Count 22 つながる思い、明日へ届ける勇気(巫子芝安里)

 ……タツコさん、ごめんなさい。ボクは天竜鬼に勝てないかもしれない。

「あら、どうしたの? 安里ちゃんらしくもない」

 ボクがそう言ったことに、タツコさんはふふっと笑って見せた。

 でもボクは気づいてしまった。今のボクに天竜海竜みたいな戦い方はできないって。

 ボクは空手に出会って、そのおかげですてきな家族や友だちにも巡り会えた。そのことには感謝しかない。

 だけどここはフィクションで、現実のボクはまだ無慈悲な翼スピエタート・アーリのまま、血まみれの戦いの中を這いずり回っている……時々そんな夢を見て夜中に目が覚めるコトがある。

 無慈悲な翼スピエタート・アーリ師匠じっちゃんと戦場を渡り歩いていたとき、ボクはみんなからそう呼ばれていた。

 降り注ぐ矢の雨をくぐり、向けられる剣や槍をへし折り、鉄の鎧を拳で砕く。倒れたらそのまま死ぬしかない。だから殺される前に敵を倒す。戦場にあるのはそれだけだった……。


 今の生活は楽しい。だけど陽堂先生の言う自由に生きるって意味はまだよく分からない。楽しいの先に何があるんだろう? でも絶対に失いたくない! だったら尚のコト、ここで天竜海竜を倒さなきゃ!

 それにはもう一度、無慈悲な翼スピエタート・アーリになればいい。

 でも正直言ってアーリにはなりたくない。今度リミッターが外れたら、ボクはもうこっち側に戻れないかもしれない。それでもボクは……。

「安里ちゃん」

 え? タツコさんが後ろからボクを抱きしめてくれる。

 でもこの感じ……前にもこうしてもらったコトがあるかも?

「何だか難しい顔してるわね。私に言ってごらんなさい。聞いてあげるわよ」

 ボクはタツコさんに思っているコトを話した。


「……そうね。でもそれじゃ誰も幸せになれないわ。それは分かるでしょ?

 要くんもそんなことのために、安里ちゃんにリングを渡したわけじゃ無いはずよ」

 で、でも他に方法が……。

「勘違いしてるみたいね。私たちがやることはあいつらを倒すことじゃ無いわ。要くんが戻ってくるまで時間を稼ぐことよ。倒すとなったら生半可な戦い方じゃ無理ね。でもあいつらの攻撃を凌ぐことはできるはずよ。そうして耐えていればきっと要くんは来てくれるわ。【きみなぐ!】の管理者になってね」

 それは……うん、確かに!

「それならやれると思わない? しかもこっちは二人。安里ちゃん、【群雲ムラクモ】は使えるわよね?」

 う、うん。陽堂先生に教わってるから。でも、うまく合わせられるか……。

「なあに? これでもワタシ、兄貴より強いかもってうぬぼれてるのよ? そうじゃなきゃ【影】のトップは務まらないしね。私じゃ役不足かしら?」

 そ、そんなコトは! 多分ボクの問題なんだと思う。守る覚悟っていうか。

「覚悟? そんなもの私にだって無いわよ。そうねぇ……だったら昨日までの自分を振り返ってみなさい。そこに答えがあるんじゃないかしら。安里ちゃんを応援してくれる人、隣で笑ってくれる人、ぶつかっても最後に握手してくれた人。そんな人たちのために拳を握りなさい。それに要くんがいるってことも忘れないでね」

 うん……うん! ありがとう、タツコさん。


 ボクの背中を押してくれるひと。一緒に笑ってくれるひと。

 あんたが乗って壊れない自転車っていうだけで雉田輪店ウチの宣伝になるわー、って笑うキジちゃん。

 円東寺クンは絶対運命の人だから間違いないから! って占ってくれたモンちー。

 笛のかわりに卒業生にもらったピコピコハンマー(二代目)を鳴らす体育の犬飼先生。それに……。

 熱中症だった子供を連れて、もう放置しないと改めてお詫びに来た若いご夫婦さん。

 お祭りの焼きそばでケンカになったけど、孫の柾秀くんを通じて仲直りした香具師の元締めさん。

 受験勉強でイラついてたボクの相手をさせてしまった暴走族のみなさん……は別にいいかな? 実際に近所迷惑だったし。

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