エピソード 1ー8

 治癒魔術師が負傷した人々の治療に当たっている。そのあいだ、騎士達には周囲の警戒を命じ、私は光源の魔術を使って周囲を照らす。

 ほどなく、ウィルフッドが報告にやってきた。


「リディアお嬢様、乗合馬車に乗っていた者達の治療が終わりました。それで、事情を知った者達が、リディアお嬢様にお礼を言いたいと申しております」


 恐らくそれだけではないだろう。

 私はそれをたしかめるための言葉を口にする。


「……保護した者達の中に護衛はいたかしら?」

「いいえ」

「だと思った」


 護衛だけ逃げたという可能性もあるけれど、恐らく最初から雇っていなかったのだろう。

 魔物に襲撃される危険があるとはいえ、決して高い確率ではない。平民である彼らには、その低い可能性に保険を掛ける余裕はない。

 そこに来て、馬車も馬も失っている。

 私が救わなければ、彼らの未来は悲惨なものになるだろう。


「いいわ。野営地で話を聞きましょう」


 私の反応を予想していたのだろう。彼は「かしこまりました」とすぐに応じた。そうして野営地に戻ると、乗合馬車に乗っていた者達がやってくる。


「私がリディア・ウィスタリアよ。なにか、話があるそうね?」


 まずはこちらから名乗る。

 幼い少女が現れたことに一部の人が驚くけれど、残りの者達はあまり驚かない。私が指揮を執っていたところを見ていたのだろう。

 彼らはおのおのの反応を見せながらも膝を突いた。


「立ちなさい」

「は、いえ、しかし……」

「疲れているのでしょう? 見れば子供もいるようだし、このような冷たい地面の上に座る必要はないわ。だから、楽な姿勢で話しなさい」


 自分も子供なことを棚に上げて命じる。

 それでも彼らは戸惑っていたけれど、騎士団長であるウィルフッドが「リディアお嬢様のご厚意だ、楽にするがいい」というと大人しく従った。


 私の方が偉いんだけど、やっぱり見た目は大事よね。

 そんなことを思いながら用件を促す。


 用件は予想通りだった。

 最初に感謝の気持ちを伝えられ、近くの町まで送って欲しいとお願いされる。


 既に彼らを救うと決めているので考える必要はない。なにより、目の前に遺言を伝えるべき相手がいることを知っている。

 だから、私は一芝居を打つことにした。


「そうね……私達はエピック村へ向かっているところなの」

「え、エピック村ですか?」


 想定通り、フローラが反応を示した。

 だけど私は何食わぬ顔で聞き返す。


「あら、エピック村を知っているの?」

「はい。私達はその村から来たんです」

「そう。……もしかして、この中にフローラとソフィアはいるかしら?」

「わ、私と娘の名前です」


 それを聞いた私は驚いた振りをして、それからゆっくりと目を伏せた。


「貴女たち親子に話があるわ。ほかの者達もどこかの町までは送ってあげるけれど、それを決めるのは彼女達と話したあとにするわ」


 そう言ってほかの者は下がらせる。

 そうしてフローラと向き合った。二人は既にある種の予感を抱いているのだろう。互いの手をぎゅっと握り、不安げな視線を私へと向けている。


「リディアお嬢様、よろしければ私が話しましょうか?」

「いいえ、これは私の役目よ」


 ウィルフッドの申し出を断って、フローラへと視線を戻す。

 兵士の死を家族に伝える。それは二つまえの転生以来、久しくしていなかったことだ。その行為が辛くないといえば嘘になるけれど、私は見た目通りの子供じゃない。

 なにより、ロイドから遺言を受け取ったのは私だ。

 だから――


「ロイドは先の襲撃で命を落としたわ。その最期を看取ったのは私よ。妻と娘に愛している。そしてすまないと伝えて欲しい、と。それが彼の遺言だったわ」


 遺言を聞き、フローラが顔を歪ませる。


「……お父さん、死んじゃったの?」


 ソフィアがぽつりと呟いた。

 直後フローラが嗚咽を漏らし、それに呼応するようにソフィアも泣きじゃくった。フローラがソフィアを抱きしめ、二人は身を寄せ合って涙を流す。

 そんな二人の姿をまえに私は唇を噛んだ。

 声を掛けることも出来ずに見守っていると、ほどなくしてフローラが顔を上げる。


「夫は……勇敢でしたか?」

「ええ。彼は立派に兵士の役目をまっとうしたわ」

「そう、ですか……ホントに、馬鹿がつくほど真面目なんだから」


