第14話 聞くは一瞬の恥、知らぬは一生の恥
スライム、それは大変不思議な生物である。その生息域は非常に広く、水辺や草原、森や洞窟、山岳部から深い海の底まで。それこそありとあらゆる場所に生息していると言われている。
彼らには他種族を害するような攻撃性も攻撃能力もなく、その場の環境を整えるかのように水質を浄化し、草葉を
今日この世界の環境が整い快適に生活出来ている事には、スライムやビッグワームと言った彼ら最底辺魔物の存在を欠かす事は出来ないだろう。
スライムの最大の特徴と言えばこの何処にても生存していると言う点、その環境適応能力にあるだろう。同様に最底辺魔物と呼ばれるビッグワームに比べても、その適応性、順応性は比較にならない程であり、どのような環境下にあっても生き残ると言う意味に置いては最強の種族であると言えるだろう。
スライムはその環境に応じ、ポイズンスライム、ロックスライム、メタルスライムと言った様にまるで別種族のように特徴を変えるが、その基本は同じであり元々はただのスライムなのだ。
身近なところでは下水道のスライムやトイレのスライム、森のスライムや水辺のスライムなどはまるで別物の様に扱われたりするが、これらは単なる生活環境が違うだけの同一種であると言える。
テイマーにとってスライムとはまるで価値のない存在である様に思われがちである。だがその特徴や有用性を知ることは、魔物に対する思い込みを払拭し、テイム魔物との関係性を築く上での一助になると確信している。
本書ではこれらスライムの特徴とその応用方法について、実際の体験を踏まえて述べて行きたいと思う。
<「スライム使いの手記」 著者 : ジニー・フォレストビー>
「お、シャベルじゃないか。冒険者ギルドで会うなんて珍しいな。この所戦闘訓練の講習会にも顔を出さないからどうしたものかと思っていたんだ。
どうだ、元気にやってるか?」
声を掛けて来たのは冒険者ギルドの武術教官ドットであった。
ここは冒険者ギルド資料室、狭いながらも冒険者に必要な様々な知識を学ぶ為の蔵書があり、シャベルは冒険者になった当初から良く足を運ぶ場所であった。
だが銅級冒険者でありながら優先依頼を受け、街での仕事の評判の良かったシャベルに対するやっかみは、冒険者ギルド内でのシャベルの立場を悪化させ、シャベルに対する侮蔑や悪評を呼ぶ事となる。
“溝浚いシャベル”の評判はその完璧な仕事振りとは裏腹に、臭い、汚い、不潔と言った印象を人々に与え、ウネウネと蠢く巨大ビッグワーム達の姿や荷車に括り付けられた樽からはみ出す程のスライムの光景と共に、最下層の者、底辺の者と言うレッテルをシャベルに張り付ける事となった。
また、その事に対して文句一つ言わず黙々と働く彼の姿は、“嘗められたらお仕舞い”と考える冒険者の思考からすれば負け犬のそれであり、街の住民からも次第に便利な小間使いと言った考えが生まれ始めていた。
傍には置きたくないが仕事はしてもらう、いや、仕事を与えてやる。
シャベルと街の者の関係は完全な上下関係の様相を呈していたのである。
そうした背景もあり、シャベルは次第に冒険者ギルドに近付かなくなっていった。
冒険者ギルド受付に姿を見せた際にシャベルに浴びせられる視線は、侮蔑と見下し、敵愾心に満ちていたからである。
だがそんなシャベルに行動を促す切っ掛けを与えた者がいた。
それは薬師ギルド買取カウンターの職員であった。
彼女は言った、「職業ってのはあくまで女神様の慈悲、お与えになって下さった道具なんだ。その道具の使い方も知らないでやれ不幸だとか言う輩は女神様に対して失礼だとは思わないかい?」と。そしてシャベルに対し自身の職業に誠実に向き合っているのかと問い質した。
「自身の職業について心の中によく語り掛けてごらん。自分に一体何が出来るのかが何となく分かってくるはずだよ?」
シャベルはこれ迄自身の職業に対して積極的に向かい合って来なかった事を恥じた。父親であるドリル・スコッピー男爵に無能の烙印を押され、男爵家屋敷の畑脇の小屋に送られたあの日、殺されなかった事に安堵する一方で自身の可能性を完全に諦めてはいなかっただろうか。
どうせ無能な自分が何をしたからと言って変わる事はない、そう思ってはいなかっただろうか。
下男のジルバがいなかったのなら、自身のテイム能力について調べる事をしただろうか?
