第4章【2】

 アルト・ブリステンは警戒心を隠そうともせず、冷ややかな瞳でロザナンドを見据える。何者か見極めようとするような視線だ。

「きみは?」

 ロザナンドの問いに、アルトは怪訝に眉をひそめる。

「名乗るのはきみ。何か嗅ぎ回っているよね」

「僕はロズ。情報屋だ。僕はただ仕事をしているだけさ」

「情報屋に情報提供するのは慎重にならなくちゃいけないのに。どこに漏れるかわからないんだから」

「その分、有益な情報があるかもしれないよ。何かご入用は?」

 不敵に微笑んで見せるロザナンドに、アルトは呆れたように目を細めながらも、先ほどまで男が座っていた椅子に腰を下ろす。

「魔族の情報は持ってるの?」

「いくら出す?」

 あくまで笑みを崩さないロザナンドに、ふん、とアルトは鼻を鳴らした。

「言い値で買うよ」

「いいだろう。どんな情報をお求めかな」

「魔王軍の戦力はどれほどのものなの?」

 アルトが名乗らなかった判断は賢明だ。魔王軍の情報を欲することで、情報屋であるロザナンドは、アルト・ブリステンが魔王軍の情報を必要とする者であると気付くことになる。そうすれば、アルト・ブリステンのことを調査しただろう。そうなれば、アルト・ブリステンが勇者パーティの一員だと知られることになる。情報屋の特性上、それを誰に漏らすかわからないのだ。情報屋とのやり取りは慎重にならなければならない。

「王宮の戦力と同等か、それ以上と思っておいたほうがいい。魔族は、人間が思っている以上に能力が高い。だから勇者が選ばれているんだろう?」

 アルトは口を真一文字に口を閉ざしたまま、首を振ることもしない。ロザナンドの次の言葉を待っていた。

「魔族の国でも、人間が勇者選抜をしていることはとっくに知られている。準備はしているはずだ。中途半端な戦力でかかれば、勇者パーティが戻って来ない、なんてことになり兼ねないよ」

 なるほど、と呟いて、アルトは小さく息をつく。

「魔王軍の幹部ロザナンドの情報は?」

「それは追加料金だな」

「言い値で買うって言ったでしょ」

 勇者がどうなるかはロザナンドにはわからないが、アルトは慎重に戦いに挑むつもりらしい。そのために情報収集するのは賢明な判断だ。

「詳細は僕も知らない。ただ、魔族百人分の戦力と考えておいたほうがいいらしいね。人間軍の戦力がどれほどのものかはわからないが、生半可な作戦では確実に負けるだろうね」

 勇者パーティがあまりに呆気なく撃破されたのでは、ロザナンドとしてもつまらない。勇者パーティには確かな戦術で挑んで来てもらわなければ、張り合いがないというものだ。

「何か特殊能力は?」

「さあ。その情報を売るには、まだきみへの信用が足りないかな。情報を下手なところに流すかもしれない」

 ロザナンドがある程度のことを知っていると暗に伝えたのだが、アルトはそれに目敏く気付いたらしい。細められた瞳には、興味を惹かれた色がある。

「情報屋に頼らなくても、王宮は何か掴んでいるんじゃないか?」

「…………」

 アルトは今回の情報収集をここで切り上げるようだ。ロザナンドが告げた金額を少し乱暴にテーブルに置き、冷ややかな表情のまま去って行く。情報は必要としているが、馴れ合うつもりはないという意思表示のようだった。

「あれがアルト・ブリステンだ。ついてたな」

 不敵な表情を崩さず言うロザナンドに、ユトリロは小さく頷く。

「能力の鑑定は?」

「鑑定除けを身につけているようです。情報を得ることができませんでした」

「そう。まあ、それは想定内だ」

「聖なる力は宿っていましたか?」

「まだのようだよ。王宮に正式に召集されたときに与えられるんだろうね」

 ロザナンドが見た限りでは、アルト・ブリステンは普通の魔法使いだ。特別な力を持っているようには感じられない。自分が勇者パーティに加えられることを知っていて、先手を取るために情報収集しているようだ。

「それを妨害できれば……」

 窺うように言うユトリロに、ロザナンドはひとつ頷いた。

「問題はいつ、どのようにして与えられるか、だね。王宮に潜入することはできないと考えて、奪い取ることを前提に考えよう」

「承知いたしました」

「魔力回路はなんとなく掴めたから、次に接触できたときは千里眼を使ってみるよ」

「ですが、鑑定除けをつけています。千里眼が通用するでしょうか」

「どうかな。千里眼とは鑑定とは違って魔法ではないから、貫通すると思いたいね」

 ロザナンドは立ち上がり、ラーシュに視線を送る。ラーシュがひとつ頷くと、他の客の目につかないよう静かに店の裏口に出た。少し間を置いて、ラーシュたち三人も裏口に集合する。

