弟の記憶

「おじさん、本当に死んじゃったの?」

 ボクは信じられなくて、何が起きているのかもよく分からなかった。

 スィルシオおじさんは椅子に座ったまま、ぐったりとしている。服が赤く染まっていて、たくさんの血が出ていた。

 ……怖い。


 小さなころ、ボクはおじさんのことが大好きだった。ボクの一番古いきおくも、おじさんとの思い出だ。

 あの日はみんなで街はずれの花畑を見に行った。東の川を少し上流へ行った先だ。

 丘にいろんな花がいっぱい咲いてて、とってもキレイだった。

 そこでボクたちは昼食を食べ、その後でおじさんが絵本を読み聞かせてくれた。何かゲームをしたようなきおくもあるけれど、よく覚えていない。

 とにかくとても楽しい一日だった。ボクはそれからおじさんのことが大好きになったんだ。

 ボクも勉強はしていたけれど、なかなか覚えられなくて、文字の読み方もまちがえてばかりだった。それを他の子がからかってきた時、おじさんが間に入って助けてくれたんだ。

「ノエトはまだ小さいんだから、からかうのはよしなさい」

 他の子たちはいやそうな顔をしたけれど、ボクはほっとした。そしておじさんのことをますます好きになった。

 おいしいケーキを食べさせてくれたこともあるし、おじさんはボクをいっぱい可愛がってくれた。頭をなでてくれたし、ハグもしてくれた。外を歩く時には手をつないで一緒に歩いたし、いっぱいいっぱいほめてくれた。

 おじさんはいい人だ。


 でも、ボクらが大人になってからは、ちょっときらいだった。

 あのころみたいに子どもたちを招待してくれなくなったし、街で会うこともなくなった。

 仕事がいそがしいらしいけど、ボクはあのころみたいにまたみんなで遊びたかった。


 この街の半分くらいはおじさんの工場で、市場は中央から少しずれた西側にある。うちの畑は街の南と東にも少し広がっていて、市場へ行くだけでも大変だ。

 そこを少し行った先におじさんの屋敷があるけれど、市場を通らなければならないから、大人になってからはなんとなくさけるようになった。見つかったら仕事を手伝わされるからだ。運よく見つからなくても、屋敷におじさんがいることはなかったし、仕事がいそがしいと言われるだけだった。

 ボクの知り合いがいない、できればいごこちのいい場所を探して、毎日あてもなく歩いた。

 朝食のあとでこっそり家をぬけ出して、のんびりと歩いていく。早い時間なら市場を通っても知り合いがいないから大丈夫だ。時間が少しでもおそくなると、兄さんや知り合いに見つかってしまう。

 だからボクが主に向かうのは街の北側だった。おじさんの工場で働く人たちが暮らしているアパートがいくつも建っている。はずれまで行くとそのまま森に入れるのだけれど、小さいころから森に入ったらダメだと言われていた。特にボクは迷子になりやすいから、って。

 そういうわけで北に行ってもつまらないから、結局、午後になる前には東側に来てしまう。

 畑からボクの姿が見えないよう、川辺りから街の中心へつづく道を歩いていく。時間が合えば、おじさんの執事タルヴォンが犬の散歩をしているところに出会う。

「こんにちは、ノエト様」

 と、ルーヴォはいつも優しくあいさつをしてくれるから、ボクもにっこり笑って返す。

「こんにちは、ルーヴォ。ルキャロスもね」

 大きくてもふもふの毛をした白い犬を見下ろして、ボクはしゃがみこむ。ルキャロスはひとなつこくて、ボクが頭や背中をなでてやると、しっぽを振ってよろこぶんだ。

「ふふっ、今日も可愛いね」

 いつもルーヴォは穏やかな顔で、何も言わずに見ているだけだった。

 川辺りといえば、橋をわたった向こうの道でよくメロセリスが絵を描いていた。

 ボクは落ち着きがなくて静かにするのが苦手だから、おとなしい彼女とは話が合わない。いつも遠くからその様子をながめていた。

 たまにタルヴォンが彼女のいる方の道を散歩していて、メロセリスと話していることもあった。二人は昔から仲がよかったようなきおくがあるから、別に何とも思わなかった。

 東から北へ行く道の裏通りを、ちょっと探検したこともある。だけど、暗い顔の人たちがいたからすぐに戻った。食べ物やお金をめぐんでくれと頼まれても、ボクは仕事をしていないしおこづかいももらっていない。何もあげられるものがなかった。


 気づけば、ボクと遊んでくれるのはニャンシャだけになっていた。いつもカフェでお茶を飲むだけだったけど、彼女のことは大好きだから、一緒にいられるだけでまんぞくだった。

 ニャンシャは小さなころから可愛くて、美人で、男の人はみんな彼女のことが大好きだった。でも、ボクが一番彼女のことを知っている。

 彼女は世界で一番、自分が可愛いと思っている。ボクもそう思う。

 彼女はぶたいかんげきがしゅみで、本を読むのが好き。ボクはどちらも分からない。

 彼女はもも色のドレスが好きで、靴はしろいのが好き。髪かざりはいつもだいだい色の大きなリボンをつけていて、彼女のあわい金髪がキレイに見える。とてもよくにあっているからボクは好き。

 彼女は頭がよくて想像力もある。本の登場人物にかんじょういにゅうして泣いちゃうような、やさしい心の持ち主だ。

 彼女は気が強くて負けずぎらい。勝てるまでやろうとするから、ボクはいつもすごいなと思ってる。

 彼女は気になる男性がいるとせっきょく的に接近する。でも、男性の方が彼女を好きになると、彼女はあきる。それでいつもボクのところへ戻ってくるんだ。

 だから彼女が誰をくどき落としても、ボクは安心して彼女が戻ってくるのを待っている。彼女もきっと分かっているんだ、世界で一番に自分を愛しているのは、ボクだってこと。


 そういえば、大人になってから彼女のお兄さんであるリオと仲良くなった。

 やることがなくて街を歩いていたら、北のはずれの方にある小屋の前に彼がいたんだ。困ってるみたいだったから声をかけた。

「何か困りごと?」

 ボクを見た彼は「君はグリムハーストの……」と、少しびっくりしたような顔だった。

「ノエトだよ」

「ああ、うちのニャンシャと仲がよかったな」

「うん」

「そうだ、よければ手伝ってくれないか?」

 彼が手でしめしたのは、小屋の前にずらっとならんだ木箱だ。全部ふたがしてあって中は見えない。大きくもなく小さくもないけれど、いっぱいある。

「何をすればいいの?」

 たずねたボクへ、リオは小屋の裏へ回ってみせた。

「あそこにある荷車に木箱を積んでほしい。全部だ」

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