第21話 謎の美容魔法具


「マスター、先生として潜入するなら、先にそう言ってくださいよ」


「そうだね、ちょっとびっくりしちゃった」


 朝のホームルーム後、次の授業までの間にサーシャはシャルと一緒にノートンを廊下で捕まえて抗議の声をあげる。


「すまないニャ。手続きに手間取ってニャ」


「でもうちは女子校で、先生も全員女性なのに、よく先生になれたね」


「ああ、それは学園規則の盲点を突いたニャ。規則では男性教師は不可となっていたけど、猫人のオスはそれに当たらないと押し切ったニャ」


「おお、すごい」

 と、妙に感心するシャル。


「都合のいいときは猫人であることを最大限に利用するのが、オレのモットーだニャ」


 胸を張るノートンにサーシャは「威張らないでください」とつっこむ。


「それでサーシャ、この学校の印象はどうだニャ?」


「そうですね、お嬢様学校と聞いて、もっとかたぐるしいイメージでしたけど、みんな明るくてフレンドリーです」


「ウチはお嬢様校だけど自由な校風だし、特に担任のポロン先生は〝今を精一杯楽しみなさい〟って教育方針だからね。みんな明るいよ」


「あとみんなすごくたくさん美容系の魔法具を持っています」


 サーシャはすでに山のようにたくさんの美容系の魔法具をプレゼントされていた。


「その美容系の魔法具についてだが、これの入手元を調べてほしいニャ」


 ノートンが手に取ったのは、髪の毛の灰を入れると対象の姿に似てくるという〝美灰のコンパクト〟だった。


「その魔法具がどうしたんですか?」


「うん。ほかの魔法具は効果も呪いもイマイチで、いかにも学生が作成したものっぽい代物だニャ。だがそれは本物、美魔女ヴィラの魔法具に匹敵する性能を持っている。素人が開発したモノとしては少々できすぎてるニャ」


 流石はノートンだった。早くも女学生たちの美容グッズをチェックし、その真価を見抜いていたようだ。


「わかったわ、じゃあそのコンパクトを誰が作ったか、あたしが聞いてみる」


「いいのかシャル、手伝ってもらって?」


「いいよ。だって探偵みたいで楽しそうだし、それにあたしが盗まれた恥ずかしい記憶が何なのか、気になるしね」


「わかった。くれぐれも無理はしないように。相手は変質者の怪盗の可能性があるからニャ」


「あたしは一回は会ってるはずだし、大丈夫でしょ」


 明るく笑うシャル。いい娘だとサーシャは思った。


「サーシャは引き続いて怪盗についての聞き込みを頼む。外の人間でないと見えないものもあるかもだニャ」


「わかりました。みんな噂が大好きなので、喜んで教えてくれると思います」


「あー、ノートン先生発見!」


「先生、ここにいたんだ」


 女子学生の集団に、サーシャ達は発見されてしまう。せっかく目立たないように階段の隅に隠れていたのに。


「先生のために、砂場におトイレを作ったよ」


「猫砂よ!」


「……トイレは人間用のを使うから、いらないだニャ」


 女子生徒たちの配慮(?)は、ノートンにはうれしいものでなかったのか、いささか戸惑っているように見えた。


「でもウチ女子校だから男子トイレないよ?」


「来客用の男子トイレがあるニャ」


「人間用のトイレを使うんだ。えらい猫ちゃんだね」


「えらい!」「エラい!」


「……別に偉くないニャ」


「え~と、次はノートン先生の授業だよね。何の教科を教えてくれるの?」

 シャルが気を利かせて、話題を変えてくれる。


「体育だニャ」


「保健体育って、やらしい」


「えろい!」「エロい!」


「エッチなネコちゃんだ!」


「保健じゃなくて、体育の実習だニャ」


 何を言ってもはしゃぐ、そういう年頃らしかった。


「じゃあこれはどう? ウチのミーちゃんが好きなマタタビだよ?」


「フニャ!?」


 女子学生が手に取ったマタタビに、ノートンは初めて変な声を出す。


「猫ちゃんはこれが好きなんだよね?」


「……オレは、猫じゃない、から……マタタビなんか、好きじゃない……ニャ」


 小刻みに震えながらも否定するノートン。サーシャから見ても、その姿は初めて見る異様な姿だった。


「え~、怪しい」「本当は好きなんでしょ?」「ほれほれ~」「体は正直だよ~」


 女子学生達もそんなノートンの反応が面白いのか、震えるノートンの眼前でマタタビをちらつかせる。


「ニャ……はあはあ」


 対するノートンは、明らかに興奮を無理に抑えている様子だ。 


「み、みんな、早くしないと体育の実習に遅れちゃうよ! 着替えなきゃ」


 気を利かせてくれたのか、シャルが強引に話題を切り上げ、女子学生たちを連れ去ってくれた。


「はあ、助かったニャ……」


 マタタビから解放されたノートンが、救われたようなぐったりと息をつく。


「マスターって、マタタビが苦手だったんですね」


「まあ猫の習性だからニャ。マタタビを見ると理性を失ってしまうんだニャ。弱点になりかねないから、黙ってたんだが」


 まさかマホジョの女子生徒に弱点を見破られるなど、ノートンも想像もしていなかったようだ。


「仕方がない。サーシャにはこれを渡しておくニャ」


 ノートンが懐から取り出したのは、小さなガラス瓶だった。中には白色の液体が入っている。


「これは何ですか、マスター?」


「ヴィラの魔法具の一つ、〝心浄なる白バラ香〟(マリー・ディモルフォセカ)だニャ。心を浄化し、平穏を保つ効果があるニャ」


「へ~、美容は心の平穏からってことですね」


 ノートンもヴィラの魔法具を持っていたことは意外だったが、サーシャは理由を聞き納得する。


「万が一、オレがマタタビでおかしくなった時に、この香水を振りかけてほしいニャ」


「はい、わかりました」


 サーシャはビンを受け取ると、その役を快諾した。

 ノートンをマタタビという弱点から守る役割を託され、少しうれしかった。    


「じゃあマスター、私も着替えてきますね」


 シャル達の後を追う形で、サーシャはその場を後にする。 


「……ふう、教師は思いのほか大変だニャ」

 

 残されたノートンが、ため息とともにぼやいた声が聞こえた気がした。

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