第四章 - 対峙 -

 あそこだ、男が指さした方向をコレサは見た。


 森の中が仄かに明るい。焚火の光だろうか。森の中で、比較的開けて見えるのは池があるからだろう。


「あの池の岸に、奴等がいるんだな」


 首領の言葉に、男が頷く。荷車の後ろについていた、コレサの仲間だ。

 継ぎ接ぎの外套を着ていた男の前には姿を現さず、隠れて奴の跡を付けていた。洞窟から少女を連れ出し、今は休んでいるという。


「よし、話してみるか」


 首領の言葉に、コレサは首をかしげた。


「池を背に囲んでしまえば逃げることもできない。三人がかりなら負けない」

「そうだな。だが下手に抵抗されて俺たちも怪我なんてしたくないだろう。目的は餓鬼だ。それにおそらくあの焚火」


 火の精霊が潜んでいるに違いない。精霊が手に入るなら男を殺すまでもないと、首領は言った。


「まずは話し合いというやつだ。森の民と違う、俺たちは文明人だからな」


 何が文明人だ。とはコレサも言わない。怒らせて殴られるのはごめんだ。


「いくぞ、おまえらは左右から回れ。逃げられないようにな」


 やれやれだ、と思いつつもコレサは右手にから池に近づく。もうひとりは左手からだ。

 首領は、まっすぐ池へと歩いていく。


「よう」


 首領の声が聞こえた。次いで自分も到着する。

 焚火の前で、昼間会った外套の男が座っていた。膝に少女を抱えている。眠っていた。青ざめた顔は、疲労の色が濃い。


「あんた、その餓鬼の縁者かい」

「どうだろうか」


 首領と、外套の男が会話を始めていた。険悪な雰囲気ではない。


「そんなことがあるか。そいつは奴隷だ。俺たちの国から逃げ出してきた。あんた、奴隷を匿うことは罪だって知らねえのか」

「貴方たちの国の法など知らないよ。この土地には国はない」

「そうか、森の民らしい言い草だな」

「そういう貴方は、南方諸王国の民らしい言い回しだ」


 外套の男が苦笑する。


「そいつを置いて、ここから去りな。別に身ぐるみ置いてけなんて言わねえ。俺たちはその奴隷を追って来ただけだ。盗人じゃない」

「どうだか」


 首領が顔から表情が消えた。逆方向から来た仲間の男も身構えている。囲まれている上、少女を抱えて座っている。戦いになったら、どう見ても不利なのに動じた様子がない。肝が据わっているのか、それとも。


「そうか」


 首領が、抜き打ちで鉈を振るった。


 外套の男が少女を抱えたまま地面を転がる。そのまま森の中まで転がって行くのかと思いきや、茂みの前で起き上がり、片膝で剣を構えた。転がりながら、抜き放ったようだ。

 首領が舌打ちする、包囲が解けてしまった。だが、こちらが有利なのに変わりない。

 が、その時。絶叫が響いた。仲間の男が火だるまになっていた。

 転がる外套の男を目で追い、囲いこもうとした瞬間。焚火から目を離した瞬間、焚火から蛇のように伸びた火に巻き付かれたのだ。

 仲間の男が地面を転げまわる。外套の男のように一方向に転がるのではなく、もがきあがき、体をこすって火を消そうとする。

 だが、消えない。池の近くで水気も多いはずの土が、何故か仲間の男の周りだけ乾いているように見えた。焦げた匂いが鼻を刺激する。呆然として、何が起きているかも分からなくて、動けない。


 そこに、金属同士が叩きつけられた音が響いた。


 外套の男が首領に剣を突き出し、その剣を首領の鉈が受け止めた音だった。だが、そこまでだった。

 右手で剣を突き出していた外套の男だが、左手でもう一振りの剣、というほど長くもない短刀を抜き放ち、首領に投げつけた。短刀は首領の首元に突き刺さった。そのまま首領がのけぞる。骨まで達したのか、首領の首は気持ちの悪いほど伸び曲がっていた。


 死んだ。


 首領は少なくともコレサよりは強かった。もう味方は居ない。見回すと、少女が寝かされていた。外套の男も、流石に少女を抱えたまま首領に戦闘を挑んだ訳ではなかったようだ。


 あれを人質にすれば。


 コレサが手を伸ばす。その手に、手の甲と平に、焼けたような痛みが走った。

 剣を突き立てられた。そしてそのまま地面に縫い付けられた。

 外套の男が、コレサの手に上から剣を突き立てたのだ。血が弾け、地面が濡れる。

 痛い痛い痛い。痛みに叫び声をあげた。涙と鼻水が出る。

 剣が抜かれる。痛みに転がり回ろうとしたところを、今度は背中を蹴りつけられた。

 首元を押さえつられ、目の前、文字通りの眼球のすぐ側に刃を突き付けられる。コレサ自身の血に塗れた刃だ。


「言え。この子と、この子の精霊を森に追い、捕まえようとする理由を」


 何か言い訳を、と考えた瞬間、頬に痛みが走った。


「次は目だ」


 コレサは話した。

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