エピソード 3ー6
曇り空の下。
私達はリーヴス地方でセオドール生徒会長の率いる学生部隊を探していた。
学生部隊に付かず離れずの距離を保っていたのだけど、例によってストーリーの強制力が働いたかのように見失ってしまったのだ。
「あっちから戦闘音が聞こえますわ!」
三方に散って索敵をしているとリズから報告があった。
すぐに合流して三人で戦闘音のする方に向かう。そこで目にしたのは、魔物の集団に襲われ、撤退を開始する学生の部隊だった。
だが、セオドール生徒会長と騎士達はその場に踏みとどまった。
「味方が総崩れに? 一体、なにがどうなって……っ」
リズが取り乱す。
ゲームの回想シーンに詳細があった訳じゃないけれど、おそらくは同じ状況だ。撤退している学生達は追撃で大きな被害を出し、殿を務めるセオドール生徒会長達は全滅する。
「リズとセレネは撤退する生徒の援護をお願い。私はセオドール生徒会長を助けるわ」
「わ、分かりました!」
「リディア、気を付けてね!」
二人がいれば、きっと学生達はなんとかなるだろう。そう信じて自分はセオドール生徒会長の下へと駈ける。その途中、セオドール生徒会長達が全滅の危機に陥った。
ロイドさんのときは間に合わなかった。
けれど、あれを切っ掛けに私は魔術の射程距離を伸ばした。
「グロウシャフト。敵を――穿て」
初級魔術の連続発動。
五本の光の矢が同時に魔将らしき敵に着弾した。
響き渡る轟音。
その隙に距離を詰め、爆煙に紛れて魔族のシルエットに斬りかかる。
キィンと金属音が響き渡る。
爆煙が晴れると、剣で私の一撃を防ぐ魔将の姿があった。
「――なっ!?」
動揺して動きを止める。私に向かって魔将が横薙ぎの一撃を放った。
とっさに剣で防ぐけれど、剣風がシールドを削った。
「貴女が、どうしてここに……っ!?」
青み掛かった銀髪に、深く吸い込まれそうな赤い瞳。いまの私とも何処か共通点のある容姿の彼女は、前世の私がキャラメイクした漂流者と同じ姿だった。
どうしてルナリアがここに? まさか、最初から彼女が鏡像のアルモルフだった? それとも、漂流者だった彼女が魔将に敗れたの?
考え込んでいるあいだに魔将が迫ってくる。
繰り出される一撃を、とっさに剣で受け止める。
重い。華奢なその姿からは想像できないほどの一撃だ。
まるで、かつての私、英雄ルナリアを相手にしているようだ。
そうして考えているあいだにも、次々に攻撃が繰り出される。
私はそれをさばき、ときに受け止めて応戦する。
横薙ぎに剣を振るう。その一撃は受け止められるけれど、同時にグロウシャフトを放った。至近距離からの五連撃。魔将はそれを煩わしげに剣で切り払う。
――そこに、剣を手放した私が距離を詰めた。スカートの下、太もものベルトに挟んでいた短剣を引き抜いて突きを放つ。
その一撃が魔将の胸を貫いた。
「無駄だ!」
――否、一撃は彼にダメージを与えるに至らない。すぐに飛び下がり、短剣を太もものベルトにしまって、手を空に掲げる。そこにさきほど手放した剣が収まった。
「……ふむ、貴様もなかなかやるな」
魔将が片眉を上げる。
それに答えず「セオドール生徒会長、無事ですか?」と背後に呼びかける。
「……ああ、満身創痍だが全員生きている。それより、なぜここにいる?」
「お叱りは後でいくらでも」
「いや、そうじゃない。あれは魔将なんだ。俺達の勝てる相手じゃない。隙を作るからおまえは逃げろ」
「……こんな状況でも周りの心配をするんですね」
そんな彼だから、仲間や妹を逃がして犠牲になったのだろう。『紅雨の幻域』でも、彼が隊長じゃなければもっと大きな被害が出ていただろう。
でも、私はそんな悲劇を否定する。
そうして魔将との戦闘を再開する。魔将の攻撃は早いけれど、どこかちぐはぐさが感じられる。もしかしたら、コピーした相手の能力に慣れていないのかもしれない。
「リディア、あいつにはこちらの攻撃が一切通じないんだ!」
「それは魔将が私達と同じようにアルケイン・アミュレットを装備しているからです。だから、シールドを破ればダメージを与えられます」
「なっ!? どうしてそんなことを知っている?」
「私が誰の子孫か忘れたんですか?」
魔将を倒した英雄の子孫だから知っていると誤魔化す。
