第25話 姫様の本題

「それで、どのように対処されるのですか? ライト様以外の精神系魔法使いがいるという、衝撃の事実がわかったところで、ライト様の行動はどう変わるのでしょう」


「わたしも知りたい!」


 少し難しい話をしていたせいか、つまらなそうに一人遊んでいたノルンちゃんも話に入ってきた。


 先ほどまでの様子が嘘のように、キラキラと目を輝かせて僕のことを期待の眼差しで見つめてきている。


 プレラ様もご興味をもってくださったようで、先に続く僕の言葉を待っているようだった。


 こんな状況では言い出しづらい。とても言いにくい。


「あの、ワクワクしてくださっているところ悪いんですけど、今すぐできることってのはないんですよ」


「そんな! もっと、誰彼構わず魔法を試して、あなたですね! みたいなことはできないのですか?」


「僕がそれをしたら死人が一人二人じゃ済みませんよ。相手が魔物なら似たようなことをしましたが、人相手ならダメです。いくら僕でも、魔法局員でなくなったとはいえ、そこまでの暴挙に出るつもりはありません。まあ、本人を見つければその限りではないですが」


「素晴らしいです!」


 僕の何かが琴線に触れたらしく、プレラ様は椅子から立ち上がると、ニコニコ笑顔を惜しげもなく僕に向けてきた。


「やはり、わたくしの見込んだライト様ですね。素晴らしいです。力は正しく使わなくてはなりませんからね」


「はい。ありがとうございます」


 喜んでもらえたようだが、きっとがっかりはしていることだろう。


 見た目じゃわかりにくいプレラ様と違い、必殺技がないことが知れたノルンちゃんは、あからさまにがっくりと肩を落としていた。


 ここまで小さい子には難しい話が多かったからな。せっかく案内してくれていたのに……。


「そうです。僕の話ばかりしてもつまらないでしょう」


「そんなことありません。むしろ、ライト様の話だけを聞きたいです」


「なんでですか。目の前に大きな話題の種があるのにそこから目をそらすわけにはいかないでしょう」


「話題の種? とはなんのことです?」


「プレラ様のことですよ」


 とぼけるプレラ様に僕は言った。


「プレラ様はどうして国まで追われたんです? 僕と違って、まるで罪でも犯したかのように言っておられましたが」


「それこそつまらない話ですよ」


 簡単にそういなされた。


「じゃあさ、お姉さんはなんでここに来たの?」


 このままではつまらない話題が続くと気づいたのか、ノルンちゃんがプレラ様に対して質問をぶつけた。


「お姫様で偉い人なんでしょ? だとしたら、こんなところまで来る理由がなさそうだけど」


「こんなところとは言ってはいけませんよ。とても素晴らしい場所じゃないですか。自然が多く、人もいい。なかなかありませんよ、ここのような場所は」


「えへへ。そうかな?」


 ノルンちゃんは嬉しそうにはにかんだ。


「それで、プレラ様はどうしてここまで来たんです?」


「気になりますかライト様。気になってくださいますか」


 ずずいと身を乗り出すプレラ様に、僕は、

「え、ええ」

 と身を引きつつうなずいた。


「そうですかそうですか。では、話さないわけには参りませんね。実のところ他の本題があるのですよ」


「他の本題。それは、呪い以外にってことですか」


「はい。呪い以外のことです。ただ、少し似たものですけどね」


「似たもの、ですか」


 はて、そんなものあっただろうか。


 これまでの症状からして、後遺症が残るようなものはなかったはずだ。そうでなければ、精神系魔法に関するもの以外で、僕がプレラ様にできることはなかったと思う。


 一応、研究という話はあるにせよ、それだって仕事だったからだし……。


 ただ、似たものとなると精神系魔法とかその類なのだろう。だが、思い当たるものはない。


 そこでプレラ様の顔を見ると、なぜかほんのり頬を染めていた。


「え、まさか風邪ですか?」


「違います。いえ、違いません」


「違わないんですか。あの、それだとお医者さんに行ってくださいとしか言えないのですが……」


「うふふ。なるほど。なるほどねー」


 ノルンちゃんはプレラ様の話が見えたらしく、今度は楽しそうに笑っていた。


 話の筋が読めない僕からすると、何がなるほどなのか皆目見当がつかない。むしろ弟子であるノルンちゃんに、師匠権限で教えてもらいたいくらいだ。


「ノルンちゃん」


「お姉ちゃんわからないの? 髪を切ろうとしてたのに、お姉ちゃんは鈍いね」


「髪とプレラ様のどこに関係があるの?」


「ライト様、髪を切ろうとしていたんですか?」


「その話はいいんですよ。それで、どうしたんです?」


「はい。その、これは、別の病で。いわゆる、恋の病なのですが」


「……」


「呆れないでください本気なんです。今だから言えるんです。実を言えばもっと前から言いたかったのですが」


「恋愛相談にはもっと適切な人材がいたでしょう」


「違うんです。相談ではなく。その……」


 普段はっきりものを言うプレラ様らしくもなく、僕の顔色をうかがうように言い淀んでいる。


 そんな様子をひゃー! とか、きゃー! とか言いながら、ノルンちゃんはなんだかやけに楽しそうに見ていた。


 何が起きているのかわかっているなら、早く答えを教えて欲しいのだが。


「あの。その、す」


「す?」


「す、すすす、住まわせていただけませんか?」


「住む?」


「はい。いえ、あの。はい。好き、じゃなくって、とも言えないですけど、とにかく、お、追われて住む家がないので、よければここで同棲させていただけないでしょうか。と言いたいのです」


「言いたいのですって……」


 プレラ様が住む。この小屋に? 一緒に?


 ……。


「何言ってるんですか。村の宿屋の方が安全ですよ」


「あ、安全とか安心とかはここの方がむしろありますよ。ええ。ありますとも。だって昔からの知り合いですからね」


「まあ、そうかもしれませんが、あの、僕ですよ? わかってます?」


「わかってます。だからいいんです!」


 覚悟しているという表情だった。


 言い切ったという感じだった。


 だからいいと言うのはよくわからないが、どうやら嘘とか媚びとかではないらしい。


「ええっと、たしかにないですもんね。住む場所。暮らす場所。なるほどなるほど。


 かつての上司に頼られるのは嬉しいし、それだけじゃなく、プレラ様のお力になれるのは本望だ。


 本当に、つくづく僕も甘いよな。これも姫様に似たのかな。


「いいですよ」


「本当ですか?」


「はい。借りた恩は返すまでです」


「いいい、いいんですか? 実は違いますとかなしですよ?」


「いいんです。ただ、その代わり、と言ってはなんですが、どうして追われたのか明かしてもらえませんか」


 わあああああああ。と叫ぶノルンちゃん。床を転がる幼女を置いておき僕はプレラ様の事情を聞いた。


「あ。はい。TS薬を盗んだら追い出されました」

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