第31話 姫様からの信頼が厚い……

「お帰りなさいませライト様」


「あ、えっと……ただいま、戻りました」


 帰ってくるなり、留守を守ってくれていたプレラ様に出迎えられて、反射的にたじろいでしまった。


 いや、だって仕方ないだろう。


 僕はこれまで、長いこと家に人がいる状況なんてなかったんだ。村が滅んで以降は、僕が帰る場所に誰もいなかったし、おかえりと言われたのだってそれ以来なかった。


 こうして誰かが家にいるってことに驚いても無理はないはずだ。それも、相手がプレラ様ならなおさらだ。


 そんな僕の心中を察したわけではないようで、プレラ様は僕の態度に不思議そうに首をかしげているだけだった。


「どうかされました? 調査があまり順調ではなかったですか?」


「いえ、そういうわけではないんです。なんでもないですから」


「そうですか?」


「はい。プレラ様にご心配していただくようなことではありませんので」


「ライト様、なんだか固いですよ。わたくしが置いていただいている立場なのですから、もっと砕けた調子で構いませんのに」


「そうはいきません。ええ、そうはいきませんとも」


 こほんと咳払いしてから、ここまでの態度をごまかしつつ僕は小屋の中に入った。


 今回はオオカミの時以上かもしれないため、もしかしたら危険が伴うかもしれず、大事をとってノルンちゃんは家に帰してある。


 僕とプレラ様の二人きりということを再度認識してから、僕は持ち帰ってきた依頼書を取り出した。


「依頼は問題なく受けられました」


「それはよかったです! これで晴れて冒険者ですね」


「ようやくスタートラインに立ったばかりですがね。それで、この手配書のターゲット、どうにも魔王軍のドラゴンと特徴が似ている気がするんですけど、プレラ様はどう思いますか?」


「見せてもらえますか?」


「どうぞ」


 二枚組の依頼書をプレラ様に手渡した。すると、しげしげと興味深げにプレラ様はその内容を熟読し始める。


 すぐに一枚目の内容を読み終えたが、プレラ様の目の動きは二枚目の途中で止まった。


「これは……」


「一枚目の内容はノルンちゃんが話してくれた内容と同じものなんですけど、二枚目の方、続きがあったみたいで」


「ええ。そうですね。ライト様がおっしゃる通り、魔王軍のドラゴンと特徴は一致します。おそらくは、ここからほど近い場所にある、魔王国ディスバインの幹部に与えられているドラゴンのはずです」


「そこまでわかるんですか」


「はい。この国はわたくしたちの国と和平を結んでいますので。それに、一度ドラゴンを見せていただいたこともありますから、ほぼ確実と言ってよいと思われます」


「なるほど。その情報もプレラ様の言葉なら信頼できますすね」


「もっとも、内容が本当であれば、の話ですけどね」


「たしかに……」


 情報収集から依頼が始まっているとなると、眉唾物の依頼なのだろう。加えて、危険度もかなり高いはずだ。


 現実問題として、すでに村一番の力自慢という人物が全治半年の大怪我を負っているという話だった。


 ともすれば、魔王軍幹部、もしくはそれに匹敵する存在が実際に暴れていると認識してよさそうだ。


「でも、和平を結んでいるんですよね? だとしたら、条約というんですか? それを破って攻めてきているということなのでしょうか」


「そうとは考えにくいですね」


「なぜです?」


「魔王国ディスバインは、確かに魔王率いる魔族の国ではありますが、好戦的な種族で形成された国ではなかったはずです。だからこそ、我々人間の国との和平という提案に乗った過去がありますから」


「となると、今回の件は、メルデリア王国とディスバイン魔王国の二国間に結ばれた和平を壊したい人物の犯行、ということになるんですかね」


「可能性はあると思います。他の魔王国としては、人間と和平を結んだという事実は受け入れがたいでしょうし、人間の国だって同じはずです。どこにも色々な考えがありますから」


 一気に確信に近づいた気もしたが、なんだか余計答えから遠のいた気もする。そもそも、ドラゴンが絡んでいるというだけでも難題だ。


 個人的には報酬の額も多く、どうにかできればいいな、という甘い考えで動いているだけに、これ以上進んでいいものか悩みどころだな。


「ライト様らしいですね」


「はい?」


 突然、プレラ様から尊敬するような眼差しを向けられ、今度は僕が首をかしげる番だった。


「ご謙遜なさらないでください。言わずともわかります。ここまでの情報が出て動かないライト様ではありませんよね」


「えっと」


「情報が広まる前に調査して、うわさが広まる前に手を打とうという話でしょう? ほとんど国を追われた身でありながら、そこまで民を考えられるその器の広さは、やはり、失うには惜しい存在だったと確信させられます」


「そういうわけじゃ……」


「またまた、そんなごまかしには引っかかりませんよ」


 笑うプレラ様の言っていることは、完全に僕とは別人の発想だ。


 第一、国を追われたことも少しラッキーと思ってたくらいだし、そこまでの愛国心は僕にはない。


「ですが、形としてわたくしから頼ませてください」


「何をですか?」


「もちろん、この件を、です。ライト様、どうかこの依頼をお受けできませんでしょうか? 今のわたくしに力はなく、報酬を上乗せすることは叶いませんが、どうか、お願いします」


 そう言いながら、プレラ様は僕に依頼書を差し出してきた。


 プレラ様の聡明そうな表情が困ったように歪み、事の重大さを物語っている。


 実のところ、難度の高さから逃げようとか考えたけれど、このまま引っ込んでいるのは僕の仕事じゃないだろう。


「プレラ様がいてくれる以上のことはないですよ。当然、やらせていただきます」


「ライト様! やはり、この国の英雄の名をほしいままにしただけはあります。ふふっ。本当、来た甲斐がありました」


「そんな名前もらったことないですけどね」


 受けてしまったものは仕方ない。


 嬉しそうなプレラ様はさておき、依頼の内容を考えると気になる点が一点ある。


 ドラゴンは幹部に与えられているようだが、そのドラゴンが主と一緒にいないってのは気になる。

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