「勝つ見込みがあることは分かった。だが――」
「あーもうっ! ごちゃごちゃうるさいわね! いいから撤退して仲間を護りなさい! 魔物がほかの生徒を追っている。このままじゃ多くの犠牲が出るわよ!」
魔将と戦闘しながら怒鳴りつければ、背後で息を呑む声が聞こえて来た。
「……分かった」
色々と飲み込んだ声。
それから、騎士のもとへ駆け寄るのが気配で伝わってくる。
そうしているあいだにも、魔将の攻撃がどんどん苛烈になってくる。
「まさか、手加減しているの?」
「いいや、おまえを試しているだけだ」
「それを手加減って言うのよ。――紅雨一閃っ!」
横薙ぎの一撃。不可視の刃が魔将を襲うが、彼女はそれを剣で切り裂いた。そうして返す刀で反撃を繰り出してくる。私を二つに割こうと迫る刃。
――幻影絶針(げんえいぜつしん)!
残像を残して側面に回避。手元に引き戻した剣を全力で突き出した。
魔将はそれを剣で受け止めた。だけど――絶影絶針は連続技だ。一撃目が防がれた後、続けて二発目、三発目と複数の突きが魔将の身体を捉える。
そう思った瞬間、目前に横薙ぎの一撃が迫っていた。とっさに引き戻した剣で受け止めるけれど、私はその一撃を受け止めきれずに吹き飛ばされた。
地面の上を転がって、それでもとっさに手をついて体制を整える。そうして足をついた瞬間、迫り来る魔将が剣を振り下ろすところだった。
防御は間に合わない。
そう思った瞬間、側面から飛び出した影が魔将の一撃を受け止めた。
「――セオドール生徒会長!?」
「騎士には自力で撤退してもらった」
「……そう、ですか」
ここで死ぬ運命である彼には出来れば撤退して欲しい。けれど、彼がいなければ私はいまの一撃で死んでいた。だから――
「セオドール生徒会長、手伝ってください」
「……それはこっちのセリフだ」
言うが早いか、セオドール生徒会長は魔将に斬りかかる。
その一瞬の隙、私は側面から戦技を放った。
「こざかしい! その程度の連携が通用するものか!」
セオドール生徒会長の一撃を身体を捻って回避。その回転に合わせて剣を振るい、私の戦技を迎え撃った。だけど、そこに大きな隙が生まれる。
――グロウシャフト。
戦技の後に続けて放ったその連撃が魔将に突き刺さる。巻き起こる爆煙。
それに動きを隠し、再び戦技を放つ。
「紅蓮閃舞!」
剣姫が舞うように繰り出す連続攻撃。その連撃の途中に背後に回り込んだセオドール生徒会長が新たな戦技を放つ。その一撃は無防備な魔将の背中にヒットした。
そうして生まれた隙に、残りの攻撃を叩き込む。
けれど――
「効かぬと言っているだろう!」
魔将が空に剣をかざした。直後、地面にふっと影が落ちる。
これは、まさか――
「下がってください!」
考えるより早く口にして、自らも飛び退る。直後、魔将が呪文を口にして――私はなすすべもなく吹き飛ばされた。
テンペスト・レクイエム。
自分を中心に嵐を起こし、周囲の敵を吹き飛ばす上級魔術だ。
吹き飛ばされた私は地面の上を転がって、途中で剣を地面に突き立てて受け身を取った。
「セオドール生徒会長、無事ですか!?」
「……くっ」
見れば、彼は地面に倒れ伏していた。既にシールドが残っていなかった彼は、いまの一撃をまともに食らって脳震盪かなにかを起こしたようだ。
起き上がろうとするも、上手く立ち上がれないでいる。
「先輩は回復を!」
叫びつつ、魔将を引き付けるべく攻撃を仕掛ける。
ただし、時間稼ぎを前提にして、隙の多い大技は繰り出さない。それでも自分のシールドはじわじわと削られていく。対して、魔将のシールドはほとんど削れない。
このままではまずい。
魔将が想定よりも強い――というか、相性が悪い。
ゲームで最初に戦うとき、魔将はセオドール生徒会長の能力をコピーしていた。つまりは剣技が主体で、それならば剣技を極めた私が上回ると思っていた。
だけど、いまの魔将は魔術も使っている。シールドと剣技でこちらの攻撃を捌き、出来た隙に魔術を放つというコンボが強すぎる。
――って、待ってよ。
私がキャラメイクした漂流者は剣姫だった。戦技の種類が違うけれど、基本はセオドール生徒会長と同じ戦い方になるはずだ。
なのに、いまの魔将はどうして魔術を使っているの?
