冒険のはじまり

「おーい!」


 低いとも高いともつかない、しかし重い声が聞こえる。フリントの声だ。クレイが声がしたほうに振り向くと、フリントとマイカが駆け寄ってきているのが見える。二人とも、大きなカバンを背負っている。


 起き上がりルネを起こすと、二人がすぐそばに来ていた。


「クレっち早くね? 一番遠いのに」

「喫茶店に行く前から準備してたからな」


 ズボンに付いた草と土を払う。


「遠足前の子供みてえだな!」

「やめろその言い方、なんか恥ずかしくなるだろ」

「しゃーないっしょ。クレっち、ずっと夢見てたんだからさ」


 マイカがニシシと笑いながら、クレイの頭をぽんぽんと優しく叩く。パーティで一番背が高い年長者の彼女にされるがまま、クレイは照れくさそうに目をそらした。


「さ、お前ら心の準備はいいな?」


 問いかけながら、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。足が早く前に進みたいと、脳に訴えかけてくる。


 しかし、彼には心の準備は既に出来ていた。それこそ、何年も前から。


「当たり前だろ! ワクワクしてしゃあねえよ」

「冒険に出るのに心の準備が出来てない冒険者なんて、いないっしょ!」

「私もー!」

「お前ら……」


 皆一様に、その顔には笑みをたたえていた。クレイは、広場の中心に鎮座するポータルと呼ばれる人工物を見つめ、カバンを背負い直し、足を前に踏み出す。心臓の鼓動がなおも逸るが、彼もまた笑顔だった。


「よし、行くぞ!」

「おうよ! 俺等を全世界が待ってるぜ!」

「あーしらの冒険はこれからだ!」

「いえーい! 行ってきまーす!」


 それぞれ思い思いに旅立ちの言葉を口にし、四人はポータルへと吸い込まれていく。


 ポータルの上に乗ると、優しく淡い光が彼らを包んだ。次の瞬間、ポータルが囲む円形の地面が消え、股間のあたりが縮むような感覚に襲われ、浮遊感を得、体が地面より下へと吸い込まれるようにして下がっていく。


「お、おお……」

「ヒュンッてしたぜ」


 しばらくは、ただ土の中というような光景が続いた。草木の根や土の中に潜む虫なんかが、よく見える。土に湿り気が帯び、根が見えなくなり、徐々に徐々に深くへと潜っているのがわかる。クレイは口を開けっ放しにし、ぼうっとそれらを眺めていた。


 やがて視界が晴れ、眼前に青が広がる。見上げれば、宙に浮く巨大な土の塊があった。浮遊都市ミナスの底。はじめて見た故郷の地上から見た姿は、クレイにはどこかおかしく思えた。


 (いよいよだ……)


 ふと眼下を見下ろすと、地面が見える。浮遊都市ミナスの直下、ナーランプ軍事国の東に位置する水の都・ロタンの北門付近。ロタリオ街道だ。


「地上だ……!」

「俺、今感激してるぜ」

「あーしも……」

「すごーい! 大きな街が見える」


 街道のポータルからほど近くに、ロタンはある。空中からなら、巨大な門壁に包まれた都の風景がよく見えた。街の中心に大きな大きな噴水があり、そこから東西南北に水が流れ、川を形成している。その川を渡し船が行き交い、人々や物資を運んでいた。ミナスほど高層な建築物はないが、白い壁に紺碧の屋根が付けられた建物が規則正しく並んでいるその光景は、クレイにとって、ミナスのどの景色よりも綺麗に思えた。


 ゆっくり、ゆっくりと街の様子が見えなくなっていく。


 やがて、一瞬の浮遊感の後、足が地面を捉えた。膝がガクッと折れ曲がり、伸縮し、直立する。


 それは、彼らが地上に降り立ったことを示す合図にほかならない。


「うおおお! 地上だあああ!」

「ヒャッホー! おい早く街に行こうぜ!」

「まずはカジノっしょ!」

「ギルドが先だよー!」


 四人が思い思いの言葉を口にし、一斉に駆け出した。目の前にそびえ立つ水の都ロタンの北門めがけて、競争しているかのように走る。クレイの夢からすれば、ただの小さな一歩でしかない。


 しかし、彼にとっては大きな大きな一歩だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る