか」


 ハロルド陛下は頷いてから、じっとドワーフの老人を見据えた。


「国王として、必ず労働環境を改善する事を約束する。その方策が決定したら、連絡する」

「ありがたや、ありがたや……お願い致しますぞ」


 するとドワーフの老人が深々と頭を下げた。

 こうして視察は終了したのである。




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