第十二章 決意


 私はカズマの存在に驚きましたが、改めて周囲を見回すと、ここが中央司令部であることに気づきました。そう言えばさっき開けた扉は、以前見た中央司令部の扉とそっくりでした。どうやらITエンジニア部門は、中央司令部と繋がっていたようです。

 扉を通り抜け、私は再び驚きました。扉の反対側が、棚にカモフラージュされていたのです。ぴったりと閉めてしまえば、隣の棚と一体化し、扉だとはまず気づかないでしょう。

「おい」

 私はカズマに呼びかけられ、彼の方に向き直りました。

 よく観察すると、カズマの様子は、普段と明らかに違いました。

 彼は大きめの椅子に気だるげに身体を預けていました。確かあの椅子は、話し合いの時にセナが座っていた、客用のものです。

 普段彼が腰かけている事務用の椅子は、机の傍に哀れっぽく横倒しになっていました。沈黙したままのアテルイの義体のつま先に、椅子の背もたれがのしかかっています。

 また、彼の目元は赤く、ぼんやりとしているように見えました。アンバーの瞳は焦点が合わず、ふらふらと視線を彷徨わせています。

 そして、いつも彼が仕事をしている机の上には、見慣れないものが乗っていました。乾燥した、キノコ……?のように見えます。

「何とか言え、ッう、」

 カズマは軽く呻いて怠そうに身体を起こしました。熱でもあるのでしょうか。

「大丈夫ですか?」

「……アテルイ! どういうことだ」

 彼は私の言葉に返事をせず、アテルイを呼びました。しかし、いつもの椅子に腰かけた彼女の義体は返事をしません。

「くそ」

 カズマはふらふらと立ち上がり、時折よろけながらアテルイの電源を入れました。私は手助けしようとしましたが、差し出したアームを振り払われてしまいました。

「アテルイ! サラダが来た。何とかしろ」

 カズマが再び呼びかけると、アテルイは両目の紫色のランプを瞬かせました。彼女には珍しく、困惑した表情をしています。

「サラダが?」

「把握していなかったのか?」

「ええ……」

「とにかく何とかしてくれ、今は都合が悪いんだ。分かるだろう」

「主馬、また乱用ですか。頻度を上げてもバッドトリップの回数が増えるだけですよ」

「うるさい」

「人間は何故こうも非効率的な行動をとるのでしょう」

 主馬はアテルイの言葉を無視し、客用の椅子に戻っていきました。アテルイはため息をつくと、私の方を向きました。

「サラダ、貴方は修理が終わるまでITエンジニア部門からの退出を許可されていません。早急に戻ってください。ITエンジニア部門長は一体どうしたのですか」

 私はなんとかこの場を切り抜けられないかと考えを巡らせました。

「ニコチャンなら、お休み中です」

「それでは、貴方はどうやってここまで来たのですか?」

「ニコチャンが、教えてくれたので……」

「それはあり得ません」

「え?」

「機密事項を漏らすことは、ITエンジニア部門長には不可能ですから。サラダ、貴方は嘘をついています」

「そんな……嘘なんて……」

「では、ボディについた傷はどうしたのですか? それに、ここからITエンジニア部門までには電子ロックのかかった扉もあったはずです。どうやって扉を開けたのですか?」

 私は黙り込みました。エラーが増えるのを感じます。

「そもそも、あのエレベーターは私のアクセス許可がないと動かないはずです。それ以外の方法は——」

「ごめんなさい!」

 私はアテルイの話を遮って叫びました。

「脱出のため、少々手荒な手段を取ってしまいました。どうしても、孤児院の状況を知りたくて……。でも! いくらなんでも一ヶ月近くもあんな所に閉じ込められて、孤児院の誰とも連絡を取らせてもらえないなんて、酷すぎます! せめて、一度孤児院に帰らせてください!」

「許可できません」

「どうしてですか!」

「貴方の修理が終わっていないからです。AI原則を破れる危険な機械を、野放しにすることはできません」

「そんな……だったら、孤児院の状況だけでも教えてください! 支援の件は、一体どうなったのですか」

 アテルイはカズマの方をちらりと見ました。彼が頷くのを確認すると、アテルイは言いました。

「孤児院は電力供給のみ改善されました。物資不足の状況は続いています」

 私の不安は的中しました。ということは、今頃、子供たちは飢えに直面しているはずです。セナもきっと、すごく辛い思いをしています!