 フローラは寂しげに微笑んだ。口では真面目だと言ったけれど、本心では兵士の仕事なんて投げ出してでも生き残って欲しかったのだろう。


「ロイドおじさんはボクのせいで死んじゃったんだ!」


 不意に響いたのはアレンの声だ。

 驚いて視線を向ければ、馬車の物陰から飛び出したアレンの姿があった。


「彼を下がらせなさい」


 騎士の一人に命じるけれど、それより早くソフィアが飛び出してしまった。


「貴方のせいって、どういうこと……?」


 ソフィアが詰め寄ると、アレンは「それは……」と言葉を詰まらせた。これはよくない流れだ。私が事情を説明する方がいいと一歩を踏み出す。

 だけど、決意を秘めた顔をしたアレンが先にまくし立てた。


「ロイドさんは、魔物の群れからボクを逃がしてくれたんだ。だけど、そこに魔物が追いかけてきて、それで――っ」


 アレンは最後まで口にすることが出来なかった。ソフィアが、アレンの頬を手の平で叩いたから。

 ソフィアの金色の瞳から大粒の涙が飛び散った。


「返して! お父さんを返して!」

「……ごめん」


 その言葉にソフィアは顔を歪ませた。

 それから踵を返して走り去る。


「――ソフィア!」


 フローラが後を追おうとするが、私はその手を掴んだ。


「ソフィアは私が追いかけます」

「でも……」

「大丈夫、私に任せてください」


 微笑みかければ、フローラさんは娘を頼みますと頷いた。

 それを聞き届け、ソフィアの後を追いかける。

 すぐに後ろ姿を見つけた私は、そのまま彼女の後を追いかけた。それから彼女が坂道に腰を下ろすのを見届け、彼女の心が落ち着くのを待って隣に腰を下ろした。


「となり、座るわね」


 声を掛けるけれど、ソフィアは抱えた膝に顔を埋めたまま答えない。もう少し気持ちを整理する時間が必要かと思い、彼女から口を開くのを待ち続けた。

 ほどなく、ソフィアは膝を抱えたままぽつりと呟いた。


「お父さん、必ず帰ってくるって約束したの」

「娘との約束を破るなんて悪い父親ね」

「――そんなことないもん!」


 金色の髪を振り乱して顔を上げ、まっすぐに私を睨み付ける。


「そうね、貴女の言う通りよ。ロイドはきっと、貴女との約束を守りたかったはずよ。でも、どうしても守れなくて、だからすまないと、そう言ったのだと思うわ」


 微笑むと、ソフィアは顔をくしゃりと歪ませて悲しみに耐えようとする。だけどこらえきれなくて、金色の瞳から涙をあふれさせた。

 私はそんな彼女の頭を抱き寄せる。

 ソフィアの嗚咽の声が草原を包む闇に消えていく。


 それからどれくらいそうしていただろう。ソフィアがようやく泣き止んだので、ハンカチで彼女の目元を拭ってあげる。

 ソフィアは少しばつが悪そうな顔をした。


「その……服を汚しちゃって、ごめんなさい」

「気にしなくていいわ」

「それに、あの男の子を叩いちゃった」

「そうね。叩いたのはよくなかったわね。でも、あれはアレンが悪いわ」


 私の言葉が意外だったのだろう。ソフィアは大きく瞬いた。


「誤解がないように言っておくわね。ロイドの死について、彼に責任はない。でも、だからこそ、あの場であんなことを言うべきじゃなかった」


 結果的に、ソフィアやフローラを苦しめる行為だった。彼があそこですべてをぶちまけたのは、罪悪感に苛まれる自分が楽になりたかっただけだ。

 とはいえ、子供のアレンをそんなふうに責めるのは酷な話だ。

 あの子だって、今回のことに責任を感じているのだから。


「それに、あの子は逃げずにロイドを護ろうとしたのよ」

「お父さんを、護ろうと?」

「ええ。だから私は、ロイドの遺言を聞くことが出来たの。そして――」


 アルケイン・アミュレットをソフィアに差し出す。


「……これは?」

「アルケイン・アミュレット。ロイドから貴女に渡すように頼まれたの」

「……そう、なんだ」


 ソフィアはそれを握りしめ、それから泣き笑いのような顔をした。


「本当は分かってるの。兵士の仕事はみんなを守ることだって、お父さん、俺の仕事は命がけでみんなを護ることだって、いつも言ってたから……」

「そっか、いいお父さんだったのね」


 ソフィアはまた涙を流し、だけど「世界一優しいお父さんだよ」と笑顔を浮かべた。

 私は再びハンカチでソフィアの目元を拭う。

 そのとき、彼女の頬に一筋の赤い線が走っていることに気付いた。


「怪我してるわね。治癒魔術で治しきれてなかったのかしら」

