第25話 宴に参加していない者たち

 俊野が振り返ってみると、そこにはやはり何もない大地を見ながら、のらりくらりと歩いてくる水雲の姿があった。

「お前、なんでこんなところにいるんだよ。即位式に参加するって言っていたじゃないか」

 静和がいるのもすっかり忘れて、俊野は普段通りの口調で水雲に言ってしまう。そのすぐ後で、背後からやけに感じる怨念のせいで、続けて言おうとした言葉をそのまま飲み込んだ。

「ふん。即位式は既に終わった。今は、新国主の即位祝う宴が開かれている。ところで、一つ聞きたいんだが、地海国の新国主は何か病気でもあるのか? それとも、幼少期に頭をえらくぶつけてしまった、とか。確か、先の国主が逝去してからまだ三日しか経っていないから、まだ喪は明けていないはずだろう? さっき通ってきたあたりにもまだ白綾が掲げられているくらいなんだから。それなのに、新国主は自らの即位を祝う宴を開くなんて、病気がある以外に、その理由を考えられないんだが」

 水雲は、文字通り首をあきれたように横に振りながら言うと、俊野の背後にいた静和も激しく同意した。

「そうなの! でもね、兄上は頭をぶつけた事は無いの。でも、病気は持ってる。常人以上に、宴を開きたがったり、女遊びをしたりね。この調子じゃ、父上が必死に充足させた国庫がいつ尽きるのかもわからないし、兄上の子が一体誰から生まれるのかもわかりやしない」

「ほう? そう聞くと新国主は国主不適病をお持ちなのですね。前国主とは似てもにつかない」

「そうでしょう! まさか、伝声師殿もそのように思ってたなんて、私たち気が合うかもね。ふふ。でもまあ、兄上は本当にその病気を持ってるとしか言いようがないわ。とはいえ、父親も確かに国に混乱を招くような決定をしてしまったことがあると言うのは否めない。だって、一夜にして国中に奴婢が溢れたんだから。そんなの、今まで奴婢じゃなかった人からしたら、受け入れがたいことだと思う。でも、父上曰く、すべての民を奴婢にして、彼らに与える給金を下げれば、その分が国庫に充てられる、ということだったらしいの。で、国庫が十分にたまったら、またすべての民の身分を元に戻す、と。でも、それはそれで、民に混乱を招かせてしまったけど、父上は、それ以外の決断に関しては、どれも明らかに国のためだし、民のことを第一に思っての決断だった。その点、兄とはまるで似ていないと思う。本当に、父親から生まれてきたとは思えない。まさか、兄上の母親が良くないのかしら、あの人も何の寵愛もないのに、無駄に威張り散らかしてるだけだったし。いや、でもそれは関係ないのかな。姉上は、慎ましやかな優しい人だったし。いや、待てよ。もしかして、あの人が兄上を溺愛しすぎていたのが兄上の病気を作り上げたのかも……ねぇ、伝声師殿はどう思う?」

 静和が一人でべらべらと喋っているのを水雲は聞いていなかったのだろう、彼女から思いっきり逸していた目をしながら、悩ましいふりをしている。それを見ながら、俊野は声を立てない程度に笑っていた。

 水雲が答えあぐねている時、救いの神が迷いたかのように、官婢が走り寄ってくる。

「殿下! このようなところで何をしているのです? 宴に参加されていないから、国主が探しておられましたよ。しかも、もし公主が来なかったらその場にいる奴婢の首を斬る、とまで言って」

「ふん。そんなのもう重病じゃない。本当に、義姉上あねうえがかわいそう。あんな豚みたいなやつと一緒に居続けないといけない、なんて。まぁ、いいわ。そこまで言うのなら言ってあげましょう。では、伝声師殿。失礼いたしますね。俊野も。また会いましょう」

 どさくさに紛れて、誰もが反応できない間に静和は俊野に抱きついた。その瞬間、俊野は思いっきり顔をしかめるが、静和はそれに気づいていないかのように、ただ満面の笑みを浮かべたまま官婢と共に宮殿へと戻っていった。

「なあ、水雲。あの一族、全員が病気を持ってるとは思わないか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る