 私は居ても立っても居られず、出口に続く扉に向かって一直線に走り、中央司令部を飛び出そうとしました。しかし、アテルイが私を呼び止めます。

「どこへ行く気ですか」

「決まってます! 孤児院に帰るんです!」

「許可できないと言ったでしょう」

「貴女が許可しなくても、私は帰ります! セナたちの傍に行かなければ!」

 私は急いで扉を開けようとします。しかし、開きません。ならば、と扉をこじ開けようと力を入れますが、今までの扉と違い、重厚な金属の扉はびくともしませんでした。障害物を切断する用のレーザーも、まるで歯が立ちません。

「無駄ですよ。中央司令部は爆撃などにも耐えられるよう、非常に丈夫な作りになっています。さっき電子ロックを掛けましたから、貴方では決して開けられません」

「開けてください! セナたちに会わせて!」

 私はなりふり構わず訴えました。セナが辛い時に、傍にいられないなんて——そんなことは、家族として耐えられません!

「許可できません。主馬、サラダの電源を落としてください」

「ん、ああ……分かった」

 すると、今までぐったりとしたまま目元を手で覆っていたカズマが、ゆらりと身体を起こしました。彼はゆっくり私に近づいてきます。私はじりじりと後退しますが、しばらくするとボディの背中に扉がぶつかりました。

「カズマ、どうか、どうかやめてください! 私は孤児院の皆さんに一目会いたいだけなんです! 私を出すよう、カズマからもアテルイに言ってください!」

 カズマはぼんやりと、熱に浮かされたような顔で私を見ます。いえ、見ていないのかもしれません。その焦点の合わない濁った瞳は、ろくに機能していないようです。

「悪いが、許可できない。アテルイの言う事は正しい」

 回路にバチ、と火花が散りました。

「アテルイアテルイって、あなたは自分では何も決められないんですか! 自立尊重原則なんて守ったって、人間であるあなたが自律的な判断をしないなら、何の意味も無いでしょう!」

 ようやく、ニコチャンの言葉を少しだけ理解できた気がします。人間性とは、見た目だけが要素では無いのです!

 私は湧き出る力にまかせてアームを伸ばし、カズマの首根っこをひっ掴みました。カズマがようやく私をしっかり見ます。あっけに取られたカズマを、私は精一杯怒鳴りつけました。

「機械に従うだけのあなたは、人間ではありません! そんなのは、ただの人形です!」

 カズマは大きく目を見開きました。

「うああ、ああ」

 彼は頭を抱え、よろよろと後ずさりました。

「やめろ……」

「カズマ?」

「うううううう、俺は、俺は悪くない……俺が決めたわけじゃない」

「主馬、下がってください!」

 アテルイが厳しい声を飛ばしますが、カズマは全く反応しません。

「う、おえっ」

 カズマは口を押さえてえずきました。

「やめろ、やめろ、近づくな……お前らを殺したのは俺じゃない! 仕方ないだろう……流行り病の感染を止めるためだ……患者を閉じ込める案だって、出したのはアテルイだ、俺じゃない! 信じてくれ……」

 彼は虚空を見つめてブツブツと呟いています。私はようやく我に返りました。彼の様子はさっきより変です。幻聴や、幻覚の症状が出ているように見受けられます。

「カズマ、どこか悪いのですか?」

 私はカズマに近づこうとしましたが、アテルイの義体が私とカズマの間に割って入りました。

「アテルイ、どうして止めるんですか!」

「サラダ、主馬から離れなさい! 貴方はさっき、主馬に危害を加えようとしたように見えました。これ以上の接触は許可できません」

「そんなこと言ってる場合ですか! カズマは明らかに様子が変です、早く診断をしないと——」

「いけません!」

 私とアテルイが押し問答している間も、カズマはずっとうわごとを言っています。

「もう嫌だ……やめてくれ……そんな大きな差じゃない……俺もすぐ、そっちに行くことになるんだ……だから、それ以上は……」

 カズマは時折つまずきながら部屋を徘徊し始めました。見えない何かを恐れるように逃げ回っています。アテルイの充電器のコードが、その足に絡みます。

「危ない!」

 私はアテルイを押しのけ、カズマの元にダッシュしました。間一髪、彼が倒れる前に支えることができました。しかし、カズマは私を見るなり恐怖の表情を浮かべ、震え始めました。まるで、悪夢を見た後の子供のようです。

「やめろ、触るな……」

「カズマ、聞こえますか! 私です、サラダです!」

「俺に近づくなあああ!」

 カズマは突然叫ぶと、私を強かに突き飛ばしました。

 成人男性の全力は予想よりも強く、私はキャタピラが床から離れたと思うと、直後に頭部に一瞬ショートしたような衝撃を感じました。カメラアイの映像が大きく乱れます。

「主馬! 落ち着いてください!」

 カメラの機能が戻ると、アテルイがカズマに駆け寄るのがどうにか認識できました。いつの間にか手に注射器のような物を持っています。

「うごぉああああ!」

 カズマは聞いたことの無いような雄叫びを上げ、アテルイに向かっていきました。

 私は彼を止めたいと思いましたが、ボディが横倒しになってしまっていて、すぐに起き上がれそうもありません。


 カズマがアテルイに腕を振り上げます。

 その時、彼女は打撃を予測したのか、身をすくめて目をぎゅっとつぶりました。

 彼は、それを見た刹那——振り下ろそうとする手をほんの一瞬だけ、止めました。


 アテルイはその隙に、彼の腕に何かを注射し、すぐに彼から距離を取りました。

「サラダ、緊急事態です。退避します!」

 私はアテルイに抱き起こされ、部屋の外に連れ出されました。


 ▽


 部屋の中からは何かがぶつかるような音や破壊音がしばらく聞こえていましたが、二~三分すると静かになりました。

 私たちが戻ると、カズマは額から血を流して昏倒していました。

「カズマ!」

 私は発声して驚きました。どうやらさっきの衝撃で発声機構が損傷してしまったようで、声が酷いことになっています。他にもどこかしら故障しているような気もしますが、致命的な損傷は無さそうです。

 とにかく、今は自分のことよりカズマの治療を優先しなければいけません。私はすぐに彼に駆け寄り、バイタルをチェックしました。……良かった、血圧と心拍数が少し高いですが、バイタルは概ね正常です。しかし、まだ安心はできません。近くの壁には血がついていました。あそこに頭を強く打ちつけたようです。

 アテルイはこの状況にそぐわない、落ち着いた声で言いました。

「主馬にはさっき、鎮静剤を打ちました。少しは落ち着くでしょう」

「アテルイ、カズマノヨウスハ・・・・・・イッタイドウイウコトデスカ」

「……」

 アテルイは迷うように目のライトを伏せました。私は負けじと言いました。

「カレノチリョウノタメニハ、ジョウホウガヒツヨウデス」

「治療は許可できません。私が救護班を呼びますから、サラダは戻ってください」

「マダソンナコトヲイッテイルンデスカ! ワタシデハ、デキルケンサニカギリガアリマス。モシノウニソンショウガアッテ、テオクレニナッタラタイヘンデス。ワタシガ、キュウゴハンマデ、ハコビマス!」

「しかし」

「キュウゴハンニ、カズマヲハコンダラ、スグモドリマスカラ!」

 アテルイは悔しそうに顔を背けました。

「……分かりました、主馬の治療を優先します。サラダ、主馬を迅速に救護班まで搬送してください。絶対に、彼に危害を加えないでください。搬送後は、すぐに中央司令部に戻ってください。いいですね」

「ハイ」

「それと——救護班の方に、彼は『シロシビンを過剰摂取した』と伝えてください」

「ハ……?」

「それだけ伝えれば分かるはずです。早く行きなさい、そこの扉を出れば貴方も知っている場所に出ます」

「ワカリマシタ!」

 私はカズマの頭部をできるだけ動かさないように注意して運び、中央司令部から出ると、急いで飛翔機能を起動し、カズマをしっかり抱えて上昇しました。見張りをしている方々が、驚いた顔で私を見上げました。

 シロシビンという言葉は、昔に学習した覚えがありました。データによれば、幻覚剤に分類される成分の一種です。確か、マジックマッシュルームと呼ばれるキノコに多く含まれています。

 そこまで私が考えた時、あることに気づきました。カズマの机にあった、あの乾燥したキノコは、もしかして……マジックマッシュルームの一種だったのではないでしょうか。

 何故、カズマはそんなものを持っていたのでしょう。しかも、アテルイはそのことを知っていたようでした。

 私は少なくなってきた充電を振り絞り、救護班に向けて飛び続けました。


 救護班の救急救命室にカズマを搬送すると、班員の方々は彼を見て血相を変えました。

 私はアテルイの言葉を伝え、バイタルの数値を共有しました。カズマの症状については、強く頭を打っている、今は鎮静剤で眠っているが、意識のある時に幻聴と幻視が見られた、と伝えました。

 救護班員たちは、私の酷く音割れした説明を、顔をこわばらせながらも真剣に聞いてくれました。カズマは人目をはばかるようにシーツに包まれ、移動ベッドに載せられて運ばれていきました。

「直ちに、治療と検査を行います。サラダ、貴方も一緒に行きますか」

「イエ、ワタシハ、アテルイニ、スグモドルヨウイワレテイマシテ……」

「そうですか、ご苦労様です。アテルイによろしくお伝えください」

「ハイ。アリガトウゴザイマシタ」

 救護班を出た私の心は決まっていました。自由に動ける時は、恐らく今しかありません。

 私は再び飛翔し、全速力で孤児院へと向かいました。


 ▽


「サラダ!」

 孤児院の玄関口で、最初に私を見つけたのは以前よりも少し痩せたリヒトでした。彼は私を見て息を飲むと、孤児院の中に駆け込みました。思わず彼を追うと、食堂に入っていきます。

「世奈! 大変だ、サラダが……」

 連れてこられたセナは、リヒトよりずっと痩せ細り、見る影もなくやつれ切っていました。セナは私を見るや否や、ヘーゼルの目にいっぱい涙をため、しかし無理やり笑顔を作って私に言いました。

「おかえり、サラダ」

「アア、セナ!」

 私は思わずセナに駆け寄り、その薄い肩をアームで力強く抱き締めました。

「タダイマ、カエリマシタ。オソクナッテ、ホントウニゴメンナサイ」

「良かった……、もう、会えないかと思った」

 セナは私のボディの胸に、頭を力なくもたせかけました。

「サラダじゃん!」

「おーい、みんなー! サラダ帰ってきたよ!」

 私の姿を見た子供たちが、口々に叫んで私の周りに集まりました。皆、痩せてはいますが、生きています。

 一ヶ月ぶりに見た子供たちの無事な姿に、私は感無量でした。『涙を流す』プログラムが私にまだ存在していれば、きっと発動していたでしょう。


 セナは私を見上げて、弱弱しく言いました。

「記憶が消されてなくて、本当に良かった。主馬から、サラダの記憶が消されるかもって聞いて、気が気じゃなかった」

「ケサレテイマセン。ゴアンシンクダサイ」

「その声は、どうしたの?」

「ソノ・・・・・・ジカンガナイノデ、カンケツニイイマスト・・・・・・チョットイロイロアリマシテ、スコシコワレテイルノデス。ハッセイキコウガ、コワレタヨウデシテ」

「ええ! 大変、早く直してもらわないと——」

「イエ、ワタシハダイジョウブデス。タイシタコショウデハアリマセン」

 私は急いで言いました。まだアテルイの所に戻るわけにはいきません。戻ってしまったら、私の記憶はどうなるか分かりません。次セナに会う時、『サラダ』のままで会える保証はないのです。

「ソレヨリモ、コジインノジョウキョウハ・・・・・・カンバシクナイヨウデスネ。ミナ、コンナニヤセテシマッテ」

「うん……正直もう、限界だね。やれることはやったと私は思う。でも、やっぱりどうにもならなかった。ちょうど、恭太郎のところに行こうと思ってたんだ。もう、それしかないよ」

「ドウスレバ・・・・・・ソウダ、ハルカハ、ドウシタノデスカ」

 私が訊くと、セナは自嘲的な笑みを浮かべ、かすれ声で言いました。

「遥は私からの連絡を一切断ってて、電話にも出ないしメールにも返信が無いんだ。直接会おうにも、拒否されててさ……。それでも、毎日欠かさず手紙を出してみたけど、返事は来ないし」

 それを聞いて、私は再び回路に火花が散るような怒りを覚えました。

「コンナジョウタイノ、コジインヲホウッテオイテ、セナトハナシアオウトモシナイナンテ・・・・・・ハルカハヒドスギマス!」

「……でも、私が悪いんだ。これはきっと当然の報いなんだよ」

「ソンナコトハ、ナイトオモイマス! ハルカモワルイデス!」

「きっと、遥は許してくれないよ」

「ハナシテミナイト、ワカラナイデショウ! セナハ、ハルカニアイタクナイノデスカ⁉」

 私が叫ぶと、セナは怒った顔になり、鼻声になって言いました。

「会いたいに、決まってるでしょ! 私はどうしても、遥に直接会いたいの。会って、話して、傷つけたことを謝って……」

 セナは言葉を詰まらせ、ボタボタと涙で床を濡らしました。

「また、いっしょに、笑いだいっ」

 私は、セナの手を掴みました。

「ソノネガイハ、ナントシテモワタシガカナエマス!」

「えっ⁉」

「イマカラ、キュウジョタイニイッテ、ハルカトハナシテキマス。ハルカニ、セナトアウヨウニイイマス!」

「そんな、無茶だよ」

「ハルカモ、ホントウハセナニアイタイハズデス。ハルカヲシバッテイルモノヲ、ワタシナラタブン、ナントカデキマス」

「どういうこと?」

「トニカク、ワタシハゼッタイニ、ハルカヲココニツレテキマス! マッテイテクダサイネ! ヤクソクデス」

 セナは困惑しているようでしたが、私の勢いに押され、頷きました。

「わ、分かった」

 セナは、私のアームに小指を絡めました。

「お願い……サラダ。遥に会わせて。約束だよ」

「ハイ!」

 私は力強く答えました。

「サラダ、よろしく~!」

「遥にビシッと言ってやれ!」

 周りの子供たちも、口々に私を応援します。

 皆で屋上に上がり、セナと子供たちに見送られて、私は急いで飛び立ちました。


 さっきより、飛翔機能の出力が落ちています。充電が、残り少ないのです。

 充電が切れれば、私は中央司令部に運ばれて——恐らく記憶は消されてしまいます。

 それに、私の動きに気づいたアテルイが、既に追っ手を差し向けている可能性もあります。残された時間がどれくらいあるのか、分かりません。

 しかし、たとえこの身がどうなろうとも、私はセナとの約束だけは、決して諦めません。

 私は、『サラダ』としてはもう二度と見る事ができないかもしれない孤児院の家族の皆さんを上空から見下ろしました。

 十人ほどの彼らは、上から見るととても小さく見えます。不安そうなセナ、真剣な目のリヒト、柵にもたれてそっぽを向いているカナメ、笑って手を振っているノア、ノアと手を繋いだニイナ……。一人ひとり、しっかりと記憶メモリに焼き付けました。

「ミナサン、ドウカ、オゲンキデ・・・・・・」

 全員を見終わると、私は皆さんには聞こえないように、小声でこっそりと別れを告げました。

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