第3章 リーネ・トライトン登場

 よく晴れた残暑の日。夏季休暇が明け、王立魔道学院に再び生徒たちが集った。日に焼けている生徒もいれば、痩身に成功したと喜ぶ生徒もいる。休み明けを嘆く生徒や、解放感に満ちた表情の生徒の姿も見られた。夏休み明けの学校は悲喜交々ひきこもごもである。

 この学校の夏季休暇明けには始業式のような慣習はなく、登校したら各教室でオリエンテーションが行われる。二年生の教室は確か二階だ。

 教室に入った途端、複数の生徒の視線が僕に注がれた。何やらひそひそと囁き合う生徒までいる。それはそうだ。ラゼル・キールストラは元平民の上にサボり魔だ。授業にも不真面目だったと考えると、よからぬ感情を懐く生徒もいるだろう。

 僕はと言うと、特に気にはならなかったので窓際の端の席に着く。ガキ大将的な生徒に絡まれたらどうしようかと思ったが、いまの僕はキールストラ公爵家の一員。元平民と言えど、身分は格段に上がった。さすがに学内トップクラスの身分の者に気軽に絡める生徒はいないらしい。

 ラゼル・キールストラの記憶があったとしても、元から友達なんていないだろうと思っていた。その認識は間違いなかったようで、話しかけてくる生徒はいなかった。

 オリエンテーションが終わるまでは。

「ラゼル様」

 可愛らしく呼びかける声に顔を上げると、長い金髪と紫色の瞳の女子生徒が僕に微笑みかけている。清楚さを感じる雰囲気の少女だ。

「やっと夏休みが終わりましたね。楽しくお過ごしになられましたか?」

 少女は親しげな笑みで問いかける。しかし僕には、この少女に関する記憶がなかった。ラゼルの記憶がないせいか、元々記憶していないのかはわからない。どちらにせよ、適当に流すより正直に訊いてしまったほうがいいだろう。

「えーと……きみは?」

「えっ……リーネ・トライトン、ですけど……」

 少女は驚いた表情になる。そんな顔をされると可哀想な気がしてくるな。

 リーネ・トライトンと言えば、ジークハイドとアラベルに認識されるほどラゼルに絡んでいた、光の魔法を持つ平民の女の子だ。おそらく「希望の雫と星の乙女」のヒロインだと思われるが、いかんせん記憶にないし、ピンとこない。なにせゲームは一人称視点だ。ボイスもないから声も知らない。もし僕の前にセリフウインドウがあったら「ヒロイン(?)」になっていたことだろう。

「改めまして、仲良くしてくださると嬉しいです」

「なぜ?」

「な、なぜ……?」

 思わず聞き返してしまった。この数居る生徒の中、リーネはわざわざラゼルと接触しようとしている。それも、他の生徒から冷たい視線を向けられるラゼルに、だ。その理由を問いたくなるのは当然のことだろうと思う。

「私たちは境遇がよく似ていると思うんです。私は平民だから浮いてしまっていますし……。いまだに友達がひとりもいないんです」

 リーネ・トライトンは「光の魔法を持つ平民の女の子」で、ラゼルは「元平民の公爵家の庶子」である。確かにラゼルは少々特殊な身分だ。リーネ・トライトンも平民でありながら魔法の力を持ち貴族社会の王立魔道学院に通うという特殊な設定だ。しかし、親近感が湧くほどではない気がする。確かに、王立魔道学院の貴族社会の中で、平民という身分の低い者同士だったとも言えることには言えるかもしれない。だが、リーネにはやはり他の目的があるように見えた。

「でも生徒会に入るんでしょ? 王太子殿下とジェマ殿が気にかけてくれているんじゃないの?」

「う、それはそうですが……。私は友達が欲しいんです。他に仲良くしてくれようとする人はいないようですから……」

「ふうん……。僕は別に友達はいらないかな」

 リーネは絶望に打ちひしがれたような表情になる。冷たくするのは可哀想だけど、ヒロインである可能性があり目的がわからない以上、下手に親しくするのは危険だ。選択肢を誤れば破滅の危機が生じるかもしれない。バッドエンドを迎えるのだけは勘弁だ。

