天ぷら談義
帰り道の話だけど、
「お昼のうどんは美味しかったけど、天ぷらとうどんの組み合わせも良かったじゃない」
ああそうだった。釜玉うどんだったから天ぷらうどんになるかどうか微妙だけど、今日のうどん屋はアタリだった。
「混みすぎてるのが玉に瑕だけど、行けて良かった。コウキ、ありがとう」
迷子にならなかったのは本当にラッキーだった。
「天ぷらとうどんを組み合わせた人って天才だと思わない」
あれは天ぷら蕎麦の方が先に成立したはずなんだ。
「どういうこと?」
天ぷらの起源の一つとされているのが、宣教師が持ち込んだフリッターとされている。
「フリッターだったの。揚げ物は揚げ物だけど・・・」
ああそうだよ。このフリッター系列の天ぷらも受け継がれていて、チサさんも知っているものならさつま揚げだ。
「あれが天ぷらなの?」
ああ天ぷらさ。今でも九州の人が天ぷらと聞いて思い浮かべるのはさつま揚げみたいなもので、関西とかの天ぷらを見て驚くって話があるぐらいだもの。
「でもさぁ、さつま揚げと天ぷらって違い過ぎるじゃない」
この辺が調べても良くわからなかったのだけど、ネタに衣を付けて揚げる料理が関西に来た時に付け揚げに変化したみたいなんだ。精進料理と融合したって説もあったけど、衣が薄くなり、野菜を揚げる料理になったぐらいで良さそうだ。
「それってさ、ひょっとしてだけど・・・」
そこはわからないけどチサさんの説もあるとは思う。精進料理のルーツは中華料理だし、中華料理なら揚げ物だってポピュラーだったはず。中華の技法から発展した付け揚げを関西では天ぷらとなっていた可能性というか、
「付け揚げは天ぷらだったの?」
どうもだけど南蛮船は堺にもたくさん寄港していたし、その堺には南蛮料理の店まであったのは記録にも残ってる。
「黄金の日々ね」
その時にフリッター由来の揚げ物を天ぷらと呼び、付け揚げとは別の料理としていたフシはありそうなんだ。だから舞台は江戸に移っていく、
「江戸前の天ぷらね」
ああそうだ。これもどうやらばかりが付くけど、江戸に流れ込んだのは関西の付け揚げだったで良さそうなんだ。それだけじゃなくネタに海鮮物を使うようになった。
「エビ天の誕生だ」
それで良いと思う。ここでそうだとしか言いようがないのだけど、江戸で流行した付け揚げを天ぷらと呼ぶようになり定着してしまったらしい。
「はぁ、江戸で付け揚げと天ぷらのネーミングがドッキング起こったってこと?」
だからあくまでも『らしい』だし、今もそうなっているのはわかるだろ。この江戸の天ぷらだけど庶民の料理として広まったけど、それも理由はある。江戸で店舗を構えた天ぷら屋というか、料亭みたいなところで天ぷらは調理されなかったんだよ。
「あんなに美味しいし、人気もあったのでしょ」
理由は火事対策だ。天ぷらって大量の油を熱するじゃない、だから火が回れば火事の原因になるから幕府は家の中で天ぷらを揚げるのを禁止にしたんだ。だから天ぷらを揚げることが出来たのは屋台だけだってことになる。
「暴れん坊将軍や黄門様は御殿では天ぷらを食べられなかったのか」
だから江戸の町をうろついたり、世直し旅に出かけた訳じゃないだろうけど。
「銭形平次とか必殺仕置人ならいつでも食べられた」
そうなるな。この江戸だけど日本中から多くの職人が集まった都市でもある。大きな火事が定期的にあったから仕事がいくらでもあったのだろう。この職人たちを相手に多くの屋台が出ていたみたいなんだ。
「今の博多ね」
そんな感じかもしれない。天ぷらの屋台も多かったと思うのだけど、当時の天ぷらは串に刺して売られていたとなっている。それを天つゆにつけて食べる感じかな。
「二度付け禁止ってやつね」
当時は禁止じゃなかったろうけど、今の天ぷらの食べ方に近かったぐらいは言えると思う。さてだけど蕎麦屋の屋台も多かったのは記録にも残っているそうだけど、当時の屋台の蕎麦はかけ蕎麦だったはずなんだ。
「一杯のかけ蕎麦の世界ね」
それは違うけど具が入ってない素蕎麦みたいなものじゃないか。その時に隣の天ぷら屋の屋台から、
「そっか、トッピングにしたのね」
おそらく天ぷらそばのルーツはそれじゃないかとされている。それが関西に流れ込んで、
「蕎麦のかわりにうどんになり、天ぷらうどんが出来たのか」
そんな流れだと思ってるよ。
「コウキって本当に物知りね」
雑学はだけはな。
「雑学だけじゃないよ。本当の勉強だってどれだけ出来たか」
それを言うな。なんだかんだと言いながら、灘中、灘高と落ちて、京大に入れなかったのはトラウマだし、どうしたって負い目になってるのだから。
「なに言ってるのよ! 港都大の医学部だよ」
あそこだって一浪でやっとこさだ。
「あのね、一浪でも医学部、それも港都大だよ。普通の人じゃ絶対入れるものか。チサだったら十年かかっても入れないよ。だからあれだけの勉強が必要って良くわかったもの」
あははは、だから塩対応のガリ勉陰キャだったんだよ。
「そんなことがあるものか。もっと誇りをもって良いし、自慢したって良いはずよ。少なくとも卑下するようなものじゃないでしょうが」
外から見ればね。親父の京大医学部への執着は異常だったし、あれで苦しめられたのはボクの暗黒時代だけど、それでも京大卒の医者へのコンプレックスは出来たんだよな。これは医者の世界だけではなく世間的にもそうだもの。
「それは間違ってる。コウキはちゃんとしたお医者さんになってる。それで十分じゃない。少なくともチサには十分すぎるし尊敬だってしてるのだから」
ありがと。ああは言ったけど、医者になったこと自体は別に後悔してないよ。だってだからと言って他になりたい職業もなかったし、なってもまともに仕事が出来そうにないもの。まあ開業医になってしまえば出身大学なんてとやかく言われないものな。
「でしょ、でしょ。それがすべてよ。コウキは立派な人生の成功者なんだから」
それは言い過ぎだと思うけど敗残者じゃないとは思ってる。
「人が生きていくのに一番大事なことは、後ろ指をさされたり、後ろ暗いことを持たない事だと思ってるの。それさえ出来れば十分じゃない。それはチサが望んでも望めなくなってしまった事だもの」
そんなことがあるものか。チサさんはそんな人じゃない。そう言ったのだけど、後は何故か話をしてくれなくなった。なんか悪いこと、チサさんの気に障ることを言ってしまったみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます