第34話 件のドラゴン
「あれは……あの鞍からして、ディスバイン魔王国のドラゴンで間違いありません」
「やはりそうですか」
プレラ様の発言でドラゴンがディスバイン魔王国のドラゴンだと確定した。
ただ、ディスバイン魔王国のドラゴンだとわかったことはいいのだが、どうしたものか。
実際、僕とプレラ様は木の影から接近せず、ひとまず様子をうかがっていた。
「ここから、ドラゴンが誰のものかわかりませんか? わかればどうというわけではないのですが」
「さすがに、そこまでは……」
こればっかりは仕方ない。
木の影から観察する限りだと、遠目、ということもあるのだが、風や砂埃のせいで視界が悪いのだ。
しかし、どんな様子かくらいは、木の影から見てもわかる。賢いはずのドラゴンが、何かに抵抗するように暴れている。そんな風に見えた。
だが、抵抗しているように見える、だけで、抵抗する何かは見えない。
当然だろう。
ただ、僕には見える。あれは、何者かによって精神系魔法をくらっている。複数重ねがけされているようで、どんなタイプの魔法かまでは見当がつかないが、それでも、何かしかの魔法が使われているということは判断できる。
「プレラ様はここでおとなしくしていてください」
「ライト様はどうされるんですか?」
不安そうに僕の手を握りながら、プレラ様はその手を引いてきた。この様子を見れば、大体の察しはついているのだろう。
色々と気丈に振る舞っていたけれど、やっぱりこういう誰かのピンチを前にすると、プレラ様の甘いところが見えてしまうな。
この人は、誰かを犠牲にして話を進めようという意思が弱い。それは、プレラ様のいいところでもあるが。
「大丈夫ですよ。僕はプレラ様の頼みをまっとうするだけです」
僕はそう言ってから、プレラ様の手を優しく解いてドラゴンに向かって駆け出した!
「ライト様!」
プレラ様の悲鳴を背中に受けつつ、暴風の中を全速力で走る。
一瞬、迷いがあったのか、いつものようにとはいかなかったが、それでも、僕とドラゴンを囲む膜が張られた。
それは、普段と違い、幾重にもなり、分厚い城壁のように外界と僕らを隔絶した。
「さあ、どこの誰だか知らないドラゴン。これで僕とお前の二人きりだ。ここまでの厚さなら、並みの魔法じゃ外界へ漏れない。もっとも、プレラ様に負担がかかるから長居は無用だけどね」
「グアアアアア! ガアアアアア!」
僕が目の前まで出てきたというのに、ドラゴンは僕に目もくれず、その場にのたうち回ったり、急に飛び上がって翼を羽ばたかせたりと、とにかく落ち着きがなかった。
強化ならぬ狂化ってところなのか。
これなら、足跡を残したり、そこらへウロコを落としたままにしてたりしても不思議じゃない。
「これじゃお話にならないから、まずはおとなしくしてもらおうか」
僕は宙を舞うドラゴンに狙いを定めて、複数の精神系魔法を重ねがけした。
汚染、睡眠、催眠、混濁、混乱、不眠、覚醒、緊張、不安、恐怖、錯乱、酩酊、前後不覚、上下反転、バランス感覚喪失に、五感不調エトセトラエトセトラ。
対人間でないからこそできるデバフのオンパレードだ。同僚にだってここまでしていない。あれは軽く体調不良になっただけだ。
ただ、流石のドラゴンもデバフ祭りには耐えかねたようで、その場で受け身も取らずに落下した。
土煙が舞い、ドラゴンの姿を覆う。
「さってと、こっから僕のことを無視してくれたドラゴンの治療ってわけですね」
こればっかりは頼まれたことじゃないし、実際ここまでやれば依頼自体は次の段階に進むことだろう。
ただ、それじゃあ何も解決しない。
僕の思惑、そしてプレラ様の頼みとしては、この事件が他に漏れないようにすることなのだから。
だから、この悲惨なドラゴンの状態を僕ら以外に知らせるわけにはいかない。全てを解決したうえで、何もなかったと報告するのが今回の趣旨なのだ。
「ガルラみたくおとなしくしててくれよー」
僕は気軽な感じで、ドラゴンに対して、油断たっぷり歩き始めた。
結構盛大な音がしていたし、打ちどころが悪ければ気絶しているんじゃないだろうか。そうでなくともデバフが多く、ダメージも入っているはず。
そう思った瞬間、反射的に僕は右へステップした。その数瞬後僕の頭部があった場所をドラゴンの爪が抉った。
今回ばかりは対策をしていなかっただけに、髪が数本宙を舞う。
精神系魔法の重ねがけでここまで正確に動けるのか。予備動作があからさまじゃなかったら、普通に死んでたぞ。
「ニンゲン、ニンゲン、ニンゲン」
カタコトながら僕を人だと認識しているらしいドラゴンが、土煙の中から姿を現した。
どうやら、すでに起き上がっていたらしく、僕の接近を予見して待機していたらしい。
近づき始めたタイミングではまだ起き上がっていなかったはずなのに、なんて回復力だ。まったく、やることなすこと裏目に出ている。どうして弱体化させたはずなのにさっきより動けているのやら。狂化を若干弱めてしまったのがいけなかったのかなあ。
「ニンゲン、ニンゲン、ニンゲン」
「はいはい。人間ですよ」
しかし、いくら回復していても、今回もガルラ同様、焦点は合っていなかった。ドラゴンの様子からは、とても僕が見えているようには見えない。
いわゆる野生のカンってヤツか。戦士じゃない僕からしたらこのまま放置なんて末恐ろしい。
動きを封じてゆっくりと、と考えたが、これ以上のデバフは情報源を断ちかねない。プレラ様の膜もあるし、あまり時間をかけるのは得策ではないだろう。
一対一というのは、実のところ得意分野なのだ。
「仕方ない。治すんだからちょっとぐらいは我慢してくれよ」
僕は頬を叩いて自分の意識を変えてから、右手を突き出した。その右手から膜全体を包むほどの光を放つ。
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