第3話
祖父は駅まで軽トラで迎えに来てくれた。
「ジイちゃん、これからよろしくな」
「就職浪人だからと儂に押し付けよって。しっかり働いてもらうからな」
「おう、それは任せてくれ。と言っても初心者だからお手柔らかに」
「まあ、確かに。お前は大学で身体を鍛えてたのか」
「ちょっとな」
フンと鼻を鳴らして不機嫌に言う祖父であったが、その声色には多少の嬉しさもあった様に彼が思ったのは、気の所為ではあるまい。
だが、少し顔色が良くないようにも感じる。
軽トラで辿り着いた祖父の家は、男の一人暮らしという割には部屋は片付いていたし、マメに掃除もされている様だ。祖母がいなくなってゴミ屋敷になっているのではないかと母は心配していたが、そんな様子は見られなかった。
「お前の部屋だ」
と通された部屋は、先に送った布団などの荷物が、ダンボールのまま積まれていた。荷物は最低限のものは送らないと怪しまれるだろうと、配送したのだ。
元々一人暮らしで物も無いし、家電の多くは処分した。そうなると案外荷物は少ない。
「じゃあ、今晩は俺の歓迎会ってことで、俺が料理をつくるな」
「なんで、お前の歓迎会なんぞしなければならんのだ」
祖父は何か言い募っていたが、台所にいって準備を始めた。冷蔵庫を開くと、刺し身だとか肉だとかが入っている。お酒の用意もしてあった。
(まったく、ジイちゃんは。ツンデレか)
自分が来ることを楽しみにしてくれていたようで、嬉しかった。
「明日から早速仕事を手伝ってもらうからな。朝は早いぞ」
その晩は、多少お酒も入って楽しい一時を過ごした。
さて、祖父はああ言っていたが、実際に蓋を開けてみると、思っていたほどの仕事量ではなかった。
何故ならば、祖母が亡くなる前から田畑の多くを貸し出していたからだ。村の若者が企業を立ち上げて、農業法人を作ったという。そこへ貸出をしているというのだ。
「農地バンクっつうのがあってな、そこを通してやってるんだ。村の若い連中が中心となって有志を募って農業やる会社を作ってな。割と手広くやっているぞ」
だから、現在は家の周辺の田畑で自分達が使う分だけを育てているだけだという。他には鶏は庭で柵を作って昼間は放し飼いにしているとか。これも自分達が日常使う分で、余れば近所に配っているそうだ。
「前はばあさんがお菓子とか作ってたんでな。少し多い」
「お前がやる気があるなら、『コリ』に紹介してやってもいいぞ」
「そうだね、考えとくよ」
自分達が食べる分といっても、彼の実家、娘のところに送る分やらなんやらと色々と作ってはいる。朝の早よからそれなりに仕事はあるので、手伝いする事は細々とあるのだ。
畑の水やりをする時は、祖父の見えないところでは魔法でやってみた。魔法で済ませれば面倒がないし、楽々できる。
どうにも“家”を保持するために必要な魔法は使えるのだ。勇者と名の付く連中ほどではなく、簡単なものだ。気配察知もできるから、周りに人がいないのは確認してからだ。
そうやってあげた水を受けて、ちょっと苗が元気になる気がするのは気のせいだろうか。
(鑑定持ちだったら、良いか悪いかとか調べられたんだろうけど)
村の有志で作ったという農業法人『コリ』は、手広く仕事をしているらしい。県道沿いにある道の駅での販売なんかも手がけているのだとか。ネットを通じて農産物などの通販もしているという話だ。
祖母が健在な時には、色々と加工食品を作ってその道の駅に納品して売っていたと祖父から聞いた。家には小さな果樹園モドキもあって、そこで作った果物を使ってジャムなんかも作っていたらしい。
他にも味噌やお菓子なんかも手がけていたとか。祖母の手作りのお菓子や料理は美味しかったのを覚えている。子供の頃に遊びに来た兄と迅は、祖母が作ってくれたおやつを争って食べたものだ。
「割と人気商品だったんだ。そう言えば作り方も色々と調べて、ノートに纏めていたな」
祖父は懐かしそうにそう言った。言われてみれば台所の棚の一つに何冊かノートがあった。
手に取って眺めると、そこには道の駅に納めていたであろうお菓子やジャム、味噌などのレシピが細かく書かれている。
調味料や食材を入れる順番など、色々と細かな手順が詳しく書かれているのは祖母のマメさ故だろうか。何となく、惹かれるものがある。
「じいちゃん、ちょっと作ってみていいか ? 」
祖母は田舎に来ると色々とお菓子を作ってくれていた事を思い出し、迅もちょっと懐かしくなったのだ。
今日採れた卵を使ってレシピ通りにプリンを作ってみた。祖父も迅も酒がいける口なのだが、甘い物も好きだ。
ウイスキーに大福でいける。大学の友人にそう話したら、げんなりされた思い出がある。祖父なら同意してくれるのだが。
祖父が先日、寄り合いから帰ってきてからどうも体調がよくなさそうで。聞いてみても
「ああ、ちょっと色々と立て込んでて。大した事はないんだ」
そう言ってはいたが、歳も歳なんで心配になっていたのが大きいのかも知れない。気分転換にと祖父も好きだと言っていたプリンを作ってみたのだ。
晩ご飯のデザートにと4つ作った。
「お前の作ったのは、ばあさんと同じ味がする」
祖父は、ちょっと驚いたようだ。だが、懐かしげに孫の作ったプリンに舌鼓をうって2つもペロリと平らげた。
祖父はそれらを食べて、少し思案したかのようだった。
翌朝、
「お前、道の駅にこれを売らんか。ばあさんのプリンや菓子は人気だったんだ。これだけの再現性をこのままにしておくのは惜しい」
祖父が勧めてきた。
前に祖母のレシピをコピーして別の人が作ったらしいのだが、同じような味にはならなかったらしい。何が違うのだろう。
「ばあさんのファンが内外にいてな。血は争えないって奴なのかね。同じ様な味のモンが出れば喜ぶ者も多かろう」
ニヤッと笑う祖父の顔に、ちょっと引っ掛かりを覚える。内外ってなんだろうとは思ったが村の内外だろうと思い直し、素直に出品することを同意した。祖父の顔色も随分と良くなり、元気そうに見えたからかも知れない。プリンを食べて気分転換にでもなったのだろうか、ふとそんな風にも感じた。
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