翌朝

 長距離ツーリングの疲れもあったから後は眠りに落ちてた。目を覚ますと朝の光が部屋に差し込んできてる。ふと傍らを見るとチサの寝顔だ。なんてあどけない顔なんだよ。たまらくなってキスしたら。


「コウキのキスで目覚められるなんて最高の朝だ。おはよう」


 それにしても現実感がどこかにない気がしてる。それぐらい昨日は劇的すぎる一日だった。天橋立までチサと二人でツーリングに来ただけでも十分に劇的なのだけど、プロポーズ、チサのカミングアウト、そして二人の初夜だぞ。チサはボクのプロポーズを受けてくれた。ちょっと変わった形になってしまったけど、


「ちょっとどころじゃないよ。男を受け止めながらだよ、それで果て尽きながら絶叫で返事した女なんてチサぐらいじゃないかな」


 さすがに拙かったかな。


「そんなことない。最高のプロポーズだったし、最高の返事が出来たもの」


 もう愛おしさしかなくなってチサを抱きしめた。そしたらチサは、


「こんなに幸せで良いのかな。別にセフレでも良いのよ」


 あのな、まだ言うか。チサが織り成した運命はチサだけじゃなく周囲にさえ禍を及ぼしてるのを忘れたのか。チサはそのための贖罪をやらないといけないんだよ。それがボクと結婚して幸せになることだろうが。


「だから信じられないの。これからコウキと結婚して幸せになるのに、それのどこが贖罪になるのよ。チサにとって良いことばかりじゃないの」


 そんな事はない。なによりの罰はボクと結婚しないといけない事だ。チサならイケメンのもっと良い男と幸せになれたはずなのに、ブサメンのボクと結婚しないとならないのだぞ。こんな重い罰が他にあるものか。


「そんな事ない、絶対にあるものか。どれだけ嬉しいか。こんな日がチサに来るなんて・・・」


 だから泣くなって。チサは笑顔が似合うのだから、


「ありがと。本当に感謝しまくってるのだけはわかって。チサだってコウキを幸せにするためだったら何でもする。チサのすべてはコウキのものよ」


 それは間違ってるぞ。チサはボクのものだけど、ボクだってチサのものだ。ようやく泣き止んで落ち着いたチサは悪戯っぽく微笑みながら、


「昨夜はひたすら嬉しかったのだけど、ちょっと妙な感じだけあったんだ」


 やっぱりか。チサは男を知り過ぎてるから下手過ぎて呆れられたのだろうな。


「呆れてなんかないって。別れた旦那までの男なんか五分と続かなかったんだから」


 チサ相手ならそうなるのは昨夜わかったし、だからチサは女の喜びを、


「あの最低野郎は凄腕だったよ。それだけは認めるし、あれより上手かったのはいなかったもの。だけどね、コウキに抱かれながらやっと思い出したんだ。心の底から愛して抱いて欲しいと思う相手とはこんなに違うんだって」


 そんなに違うのかなぁ、


「そりゃ、もう全然。昨夜はコウキと初めてじゃない。だからもっとお淑やかにしようと考えてたのよね。でもコウキが来たら、もうどうしようもなくなったもの。男が女を喜ばせるテクニックなら体に染み込むぐらい知ってるけど、コウキは次元が違う。この世で最高って太鼓判を百個ぐらい押してあげる」


 そりゃどうも。だったらなんだったの、


「コウキはチサに高校時代の面影を見てるところがあるじゃない。でもチサにだってあるのだよ。だからコウキじゃなくて、高校の時の広川君に抱かれてる感じがしちゃったのよ。同級生に抱かれてるって思うと妙に気恥ずかしくてさ。コウキはどうだった?」


 同級生ラブと言うか同級生となんかチサが初めてだけど、言われてみればどっか違う感じがあったような、なかったような。なんと言うか、あの、その、


「これって友だち感覚が残ってるからじゃないかな」


 なるほど。同級生は濃淡こそあっても友だち関係ぐらいは言えるはず。これは恋人関係になる前の友だち関係とかなり違う。なにが違うってそこにラブの要素がない友だち関係になるはずだ。そういうラブ要素がない友だち関係時代を経験した相手なら、


「もうベッドだからやることはやるのだけど、友だち相手にそうされるって思ってしまうと、どこか妙な感覚が出てくるって感じかな」


 それって幼馴染ラブならもっと強いかも。


「チサも経験ないけどそうかもね。だって大人になる前から知ってるよね」


 それこそ子ども同士で一緒にお風呂に入ったことだってあるのが幼馴染のはずだよな。そこから相手に男なり、女を感じて恋人関係になるのだけど、


「抱かれながら思い出すのはまだ恋なんか知らなかった子ども時代かもよ」


 どうなんだろう。やっぱりそうなるのかな。こればっかりは経験しないとわからないな。まあ他人のことはどうでも良いか。百のカップルには百のストーリーがあるだけって話だろ。


「そうだね。でさぁ、チサはどう思ってくれた。やっぱり友だち感覚とか出た?」


 あれを友だち感覚って言うのかな。とにかくチサは憧れの特別の人だから妙な感覚というより現実感がなかったかも。なんていうか、絶対に見れるはずがなく、触れるなんて以ての外のモノに接してた感じかな。こんなもの夢にだって見れるものじゃないよ。


「夢なんかじゃないし、今だってチサは裸だよ」


 それはわかってるし、今だってチサの肌とベッドで触れ合ってるのが信じられないもの。この世の幸せがすべてこのベッドに集まって来てるとしか思えないぐらい。


「それは言い過ぎよ。でもそれぐらい喜んでくれるのは素直に嬉しいな。やっぱりさぁ、ガッカリされたら悲しいもの」


 チサこそボクに失望を、


「する訳ないじゃないの。太鼓判百個じゃ足りないのなら、もう百個押してあげようか。あれだけ素晴らしい夜は初めてだし、これからも続くのでしょ。そっちの方がチサには現実感が無さすぎる」


 チサはちょっと悔しそうな顔になり、


「やっぱりミサの予言に素直に従っておけば良かった。そうしてたらチサのヴァージンだって捧げられたし、この体だって隅から隅までコウキに開発されてるじゃない。余計な遠回りをしたばっかりに・・・」


 チサの唇を塞いでから、


「今から、いや昨夜から心の底からチサに満足してる。こうやって二人は始まったじゃないか。過去は取り戻せないけど、未来はいくらでも作れる」


 それから一緒にお風呂に入ったけど、これこそ神が作った傑作じゃないのかな。


「天橋立のこと?」


 チサだよ、チサ。朝の光の中で改めて見るチサはまさに美の化身そのもの。人は見た目じゃないのはわかったつもりだけど、チサクラスになると存在するだけで魂が吸われるのがよくわかる。桁が違うとか、別次元ってこういう事なんだろう。


「なに言ってるのよ。どんなに頑張ってもオバサンよ」


 そこから朝食を頂いて出発だ。

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