どうか俺たちに名声をください!

大木功矢

プロローグ

「こんにちは」

「あ、こんにちは。あのーーすみません、ここってどこですか?」

「ここは転機てんきの間ですね」


 真っ暗闇の空間。俺――佐々木鳴ささきめいは目の前にいる爽やかな表情をした美少年にそんな事を唐突に告げられた。これはどういう状況なのだろうか。突然の事すぎて俺は自分の置かれている状況が理解できなかった。

 

 顔が幼く背も小さいことから自分より年下だと考えて間違いないだろう。顔の彫が深く目鼻立ちがはっきりとしている、こういう男性が世間一般的にイケメンと呼ばれている。


 でも、そのプラスがマイナスになるほど服装が致命的にダサい……。赤のニット帽、ひよこ柄の白のセーター、黄土色の短パン、そして青色の長靴。何というか全体に統一感がない。


 オシャレに疎い自分でも彼の服装はダサいと分かる。そんなことより、今はどうしてこうなったのか考える方が先だ。俺は先ほどまでの記憶を振り返ることにした。



 ……今日は人生で最初にぶち当たる壁である高校受験。


 今日まで努力してきたので自信に満ち溢れている俺だったが、緊張していたのか昨夜は一睡もできなかった。

 俺が受験する学校は全国でも超が付くほどの有名な進学校である。その高校に何としてでも合格するため、俺は大嫌いな勉強と必死に向き合った。


 俺は特別頭が良いわけではなかった。むしろ、大馬鹿。一度、全国学力テストで最下位を取ったことがあるほど俺は非常に頭が悪いのである。


 そのせいで、周囲から物凄く馬鹿にされる日々を送ることになった。今回、自分が難関高校を目指す理由は――今まで馬鹿にしてきた連中を見返してやるためだ。


 絶対に合格してやると、意気込んで俺は受験会場である秋津あきつ学園に出発した。


 無事に到着し、俺は自分の受験番号が指定された座席へと着席する。そして人生最初の運命の分かれ道である高校受験が開始した。今まで勉強してきた成果を発揮する時、俺は鉛筆が止まることなく次々と解答用紙を埋めていく。


 今まで理解できなかった問題がスラスラと解ける。問題の答えが分かるってこんなに気持ちの良いことなのか……。

 

 数学の試験終了まで残り20分前。俺は解答用紙を全て埋めきり、解答の確認作業も終えた。明日は国語英語と苦手な科目がある。今日の数学、理科、社会で出来るだけ周りと差をつけておきたいところだ。


 頭の中で英単語や漢字の熟語などの記憶を呼び起こそうとするのだが……やばい眠すぎる。よく眠れなかったせいで、悪魔と化した睡魔が襲いかかってくる。くそ、やっぱり三大欲求に抗うことはできない。


 それに今日も夜遅くまで勉強するだろうから、明日の試験が終わるまで十分な睡眠は取れない。試験監督が徘徊している中、あまり印象は良くないが試験が終わる時間まで仮眠しよう。


 俺は机に突っ伏して寝た……そして目が覚めたらこの場所にいたのだ。普通なら慌ててもおかしくない場面なのに、自分でも不思議なほど冷静で落ち着いていた。俺は目の前でお菓子を食べる美少年に尋ねた。


「……転機の間?、ってどういう場所なんです?」

「えっと……確か”愚かな行動を取ってしまった人間を異世界に転移する機会を与える場所”と父上が言っていたような気がします。あなたの愚かな行動は……試験中、名前を書き忘れているのに気付かず眠ってしまったこと。さらに、そのあと終了チャイムが鳴っているのに目を覚ますことなく残りの教科も受けれていないことですね」

「……え?」


 衝撃の事実を聞かされ、俺は阿呆らしい声が無意識に出て開いた口が塞がらなくなっていた。名前の書き忘れ、残りの教科も受けれていない……。


 少年の言うことが本当であれば、俺は今日の3教科を合計0点で終えたのである。そ、そんな馬鹿なあああああああああああああああああ!!

