第14話 二人乗り

「さて、今日中に行けそうなのは、パープルスライムの棲息地かな」

「えっと、パープルスライムって、確か毒を持っているスライムでしたっけ」

「そうそう。よく覚えていたね」


 そう言って、カレンさんが頭を撫でてくる。

 これまで以上にスキンシップが激しい気もするけど、たぶん今朝の出来事に禍根が残らないように気を遣ってくれているのだろう。

 何せ今朝の僕は、カレンさんの胸に顔を埋めながら寝ていた上に……だ、ダメだ。思い出すとダメージを受けてしまう。

 今朝の事は考えず、枕の事だけを考えよう。


「でもカレンさん。毒を持っているスライムって使えないのではないでしょうか? 昨日のイエロースライムみたいになりかねないなと」

「あー、昨日は酸を含むスライムだったからねー。パープルスライムは毒だから、袋は溶けたりしないんじゃないかな?」

「いやでも、毒も大概だと思いますけど」

「ふむ……そうなると、メタリックスライムやクイーンスライムになるけど、それは日帰りで行ける場所ではないんだ。ソフィアが私たちをサポートしてくれる人を呼びに行っているみたいだし、行くならその後かな」

「あ、そっか……わかりました。では、今日はパープルスライムでお願いします」


 もしかしたら、パープルスライムは体内の毒が漏れないかもしれないし、少しでも可能性があるのなら試してみよう。

 早く枕を作らないと……け、今朝みたいな事は絶対に避けないと行けないしね。

 という訳で、今日は日帰りで行けるけど、少し離れた場所へ行く為、馬を使って移動するそうだ。

 何気に、馬車に乗るのは初めてなので、ちょっとわくわくしながらカレンさんについて行くと……


「勇者様。うちの厩舎で一番速いのは、この黒毛の馬です。ただ、ちょっと気性が荒いのですが」

「気性は問題無い。では、私はその馬にしよう。アルス君はどうする?」


 僕が思い描いていたのとは大きく違い、馬車ではなくて乗馬だった。

 しかも、どの馬も物凄く大きい上に、何だか僕を睨みつけている気がするんだけど!


「あの、僕は馬に乗った事がなくて……」

「そうか……ふむ。では、私と一緒に乗ろう。主、この黒毛の馬は大きいし、アルス君と一緒に乗っても問題ないな?」

「えぇ。勇者様は女性ですし、この子も小柄ですので、全く問題ないかと」


 うぅ。ちょっと情けない気もするけど……仕方がないか。

 僕が駄々をこねて、じゃあ徒歩で……なんて事になったら、間違いなく野宿っちゃいそうだしね。


「よし、決まりだな。では、アルス君。私が先に乗るから、手を伸ばすんだ」

「こう……ですか?」

「うむ。さぁ、私の手を取るんだ」


 カレンさんに手を取るように言われたけど、僕が掴むまでもなくカレンさんに手を握られ、ヒョイっと簡単に持ち上げられる。

 まぁカレンさんは女性だけど、魔王を倒した勇者様だからね。

 決して、僕が小さくて軽いから、簡単に持ち上げられた訳ではない……と思っておこう。


「じゃあ、アルス君。私の腰に手を回して……よし、出発だ」

「えっ!? カレンさん!? 腰に手を回す……って、前後が逆じゃないですか!? 僕、カレンさんの胸しか見えな……ひゃあぁぁっ!」

「はっはっは。しっかり掴まっていないと、落ちてしまうぞ。この馬は脚が速くて、気性が荒いからな!」


 どうして……どうしてカレンさんは、僕をカレンさんの前に乗せ、かつ後ろ向きにしたのっ!?

 って、落ちるっ! この馬、本当に激しいっ! でも、カレンさんの胸に顔を埋めないと手が回せないし……あ! 凄い! 思い切って顔を埋めたら、凄く安定する!

 もしかして、僕を前向きに乗せたら、掴むところが無くて、落馬するって予想したから、カレンさんは自分の胸をクッションにして、僕を守ってくれているの!?


「ふふふ……アルス君。さぁ今なら何でも私にし放題だ。お姉ちゃんに好きな事をして良いんだよ?」

「いや、しませんよっ!」

「遠慮しなくて良いんだからね? 今なら誰も見ていないさ」

「カレンさんは何の話をしているんですかぁぁぁっ!」


 どれくらい馬を走らせたのかは分からないけど、何とかパープルスライムの生息地に到着し、カレンさんがあっさり倒す。

 それから、街へ帰る事になったけど、今度は僕が頑として譲らず、カレンさんの後ろに座らせてもらった。

 ……いや、乗せてもらっている時点でこんな事を言える立場ではないんだけど、流石にカレンさんの胸に顔を埋め続けるっていうのは、ちょっとね。


「アルス君。本当に後ろで良いのかい?」

「はい、後ろでお願いします」

「わかった。じゃあ、出発するけど、しっかりお姉ちゃんに掴まっておくんだよ?」


 そう言って、馬が走り出し……あぁぁぁ、カレンさんの胸に顔を埋めていた時の安定感と全然違うっ!

 全力でカレンさんの腰にしがみ付くけど、身体が……浮くっ!?

 お、落ちるっ! つ、掴まらなきゃっ!


「んっ! あ、アルス君……」


 これは……凄く掴まり易い! これ……これを離したら、落ちるっ!

 カレンさんに全力でしがみ付き、何とか街へ戻ってくると、


「アルス君……ごめんよ。お姉ちゃんが間違っていたよ」

「え? カレンさん?」

「アルス君は顔を埋めたいんじゃなくて、鷲掴みにしたかったんだね。さぁ、お姉ちゃんに甘えて良いんだよ?」


 突然、カレンさんが僕の手を取り、自分の胸へ……って、いやカレンさんは本当に何をしているんですかっ!?

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