第6話 旅立ちの日
「おーいイグサ、そろそろじゃろーー!」
一階から少女の声がする。
「あ〜と〜ご〜ふ〜ん〜」
閉ざされた自室で布団に全身を覆って寝ぼけた声でイグサは呟く。
10年ものの自分の巣でくねくねと体をくねらせて春の心地よい日差しと雀の鳴き声と共に再び深い眠りにつこうとした瞬間、彼女の腹の上に何かの重りがのしかかる。
「とーーーーう!!」
「ぎゃふん!?」
体をくの字にして眠りに引き込まれていたイグサの意識が一気に覚醒する。
「起きろとゆうとるじゃろうが!この寝坊助!」
一階で大声を張り上げていた声がイグサの腹の上でする。
「痛いってーーーの!!」
イグサは腹の上の少女の頭を鷲掴んで自室の壁にぶん投げる。
が、少女は壁に叩きつけられる前にボンと音を立てて白煙の中に消えたと思いきや、その煙の中から一匹の子狐が出てくる。
『まだまだお主ではワシは倒せ、うおおおおお待て待て待て!?』
出てきた子狐にイグサは手頃な小物をぶん投げ、子狐は大量にぶん投げられた小物を華麗に避け、大慌てで先程の少女の声で絶叫を上げながら部屋を飛び出して行く。
イグサはその後を枕を手に持ち、被っていた布団を剥がしてドタドタと走って追いかける。
子狐はすばしっこくイグサが振り回す枕を避けつつ時折、イグサの近くをぐるぐると回っておちょくる。
その態度でイグサは一層怒りが込み上げて般若の形相で子狐を追いかける。
「お前ら朝から元気だな」
追いかけっこをしていたところでイグサと子狐の後ろから怒気を纏ったカミヤの声がして、一人と一匹はぴたりと止まる。
「と、父さん、これは〜その〜あ、そう、コタマが」
『あ、ずるいぞ!』
イグサと子狐が再び喧嘩しようとした瞬間、
「「痛っ」」
二人の頭にカミヤの制裁の拳が
「冒険に出る初日から喧嘩してどうする」
「「はぁい」」
カミヤの一喝で二人は沈静化して、イグサはそそくさと着替えを済まし、一階の食卓に向かう。
食卓には目玉焼きに味噌汁、ご飯が三人分置かれており、三人が揃ったところで朝食を食べ始めた。
「あ、それ私の目玉焼き!」
「取ったもん勝ちじゃ、いっただきまーーあり?」
「それじゃ、俺が貰っても文句ないよな?」
「「あーーー!!」」
三人は
「ねぇ、これ持っていこうかな?」
「いや、それはかさばるじゃろ」
イグサとコタマはそれぞれのバックの中身を確認してはお互い言い合っては笑顔を浮かべていた。
「よし、これで終わりっと、お前らも準備できたか?」
「うん!」
「うむ!」
カミヤが皿洗いを終えて振り向くと、玄関の扉の前で目を輝かせ、身の丈半分程の大きなバックを背負う二人の姿が映る。
「父さん、なんで泣いてるの?」
きょとんとした顔でイグサがカミヤを見る。
「いや、あの小さかったイグサが成長したなってな」
カミヤは目尻に浮かんだ涙を親指で拭って、二人のことを目一杯抱きしめる。
「苦しいよ父さん」
「そうじゃ」
「すまん、ついな」
カミヤはそっと回した腕を解く。
「行ってきます」
イグサは決意と抑えきれない好奇心のこもった瞳でカミヤを見る。
「行ってらっしゃい」
カミヤは寂しさと嬉しさの籠った声で言葉を返す。
二人は何かに弾かれるようにして家の庭を飛び出して、気づく頃にはその背中は遠くなっていた。
「お前は良かったのか?」
「私か?いいさ、あの子が無事に旅立っていったんだから」
いつの間にかカミヤの隣にはイグサ達の小さな背中を見つめるアーデルハイトの姿があった。
「それよりこの家も嫌に広く感じるな」
アーデルハイトがふと後ろを向くと、静けさに包まれた部屋が広がっていた。
「今日は一杯付き合え」
「何杯でも付き合おう、ついでに私の秘蔵の酒も振る舞おう」
「それは嬉しいね、あいつも喜ぶよ」
二人は真っ青に晴れた空を見上げる。
一方、イグサとコタマはアーデルハイトの家の前を過ぎ去り、少し大きめの木の根で腰を下ろして経路確認のために地図を開く。
その地図は手の平サイズの銀色の円柱の端と端を持って引っ張ると引っ張られた円柱がちょうど真ん中で離れ、離れてできた空間に空中ディスプレイが浮かぶ代物であった。
「何度見ても不思議だのぉ」
コタマは感心の声を漏らし、ディスプレイを見つめる
ディスプレイに表示された地図にはほとんどが森林として表示されており、イグサ達
の走ってきた経路が赤い線で描かれている。
「目的地はーーーー、あった」
イグサがディスプレイを指でスライドすると、とある地名の位置に旗のマークがついている。
「よし、目的地の方向も分かったし早速いこうか」
「うむ!!」
二人は木の根から立ち上がりついた汚れをはたいて、今度は自分たちの歩みを確かめるかのようにゆっくりと歩き出す。
「目指すは
イグサは右腕を思い切り空に掲げる。
これから始まる冒険の日々に想いを馳せながら。
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