 

「ちょ、ちょっと待てください!その話は本当なんですか!?」

「本当です。では、現在のあなたの様子を見せてあげます」


 そう言って、美少年は何もない空間に指で四角を描いた。すると、どういう現象なのか光の粒子が集まり小型のモニターが生成され、学校の保健室の様子の映像が映し出された。

 

「このベッドで寝ているのがあなたです。保護者が必死に頬を叩いて起こそうとしているんですけど、目を覚ます気配はないみたいですね。まあ、それはあなたの意識がこの転機の間に来ているからなんですけど……」


 俺を驚かせるための嘘かと思ったが、映像に映し出されている姿は紛れもない自分であった。両手を合わせて椅子に座り心配そうに見守る母親に対し、父親は酷く怒った様子で何か叫びながら俺の頬を容赦なく叩いていた。


 あまりこの光景を見たくなかったな。もし意識が戻されたら、俺はこの痛みを味わうことになるのか……。


 「では、本題に入りましょう。人生で最初に当たる大きな壁を乗り越えられず、そしてあなたを馬鹿にしてきた連中を見返すことができなかった。これから先、あなたは後悔ない人生を過ごすことができますか?」

 「はい」 

 「そうですよね、無理ですよね。だから、僕に良い提案が……って、それは本当ですかい!?」


 少年は非常に驚いた様子で顔を近づけてきた。鼻先が当たりそうなほど顔との距離は近く、視界いっぱいに整った顔立ちが広がっている。なんで、そんなに驚く必要があるのだろうか。あと語尾もおかしくなっている。

 

 たった長い人生の中で一回大きな失敗をしただけ。この失敗で人生が終わるわけではない。あと馬鹿にしてきた連中を見返す方法なんて受験以外にもある。


 それに俺はまだ15歳と若い。こんな早く異世界に転生しても、俺は十分と言っていいほど人生を堪能していない。もちろん、後悔がない人生を送りたい気持ちもあるが、後悔するしないなんて自分にしか分からないことだ。


 「ひとまず、現実世界に戻してくれませんかね?明日の受験も控えているので……」

 「え、えっと……数分待ってください……もしもし父上、最有力候補である人間がそっちの世界には行きたくないみたいなのですが……」


 固定電話や携帯といった類のものはないのに、少年は慌てた様子で手のひらを自分の耳に当て俺から少しずつ距離を取っていき父上と呼ぶ人物と会話し始めた。


 この空間は自分の思い通りになるのだろうか。まあ、そんなこと知ったところで意味はないか。あと数分待てば、自分の意識が現実に戻るのだから。

 

 少年の用事が終わるまでの間、俺は現実世界に戻ったら何をしようか考えることにした。とりあえず、もう3教科合計で0点なことは確定している。後日、残りの2教科で満点を取れたとしても、合格できるかは厳しいだろうな。ほぼ無理だと言っても過言ではない。だが、可能性が残っているのなら明日も会場で試験を受けることにしよう。


 もし第一志望の高校に落ちてしまったら、仕方がないが滑り止めとして合格していた別の高校に進学するとしよう。くそ、あのとき睡魔に負けていなければ……まだ今よりも合格できる可能性が残されてたというのに……。


 自分自身に怒りを覚えている時だった……。

 

 「お待たせしました。では、早速ご要望通りあなたを現実に戻すことにしますね」


 子供だから生意気なのかと思えば、意外と聞き分けが良くて助かった。ようやく、これで現実世界に戻ることができる。


 「そこから動かないでくださいね」

 「は、はい……」

 

 そう言うと、少年は地面に俺を囲うように人差し指で円を描いた。お、見たことがある。これは魔法陣というやつじゃないか。

 

 「魔法を使って帰還するってことですか?」

 「はい、そうですね」


 その問いに対して、少年は元気よく返事をする。え、魔法を使うことができるの?俺と同じ人間ではない。もしかして、この子は神なのか……?


 「それでは、あちらの世界でも充実した人生を送ってくださいね……って、マチガエテシマッタ。コノマホウジンハ、イセカイニテンセイスルモノダッタンダーーー!」

 「え、どういうことです?」


 少年は明らかな棒読みでそう言った。こいつ、わざと間違えたのか……。けど、この魔法陣の枠から抜け出せば異世界に転生できないはずだ。


 しかし、その考えが思い浮かぶ時にはもう手遅れだった。魔法陣は七色の光を放ち、真っ暗闇の空間を虹色に照らす。俺は虹色の光の壁に覆われてしまい、何とか魔法陣から抜け出そうと光の壁に突進するが、壁に触れると何倍もの衝撃で壁の内側に弾き飛ばされてしまう。

  

 「本当にごめんなさい。駄目な父親を持ってしまったせいで僕が家族を養わないといけないんです!ですから、どうか今回の件は水に流してください!」

 「お前ふざけるなよーーーー!」

 

 その叫びと共に俺の身体は七色の光に飲み込まれていった。

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