M-Zero3 あの日、ボクは友達に別れを告げた。

「そこで倒れてんのは……石部か? おい、何やってんだ!」

 あゆみちゃんに帰ろうと言いかけたとき、扉が開いて劇場にアロハを着た男が入ってきた。その瞬間、不良たちが立ち上がって直立不動になって挨拶する。

 それを無視してアロハはそのまま石部に駆け寄ると、状態を確認する。大丈夫、殺してないよ。

「こいつは……お前がやったのか? 信じられねえ……」

 そこにもう一人、黒スーツの目つきの鋭い男が入ってくる。

「どうなってるんだ? 何で石部が死んでるんだよ」

 だから殺してないって言ってるでしょ?

「死んじゃいませんが……兄貴」

「ああ。こいつはマズイことになったな」

 そう言って兄貴と呼ばれた男、長谷は頭を掻いた。


 石部は総合格闘技の選手で、3日後にイベントマッチに出る予定だったみたい。

 それまで長谷の事務所で預かってたんだけど、急にいなくなったため探していたところだったらしい。

「酒と女には困らねえようにしてたんだろ?」

「すいません。こういう趣味・・・・・・の事までは知りませんでした」

 石部は趣味と実益を兼ねてエビルの誘いに乗ったんだろう。調子にのった生意気な女をちょっと怖がらせてくれ、礼は出すからとかなんとか言われて。

 だけどそれ、ボクじゃなかったらちょっとじゃ済まなかったよ! しかも返り討ちにあうってナニ? 恥の上塗りってやつじゃない?


 イベントマッチには石部はこのケガで出場できなくなり、宣伝やら何やら大きな損害が出るらしい。たぶんエビルの親がそのお金を払うことになると思うけど。

 そのとき扉が開いて、5人の男が中に入ってくる。全員が石部のような格闘技をやっている体つきだ。中には木刀を持ったヤツもいる。

 それを確認して長谷が不良たちに言う。

「ただな? それとは別に大人を舐めくさるガキには、ちーっとばかしお灸をすえてやらなきゃな、と思うわけよ。良識ある大人としては。

 長谷の言葉のあとをアロハが引きつぐ。

「今からこの5人の先輩が、後輩に稽古をつけてくれるそうだ。うれしくて涙が出るだろ? ああ、先輩らもやりすぎるなよ。最後は仲間うちのケンカでおさめるつもりだからな」


 こうなると不良たちもヘビににらまれたカエルだ。恐怖のあまりオシッコ漏らすヤツもいるし。

 次に長谷はボクに向かって言う。

「お前には事務所まで来てもらう。上にきっちり詫びをいれてもらうからな。被害者なんて寝ぼけた事は言うなよ? その後は俺が面倒見てやるよ。女武道家でキャットファイトでもやるか? 石部の穴埋めにたんまり儲けさせて貰わねえとな」

 そう言って長谷が指示すると、届けられたダンボールからアロハが手錠を2つ取り出し、ボクに投げてよこす。

「お前はヤバ過ぎる。そいつをつけろ。足にもな」

 そしてアロハはあゆみちゃんに近づいていく。手にはもう一つの手錠。

「念のためだ。お前は手だけでいいだろ」

「わ、私は関係ないでしょ! 家に帰してよ!」

 血相を変えたあゆみちゃんに長谷が笑いながら言う。

「お前も馬鹿だな。片方だけ逃がすなんてもったいない真似するかよ」

「え、海老塚君も何とか言ってよ! いつもみたいに海老塚君の好きにしていいから! お、お金なら返すから!」

 エビルが面倒くさそうにそっぽを向く。今はそれどころじゃないってのは分かるけどホントにクズだなお前!

 後で知ったけど、エビルはハーレムと称してお金で何人かの女の子を好きにしていたらしい。あゆみちゃんは嫌がりながらも逆らえない優等生の子の役どころだったんだって。ボクは男勝りだけど最後には折れて服従する予定だった? うん、絶対やらないから!


 アロハがあゆみちゃんの髪を掴む。

「ハハッ、見事に捨てられたなぁ! でもまあ今度は俺たちがいくらでも稼がせてやるからよ!」

 彼女の怒気を含んだ視線がボクを射る。

「元はと言えばあんたが悪いのよ! いつまでも意地はってるから! 最初は同じもらわれっ子だと思って同情もしてやったけど……何で? 何であんたは折れないのよ!」

 ……彼女の言葉には当時結構落ち込んだ覚えがある。半分は騙されていたせいもあるけど、思えば同じ境遇なのに彼女の弱さを分かってあげられなかったボクは、彼女からしたらまともじゃない冷たい人間だったのかもしれない……。


 ボクは足元の手錠を拾う。コレをはめたらおしまいだってコトは分かってる。だったらもう……戦うしかない! 相手はプロの格闘家が5人。長谷とアロハもそれなりの腕前だろう。でもやるしかない。それがたった1人でも。

 ボクは手錠を握りしめる。ナックルダスターのかわりにすれば、いくらかましになるだろう。

 ……あゆみちゃん、ごめんね。結局迷惑かけちゃったんだね。

 でも安心して。死んでもボクはキミのこと一生忘れないから。毎年毎月、必ず思い出すから。それにこいつらも一緒に道連れならそんなに淋しくないでしょ? とりあえずそれで我慢してて。また向こうで会おう・・・・・・・ね。

 ボクはそう言ってにっこり笑う。別れる戦友ともともを送る言葉だと、師匠じっちゃんがそうボクに教えてくれたから。


「えっ? 何言ってるの? 助けなさいよ……おかしい、何言っ、そんな……い、嫌よ、そんなの嫌ぁ!」

  遅れてその意味に気づいたあゆみちゃんは目を見開いてぶるぶる震え出す。彼女の絶叫を合図に、ボクはステージから跳んで走り出した。

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