「ラゼル」

 呼びかける声に視線を向けると、ジークハイドが教室の入り口に来ていた。生徒会メンバーであり底抜けの美形とあって、女子生徒たちの視線を集めている。リーネがヒロインだとしたら、本来はジークハイドに話しかけに行くだろう。

 僕がジークハイドに駆け寄ると、視線は冷ややかなものに変わりジークハイドから解除された。僕がジークハイドに近付くことをよく思わないのだとしても、いまは兄弟なのだから勘弁願いたい。

「お前に生徒会入りの打診があった」

「僕にですか?」

「ああ。リーネ・トライトンの推薦らしい。お前にも生徒会の肩書を与えて保護する必要があるのだそうだ。お前も特殊な身分だからな」

 本来のラゼル・キールストラは、確か生徒会入りはしない。生徒会は攻略対象とヒロインの親密度を上げるための要素。悪役令息が踏み込む場所ではないだろう。悪役令嬢だったら、王太子あたりの婚約者だろうから生徒会入りしただろうけど。

「お前の場合、生徒会に入れば見張るのにちょうどいい。問題児であることに変わりはないからな」

 生徒会メンバーともなると、模範的な生活態度が要求される。ラゼルはサボり魔であるため、模範的とは程遠い。僕の生活態度を改めるには、生徒会入りは絶好の機会と言えるだろう。

「リーネ・トライトンに関わりたくないのであれば断ってもいい」

 ジークハイドが僕に気遣いを見せてくれたのは意外だが、特に関わりたくないわけではない。むしろ、生徒会はリーネ・トライトンの目的を探るのにちょうどいいかもしれない。

「いえ、ぜひお受けします。学院のために役に立てるなら良いことだと思います」

「胡散臭いやつだ」

「ええ……」

 確かに胡散臭いとは思うけど、何も本人の目を見据えながら言わなくても……。それにより陰口を言うことはないと安心できる面もあるかもしれないけど。

「だが、アラベルにも打診が来ているからちょうどいい」

「アラベルは引っ込み思案で人見知りしますからね。僕と一緒だと安心するかもしれませんね」

「お前が本性を現さなければな。不当な扱いをしていたらクビにするからな」

「はは……及第点ですもんね」

 アラベルと良好な関係を築くための試用期間は、延長を認められただけで合格をもらったわけではない。これからもアラベルを陥れることはないと証明していかなければならない。そのためにも生徒会はちょうどいいかもしれない。

「生徒会を通して合格をもらえるように頑張ります」

「その胡散臭さもどうにかなるといいな」

「そんな……」

 僕が何を言っても、ジークハイドから見たらなんでも胡散臭く見えるのではないだろうか。ラゼルは「表向きは好青年」であるため仕方がない。ジークハイドは、ラゼルの見えない部分も見抜いているのだから。せめてその評価が良い方向に変わるよう頑張ろう。

 ジークハイドを見送ってリーネ・トライトンに視線を戻すと、リーネはしょんぼりとした表情で教本をまとめている。本当にただ友達が欲しくて似たような特殊な境遇のラゼルを選んでいるのだとしたら申し訳ないけど、まだしばらくは様子見だな。僕を破滅ルートに導く可能性が消せない以上、気は抜けない。僕の破滅は周囲の人を巻き込む。万が一にもそんなことになるわけにはいかないんだ。その可能性がなくなれば、きっと仲良くできると思う。転生者ではなくそんなつもりが一切ないのだとしたら本当に申し訳ない。でも、僕は慎重にならなければいけない。僕は破滅を招く呪いの悪役令息なんだから。





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