たしかに、鏡像のアルモルフはコピーした能力のほかに、自分の固有能力を使うことが出来る。けれどコピーは完全じゃないし、元々使える能力は魔術じゃない。
いまの魔将が魔術を使うのは不自然だ。
――もしかして、漂流者のルナリアじゃなくて、英雄ルナリアをコピーした?
だとすれば、彼女が魔術を使う理由は説明できる。
ただ、どうやって英雄ルナリアの能力をコピーしたかは分からない。
……うぅん、理由はなんだっていい。
重要なのは、いまの魔将が魔術も使う強敵だと言うことだ。
どうしたらいい? どうしたら魔術を使う魔将を倒すことが出来る? とっさに思いつかない。それでも考えながら戦闘を続ける。
そうして何度目かの魔将が放った攻撃、それは明らかな大ぶりで隙が見えた。
「――そこっ!」
大ぶりの一撃をギリギリで回避して、その隙だらけの顔面に向かって剣を振るう。その一撃が魔将の顔に届き、キィンとシールドにぶつかることがなる。
直後、
「――捕まえた」
魔将が剣を素手で掴んだ。
「しまっ」
武器を奪われまいと強く引っ張る。それが失敗だった。
私が引くのに合わせて、それ以上の力で剣先を引かれる。私はたたらを踏んで前のめりになり、そこに放たれた魔将の横薙ぎの蹴りを胴に食らって吹き飛ばされた。
その一撃でシールドが消し飛んだ。さらにいまの一撃の衝撃で息が詰まる。
そこに迫り来る魔将。私は再び命の危機にさらされる。
そして――
「リディアはやらせないから!」
セレネの声とともに魔将が爆炎に包まれた。
「……セレ、ネ? どうしてここに!?」
咳き込みそうになるのに堪えながら問い掛ける。
けれどセレネは答えず、再び魔将にポーションの入った瓶を投げつける。それが魔将の足下に落ちると、瓶が割れて爆炎が上がった。
そして続けざまに二つ、三つとポーションを投げつける。だが、魔将はそのポーションを無視して距離を詰め、セレネに斬りかかった。
私やリズと違ってセレネに近接の心得はない。
――危ない!