 ロザナンドは眼帯を外し、千里眼に意識を集中させる。アルト・ブリステンを追いかけるには、もうすでに離れてしまっているようだった。

「ロレッタ・カルロッテは王宮にいるようだね。勇者パーティは全員、街にいるようだ」

 個々の能力を視るには遠く、居場所を探ることしかできない。

「エリアス、バルバナーシュ、フローラは行動をともにして召集を待っているようだね。アルトは単独行動。イディも単独行動で召集を待っているみたいだ。アルトとバルバナーシュは昔馴染み。おそらく、情報を持って接触するはずだ。魔王軍幹部の情報はなんとしても欲しいだろうから、アルトはきっとまた来るよ」

「あなたの情報が鑑定された可能性はないの?」

 怪訝に問うディーサに、ロザナンドは自信とともに頷いた。

「鑑定は僕には効かないよ。僕が嗅ぎ回っていることで怪しんでいるようだけど、僕自身に興味はないらしい。特に鑑定を使った様子もなかったね。とにかく一旦、宮廷に戻ろう。シェルとアニタの報告を聞いてみよう」

 頷いた四人とともに、ロザナンドは転移魔法をかける。転移魔法なら国境を越えることもそう難しいことではなく、勇者パーティも同じように宮廷に侵入する可能性もある。そのことを踏まえて防護を考えるべきだろう。

 シェルの魔力を辿って転移すると、その姿は魔王の執務室にあった。アニタとともに、彼らの帰りを待っていたらしい。

「おかえりなさいませ。いかがでしたか?」

「勇者パーティのアルト・ブリステンと接触できたけど、特に有益な情報はないね。きみたちは何か新しい情報はある?」

「はい」シェルが頷く。「人間がどれほどの軍勢を寄越すのかと探って参りましたが、どうやら勇者パーティの七人だけで挑んで来るようです。『聖なる力』が数万の軍勢の戦力に匹敵するということのようですが、犠牲を減らすための作戦のようにも思えますね」

「七人がそれを承知しているかはわかりませんが」と、アニタ。「まるで生贄のようです」

「そうだね……。聖なる力がどれほどの力なのかはわからない。けど、人間がそのつもりなら、七人でも充分に魔王の力に匹敵するというつもりでいたほうがいいようだね」

 六人は重々しく頷く。勇者パーティの実力は誰もわかっていない。慎重に作戦を練る必要があった。

「殿下は、勇者パーティが七人で特攻させられることをご存知だったのではありませんか?」

 窺うように言うシェルに、ロザナンドは先を促す視線を送る。

「それで、争いを回避しようとしているのではありませんか?」

「……そうだね。七人だけで来ることは知っていた。でも、それでも魔族が滅亡する可能性はあるんだ」

 魔族の常識として考えると、人間七人であれば魔族がふたりもいれば充分に撃破できる。しかし、千里眼により導き出された未来は、魔族が泥沼の消耗戦ののちに滅亡すること。たった七人でも、魔王の力に匹敵するという証明だ。

「僕の千里眼で見えるものは可能性のひとつでしかない。七人なら負けないとは言えない。僕には、魔族と人間が戦争になり、消耗戦を三百年も続けると見えた。それを防ぐために反乱を阻止し、勇者の魔王討伐を妨害しようと考えている」

 六人はそれぞれ顔を見合わせる。ここまではっきりと言及したことはないため、戸惑っている様子だ。

「その未来がわかった。七人で魔王討伐が可能だとされているのは、反乱軍によって魔王が弱るからなんだ。僕の千里眼に、反乱の芽として五人の姿が見えた。それがユトリロを除いたきみたちだよ」

 シェル、アニタ、ラーシュ、ニクラス、ディーサのあいだに緊張が流れる。彼らの一挙手一投足が魔族の未来に関わる。それをロザナンドが把握している以上、下手なことをするわけにはいかない。

「けど、最も反乱の可能性が高いのは僕だ。僕なら、簡単に魔王を嵌められる。三百年戦争で、いずれこの大陸の魔族と人間は滅びる」

「どうしてあなたが反乱を起こすの?」

 怪訝に問うディーサに、ロザナンドは小さく息をついた。

「それはきみたちが知る必要のないことだ。とにかく、明日も王都に行く。そのつもりでいてくれ」

 五人は腑に落ちない表情をしている。ロザナンドが反乱を企てる理由を説明するのは簡単だ。だが、いまはまだその時ではない。彼らに何も悟られず、勇者パーティを探る必要がある。慎重にならなければならないのはロザナンドも同じだ。彼らの信用を勝ち取ろうとは思っていない。ただ、反乱を防げればそれでいいのだ。






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