「あ、これは、さっき走ったときに木の枝で擦ったんだと思う」

「あぁそっか。なら、私が治してあげる」


 手の平を頬に添えて魔方陣を展開して「サルヴ・ドロップレット」と唱える。初級の治癒魔術が発動し、ソフィアの頬の傷がゆっくりと治っていく。


「あ、ありがとう。ええっと……リディアお姉ちゃん?」

「貴女も私をお姉ちゃんと呼ぶのね」


 漂流者――つまりプレイヤーとして接していたときは、何処か仲良しグループに混ざった部外者という感覚があったのでちょっと新鮮だ。


「……ダメだった?」

「ダメじゃないわ。好きに呼びなさい」

「ありがとう、リディアお姉ちゃん!」


 微笑む姿が端的に言って天使だった。可愛すぎて思わずぎゅ~っと抱きしめる。ソフィアは「うわわっ」と驚きの声を上げた。


「お姉ちゃん、苦しいよ」

「おっと、ごめんね」

「いいけど……」


 解放すると、ソフィアは少しだけ物足りなそうな顔をした。やっぱり可愛すぎる! と、ループしそうだったから、私はぎりぎりのところで自重した。


「それで、なにを言いかけたの?」

「あ、そうだった。リディアお姉ちゃんは治癒魔術師なの?」

「あ~。そういう訳じゃないんだけど、魔姫を目指していたから少しなら使えるよ」

「魔姫?」

「ええっとね。優れた魔術師に与えられる異名、かな」


 『紅雨の幻域』においては、一定の条件を満たせば習得できる称号だった。そして称号は獲得すれば、ステータスにボーナスを得ることが出来る。

 そして獲得した称号は十五歳になったら受けられる鑑定の儀で確認することが出来る。


「じゃあ、お姉ちゃんはすごい魔術師なの?」

「うぅん。それなり、かな?」


 十五歳でおこなわれる最初の鑑定の儀で魔姫の称号に手を掛けた者はいない。

 アンビヴァレント・ステイシスにアストラル領域を占有されるまでは、史上初の十五歳で魔姫の称号に手を掛けることを有望視される天才少女と目されていた。

 それを聞いたソフィアは「すごい!」と驚いてくれた。


「あのね、私、治癒魔術師になりたいって思ったの!」


 話の流れからそうかなとは思っていた。でも、いまのソフィアが治癒魔術師を目指すのは唐突だ。これもストーリーの強制力だろうかと、少しだけ怖くなる。


「どうして、治癒魔術師になりたいの?」

「あのね。さっき、リディア様が助けてくれたでしょ? でも、リディア様が通りかからなかったら、私やお母さんは死んでたかもしれないでしょ?」

「……そう、かもね」


 フローラの傷はわりと酷かった。

 私達が駆けつけなければ、回想シーンと同じ運命をたどっていた可能性は高い。


 ソフィアがなぜ治癒魔術師になったのか、ゲームでは語られていなかった。

 でも、いまの話を聞いて理解した。

 原作のソフィアは腕の中で母親が死んでいくのを目の当たりにしていた。そのとき彼女は思ったのだ。自分が治癒魔術師だったなら、お母さんを死なせずに済んだのに、と。

 だから、聖女と呼ばれるほど偉大な治癒魔術師になった。

 ソフィアがその道を目指すなら、手伝いをしてあげないとね。


「よかったら、私が魔術を教えてあげようか?」

「――ほんと!?」

「ええ。正式に魔術を学べるように支援してあげる」

「わぁ! ありがとう、リディアお姉ちゃん!」


 ソフィアは満面の笑みを浮かべた。

 でも、次の瞬間には愁いを帯びた表情を浮かべる。


「でも、私に才能があるかな……?」

「才能がなければ諦めるの?」

「そんなことはないけど……」

「大丈夫、貴女には才能があるわ。だから、努力をすれば報われるはずよ」

「ホント?」

「ええ、本当よ。だから――がんばりましょう」


 もう誰も悲しませない。私も、ソフィアも、ほかのみんなも犠牲にはしない。そのために、貴女を世界で最高の聖女に育ててあげる。

 そんな意志を込めてソフィアの背中を押した。


「……うん、私、がんばる!」


 無邪気なソフィアが愛らしいと、私は彼女の頭をそっと撫でた。


「よし。じゃあみんなのところに戻ろう。アレンともちゃんと仲直りするんだよ?」

「うっ。わ、わかったよぅ……」


 言いよどむソフィアを横目に、私は立ち上がって空を見上げる。

 満天の星々が静に私達を見下ろしていた。

 

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