そう叫ぶ直前、セレネと魔将が爆炎に包まれた。セレネが自分を巻き込むことも厭わずにポーションを足下に叩きつけたのだ。
そうして再び距離を取る。
「あっちはみんな無事よ。だから、リディア。貴女は生徒会長を連れて逃げなさい! ここは私が引き受けるから!」
「――なっ!? 馬鹿言わないで、貴女を置いていける訳ないでしょ!」
セレネは私の大切な幼なじみだ。しかも私の仇を討つために命を落とす運命を背負っている。そんな彼女を置いて逃げるなんて出来るはずがない。
「セオドール生徒会長、無事ですか?」
「……たぶん、大丈夫……だ」
セオドール生徒会長の下に駆けよって容態を確認する。彼は立ち上がろうとしているけれど、三半規管をやられたのかふらついている。
戦闘に参加するのはしばらく無理だろう。
続けて剣を探すけれど見当たらない。どうやら、魔将が遠くへと捨ててしまったようだ。ならばとセオドール生徒会長の剣を借りて立ち上がる。
「セレネ、私が前衛を務めるわ」
「なにを言ってるの? 貴女、シールドが切れているでしょ!」
「それでも、やるしかないんだよ!」
「……分かった。前衛は任せるね」
こうして、セレネと私のコンビで再び魔将と挑むことになる。
私が前衛で魔将の攻撃を捌き、後方のセレネがポーションや魔術で魔将を攻撃する。二人でこのような強敵と戦うのは初めてだけど、一緒の戦闘はもう何千回とおこなっている。
付け焼き刃だなんて言わせない。
私とセレネは確実に魔将のシールドを削っていく。
だけど決定打が与えられない。
しかも魔将は狡猾だ。
シールドを失った私が守りに入れば、魔将はセレネを狙おうとする。魔将の巧みな攻撃で私は負傷し、セレネのシールドも削られていく。
「なかなか楽しませてくれる! だが、そろそろ幕切れだ!」
魔将が楽しげに叫ぶ。
あちらの方はまだまだ余裕があるようだ。
「リディア、このままだとジリ貧よ」
「……そうだね」
想定が甘かった。
悲劇を回避するためには私が介入するしかない。そのことに固執するあまり、魔将の力を侮ってしまった。このままだと、私達は皆殺しにされるだろう。
どうすればいいのか、破滅の足音を聞きながら必死に考える。
「リディア、少し時間を稼いで」
セレネが不意にそんなことを言った。
「なにか策があるの?」
「うん、禁呪を使う」
何気なく言われた言葉に息を呑んだ。それは『紅雨の幻域』のセレネが私の仇を討つために身に着け、魔将と相打ちになった技だ。
本来なら、私が死んでから身に着ける技だったはずだ。
なのに、また歴史が変わっている。
「セレネ、禁呪だけはダメよ!」
「じゃあほかに方法はあるっていうの!?」
正論をぶつけられて唇を噛む。なにか、この状況を切り開くための方法はと必死に考えた私の脳裏に、アンビヴァレント・ステイシスを解除するという方法がよぎった。
アンビヴァレント・ステイシスを解放すれば、私は本来の力を取り戻すことが出来る。そうすれば、魔将と渡り合うことも出来るだろう。
だけど、そうしたらお姉ちゃんが死ぬ。
それに、お姉ちゃんが魔力を暴走させれば、屋敷にいる人達が死ぬ。そしていまの屋敷には、アレンやソフィア、フローラがいる。
そこまで考えて初めて気が付いた。
私がアンビヴァレント・ステイシスを解除したら屋敷のみんなが死に、解除しなければここにいるみんなが死ぬ。私の選択に多くの命が懸かっている。
原作のストーリー以上の悲劇が待っている。
私が足掻いたことで、より大きな悲劇が始まろうとしている。
どうしてこんなことになったんだろう?
私が間違っていた? そんな風に思いたくない。
でも、どうしたらいい?
魔将と切り結びながら必死に考える。
「――しまっ」
焦燥感に駆られて対応を誤った。魔将の一撃を捌き損ねて剣を弾かれる。とっさに短剣を引き抜いて追撃を防ぐけれど、まともに受けて吹き飛ばされた。
地面の上を転がって、とっさに地面に手をついて体制を整える。
「リディア、お父様とお母様に、あたしは最後まで勇敢だったって伝えてね」
覚悟を秘めたセレネの声が聞こえる。
ダメだ。ここでセレネを犠牲にするのは違う。でも私がアンビヴァレント・ステイシスを解除しても多くの人が死ぬ。それも間違っている。
私はどちらかなんて選ばない!
そんな悲劇は認めない。
「セレネ、私を信じて!」
方法なんて思いつかない。私は現実から逃げているだけなのかもしれない。
でも、嫌なんだ。
私のせいで誰かが死ぬのは嫌。それを認めるのはもっと嫌。
だから、死に物狂いで最後まで足掻く。
そうして近くに落ちた剣を握りしめたそのとき声が響いた。
「リディア姉様、アンビヴァレント・ステイシスを解除して!」
アレンの声だ。どうしてここにアレンが? うぅん、それより、アンビヴァレント・ステイシスを解除しろってどういうこと!?
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