ロタンの冒険者ギルド

 クレイは北門から続くロタン北通りを歩き始めた。歩いていると、空気の心地よさを肌でも強く感じられる。ミナスの乾いた空気とは明らかに違い、それだけで彼の胸は喜びに踊った。建物を注意深く観察し、冒険者ギルドの精霊の剣の紋章の描かれた看板を探す。


 かつて、この世界を創ったという女神ノエルが持っていた剣をかたどった紋章。それは仲間との冒険と日常を何よりも好んだという女神ノエルの逸話になぞらえて、冒険者ギルドの掲げる紋章になった。仲間と冒険を何より愛する人が集まるよう、願いを込めて。


 ロタン北通りを十分ほど歩くと、それはあった。


 大きな白壁の建物と正面から向かい合い、屋根の中心に見える精霊の剣の紋章。看板ではなく、屋根に刻印されている。


「ここか……」

「うっし、新天地の一発目だ。かましてこうぜ!」

「いやいや、普通に入って普通に受付に話を聞くよ」


 (本当はなんかかましたいけど、敢えて皆と波長をズラせば、追放してくれるかもしれない)


 クレイは深呼吸してから、扉に手をかける。扉は金属製なのか、ひんやりとしていた。手のひらに力を込めると、扉はゆっくりとだが確実に開いていく。


 中に入ると、数人の男女がクレイたちを見た。


「なんか見られてんね」

「よそ者だからね」


 視線を気にしながら、受付まで足を運ぶ。内装はミナスの冒険者ギルドと、大差なかった。扉から向かって奥側に受付カウンターがあり、その両サイドには掲示板がある。手前にはテーブルと椅子が置かれていて、飲食物が提供されている。昼間っから呑んだくれている冒険者も、作戦会議をするパーティたちも、ミナスでよく見た光景だ。


 受付の女性のにこやかな笑みに笑みを返し、クレイは口を開く。


「登録がしたいんですが」

「登録ですね! ギルドカードはお持ちですか?」

「はい、持ってます」


 ギルドカードを差し出すと、受付の女性が紙にその情報を書き写していった。ペンを止めると、ギルドカードが返却される。


「登録完了です。ようこそ、水の都ロタンへ」

「それと、周辺の地図と観光案内を一つずつ」

「はい、こちらです」


 手際よく、丸められた地図と畳まれた冊子が取り出され、カウンターの上に置かれた。クレイは「ありがとうございます」と礼を言って、それらを受け取り、ルネに手渡す。


「あと、今仕事ってどんなのがありますか?」

「門兵のおっちゃんがルビードラ関連しかないって言ってたな」

「あー……そうですね、その通りです」


 受付の女性が、事情を細かく説明する。


 現在、水の都ロタンの西部にある水源洞窟に大型のルビードラが巣を作っている。一週間前に突如として現れたそのドラゴンは、ルビーを採るでもなくロタン西街道に出没し、西側から来た荷馬車を襲っている。一度か二度、冒険者が学者を護衛しながら調査に赴いたが、ルビードラからの攻撃を受け引き返したということだった。


 それから、毎日のように西門に現れては周辺をぐるぐると歩き回り、水源洞窟に帰っていくのだと。


 ほとんどが門兵の話と同じだったが、全てを聞き終えたクレイの脳内に、ある案が浮かんだ。


 (これはチャンスだな)


 クレイはカウンターに手をついて、今にも身を乗り出さんとする勢いで口を開く。


「俺達が調査に行きます!」

「え?」


 受付女性が体を仰け反らせ、声をあげた。


 (独断で危険に飛び込めば、リーダー不適格として追放してもらえるかも)


「ですが、危険ですよ? 表皮もかなり硬くなってますし」

「うちの剣士のスキルはスイダウン、俺は能力倍加、こっちのアルラウネのルネは祝福です! 適任だと思います!」

「あれ、あーしは?」


 マイカがクレイのシャツの裾を引っ張った。


 受付女性がクレイたちを見渡す。一瞬の間を空けて、ふうと息を吐いた。


「では、お願いしても?」

「はい!」

「ただ学者たちが今は動けないので、できればルビーをいくらか採って来てくださればと……」


 ルビードラの力の源は、体内に取り込んだルビーだ。表皮を突き抜けるようにして露出しているルビーを採掘すれば、彼の力は削がれていく。今後の調査を円滑にするために、力を削ぐのがクレイたちの仕事ということだった。


 クレイは笑顔で親指を立て、「わかりました!」と答える。


「じゃあ、お願いしますね」

「はい!」

「ねえねえ、あーしは?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る