14.すべり台

 ティコは完璧に仕事をこなしてくれた。

 あの後さらにいくつもの酒場をまわり、不死鳥軍団の内部情報を仕入れてきたのだ。


 謙虚な態度で目を輝かせて質問していたら、ただでさえ酔っている兵士たちはさらに上機嫌になり、知っていることを全部話してくれたらしい。


「男って生き物は年下から質問されるのが大好きなんですよ。自分が偉い人間だと錯覚できますからね。あいつらが上下関係にやたらこだわるのは、無能でも先輩というだけで後輩に威張れるのが楽しいからです」


 そんなティコも俺の前ではまったく可愛げのないことを言う。なんでこんな奴に、みんなメロメロになってしまうのだろうか。


 それでもこいつのおかげで、必要な情報を手に入れることができた。

 基礎情報としては、軍団内の階級区分が判明した。軍団長がマティアスで、それ以外の将校が35人。下士官が227人。残りは一般兵士だ。


 その中でティコが標的として選んだのは、俺の計画を実行するにふさわしい条件を満たしている10人だ。


「ふんふん、下士官が2人と一般兵士が8人か。名前、年齢、軍歴、出身地、家族構成、趣味、行動範囲……おーっ、似顔絵までついてるじゃないの!」


 ユリーナはティコが作成した資料を見て感心している。「こいつらを人目につかないように拉致らちすればいいんだねー。オッケー、任せておいて」


「大丈夫か? 相手は武器を持ってるぞ」

「兵士は集団では強いけど、1人だと弱いんだよ。それに王都はカースレイド商会のシマなの。軍人なんかの好きにはさせないよ」




 ユリーナも完璧に仕事をこなしてくれた。

 不死鳥軍団の休日をねらって、10人の兵士を拉致してきたのだ。


 これから俺が、彼らを1人ずつ脅迫する。場所は商会が保有する倉庫だ。

 まずはイアンという名の下士官を連れて来させた。


「あ、あんたはアクセル殿下!」


 俺の前に引き出されたイアンは、目をいた。「い、いくら王子だからって、こんな真似をして、ただで済むとでも思ってるのか!」


 強がってはいるが、声が震えているな。

 無理もない。イアンは全裸にされ、両手を体の前でしばられている。そしてカースレイド商会のいかつい顔の社員たちに取り囲まれている。自分がこれから何をされるか、不安でたまらないだろう。


「てめえ、殿下に向かってその口の利き方はなんだ!」

「まだ自分の立場がわかってねえようだな!」

「もう少し痛めつけておこうぜ!」


 どう見てもゴロツキにしか見えない社員たちが、イアンに殴りかかろうとした。

 ユリーナはそんな彼らに待ったをかける。


「顔はまずいよ。ボディーにしといて」

「へいっ!」


 社員たちは哀れな男に対し、殴る蹴るの暴行を加え始めた。俺とユリーナはそれをじっとながめている。

 ティコはこの場には呼んでいない。あいつには今後も軍団内の情報収集をしてもらうかもしれないので、正体を知られない方がいい。


「もう、そのぐらいでいいだろう」


 俺がそう言うと、社員たちは暴力をやめた。


「大丈夫か?」


 俺はぐったりしているイアンに優しく声をかけた。


「お……俺にこんなことをしたことをカーケン様が知れば……きっと復讐してくださるだろう。エロイ様だって……このような犯罪行為は厳しく罰するはずだ」

「イアン、それは困るな。カーケンやエロイ殿には黙っていてほしい」

「お、俺の名前を……?」

「もちろん君のことは調べてある。2年前にガルバーナ地区の家を購入し、そこに両親と妻子を住まわせているな。奥さんの名はエマで、24歳。子どもは5歳のジョエリーちゃんと、3歳のニッキーちゃんだ」


 イアンの顔は蒼白になった。過呼吸を起こしそうなほどにゼイゼイと息をしている。


「ま、まさか俺の家族を?」

「安心してくれ。俺の頼みを聞いてくれれば、君の家族に危害を加えることはしない」


 捕らえた10人は、みんな家族がいる者たちだ。自分や軍の仲間以外に守るべき者が存在するからこそ、脅迫に屈しやすい。


「なんて卑劣な!」


 怒声をあげて俺に飛びかかろうとするが、すぐに周りにいた社員たちに体を押さえつけられた。


「くっ、何をさせるつもりか知らんが、たとえ家族を人質に取られようと、俺はカーケン様や仲間たちを裏切ったりはしないぞ!」

「そうか」


 俺はユリーナに合図を出した。ユリーナはうなずき、部下に指示を出す。


「その男をに連れて行きなさい」

「へいっ! オラ立て!」


 イアンは無理やり立たされ、倉庫の奥へと歩かされた。俺とユリーナもその後をついていく。


 そこには倉庫には場違いなすべり台が設置されていた。高さ4メートル、斜面の長さは8メートルの巨大なものだ。傾斜角度は30度。材質は鉄で、下は砂場になっている。


「なんだ? 童心に帰って遊具で遊べとでも言うのか?」


 すべり台を見上げたイアンは強がりを口にするが、体はガクガクと小刻みに震えている。


「運び上げなさい」

「へいっ!」


 社員たちはイアンを抱え上げ、後部の階段からすべり台の最上部に運んで座らせた。背中を一押しすれば、すべり出す状態だ。

 そこで下を見下ろしたイアンは、眼球が飛び出そうなほどに目を見開いた。


「あ、頭が……おかしい……」


 彼が見たすべり台の斜面はなめらかな滑面かつめんではなく、荒く鋭利な鉄の刃がギザギザに刻まれている。

 一言で表現すれば、巨大なだ。

 人体をダイコンやショウガのようにすりおろすためのすべり台。皮膚というもっとも敏感な部分を、ザクザクに傷つける遊具だ。


 この、頭がおかしいすべり台を考案したのはティコで、製作したのはカースレイド商会だ。

 ティコはこれを拷問器具とみなしているようだが、俺は処刑器具だと思っている。内臓は傷つかないとしても、激しい痛みでショック死するからだ。


 もちろん俺はこのすべり台を実際に使用するほど鬼畜ではない。これは脅迫に使うべきものだ。


「どうだ? 俺に協力する気になったか?」


 下から声をかけたが、返事は返ってこない。恐怖で言葉を失っているようだ。ちょろちょろと水音がするのは、失禁しているのかもしれない。


「君が協力してくれないなら、君の家族をここに招待するしかないな」


 俺は感情をこめずに言った。「小さい子なら、すべり台は大好きだろう。幼児の柔肌やわはだには刺激が強すぎるかもしれないが」


 イアンは狂ったようにわめきながら、俺に従うことを約束した。

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