自身を無能無才と言って殻に閉じ籠り、人を羨んで妬んで。
“こんな俺にその事を気付かせてくれた恩人の名前すら知らなかったと言うのに”
シャベルは薬師ギルド買取カウンター職員に助言を与えてくれたことに感謝の言葉を返すと共に、これ迄名前も知らなかったことを明かし素直に謝罪した。
買取カウンター職員は一瞬何の事かと呆けた顔になったが、大笑いをしながら「そんな事を気にしていたのかい?相変わらずシャベルは真面目だね~」と言って自身の名前をキャロラインだと教えてくれた。
「なんか名前と合わないって言われるのがしゃくでね、あまり名乗っていないんだよ。シャベルが知らないのも当然さ、気にするんじゃないよ」
“ま、頑張んな”
キャロラインに見送られ薬師ギルドを出たシャベルは、人になんと言われようと積極的に学ぼうと決心するのであった。
「お久し振りです、ドット教官。何とか頑張ってます。
今の時期は魔の森の魔物達も殆んどが冬眠期に入っているじゃないですか、街の雑用依頼も取り合いになっているとか。そんなところに俺が顔を出したらどうなるか。
それに相変わらず冒険者ギルドの受付カウンターは使えませんから、最近はキンベルさんに生活雑貨を頼む時くらいしか来てなかったんですよ。
それもあまり頻繁って言うのも申し訳ありませんから、徐々に回数も。
この時期は排水路の臭いもそこまで酷くないですからね、清掃の仕事もないですし」
そう言い肩を竦めるシャベル。対してどこか申し訳ない顔になるドット。
「こんなことを俺が言うのもなんだがすまん。シャベルにはギルドの塩漬け依頼を積極的に熟して貰っておきながら、この対応。同じ冒険者ギルド職員として深く謝罪する」
そう言い頭を下げるドットに手を振り気にしないで下さいと答えるシャベル。
安全に生活費を稼ぐ為に街の雑用依頼を熟していた事は自身の都合であり、その事で今のような事態になった事は致し方がないこと。誰が悪いと言った事ではないとシャベルは考えていたのだ。
「それに今は何とか生活する事が出来ています。街の外に小屋を建てることで何か言われると思ったのですが、門兵様から“街周辺に勝手に家を建てることは問題だが魔の森に小屋を建てても何も問題はない。ただし魔物が住み着いたり盗賊の根城になるようだと処罰されるので気を付ける様に”と言っていただきました。
危険は危険ですが、それなりに快適なんですよ。
こうして資料室も利用させて貰っています。冒険者ギルドには感謝しているんです」
そうしてシャベルが向けた視線の先には、テイマーに関する書籍やスキルに関する書籍などが数冊。
「でもここの資料室って凄いですね、まさかテイマーに関する書籍が何冊もあるとは思いませんでした。魔法やスキルについての書籍、薬草に関する書籍は分かるんですが」
シャベルがそう言うと、ドット教官は苦笑い混じりに事の真相を話して聞かせるのでした。
「それは前の副ギルドマスターが王都から来た行商人に上手い事言われて買わされたって奴だな。
貴族の間ではウルフ種の魔物を従えるってのが流行っていてな。この魔物、子供の頃から飼育する事でテイマーじゃなくても使役する事が出来るんだよ。
案の定貴族のボンボンでもある副ギルドマスターもいつかはウルフ種の魔物を従えたいと思っていたらしい。
でも野生のウルフ種の子供なんか中々手に入らないだろう?そこでテイマーって話だ。
ウルフ種をテイムさせて繁殖させればいい。実際王都の貴族どもが飼ってる魔物もそうして躾をした個体だしな。
その商人は夜の酒場で副ギルドマスターを接待し、上手いこと持ち上げてテイマー関連の書籍を購入させたって訳よ。
副ギルドマスターは俺たちに“これを教本としてテイマーを増やすように”とか言ってたから、テイマーの事を学べばテイマーに成れるとでも思っていたんじゃないのか?」
“アイツ本当に好き勝手やってくれたからな~”
どこか遠くを見詰めるドット教官。
「それじゃ、この本もテイマー教育の一環なんですかね?テイマーは始めはスライムをテイムすることから始めるって他の本にも書いてありましたし」
そうしてシャベルが見せたのは先ほどまで彼が読んでいたスライムの本、「スライム使いの手記」。
「はぁ、なんだこりゃ、スライムの事しか書いてないじゃないか。読み物としては面白そうだけど、こんなの何処の冒険者が読むんだよ。
趣味の領域だろうが」
とたん頭を抱えるドット教官。
“これは一度前副ギルドマスターの購入物も調べた方がいいな、ギルドマスターに進言しておくか”
ドット教官はシャベルに“どうもありがとうよ、大変だと思うが頑張れ”と声を掛けて、資料室をあとにするのであった。
「でも冒険者ギルドの資料室でスライムの専門書を見付ける事が出来たのは僥倖だったよな。
それにテイマーの本も色々読むことが出来たし。これからも資料室には通う様にしないとね。」
シャベルは夕食の準備をしながら今日の事を振り返る。
冒険者ギルドで向けられる視線は相変わらず感じのいいものではなかったし、露骨に“アイツまだ生きていたのかよ”と言った声を飛ばす輩もいた。薬師ギルドと何でこんなに違うのかと頭を捻った程であった。
だが資料室で出会った書籍の数々は、そんな思いを吹き飛ばす程、彼が欲していた知識が詰まっていた。
「俺もバカだよな、<自己診断>なんて便利なスキルがあったのに一回も使ったことがなかったんだから。
それにテイマーの職業スキルにテイム魔物の状態を知ることの出来る<魔物鑑定>ってスキルがあるなんてな。
そんなの知らなければやらないっての。テイマーってテイムするだけじゃないのかよ」
思わず溢れる愚痴。そもそも<自己診断>と言うスキルがあるのなら自身の職業やスキルを鑑定すれば良かっただけの話だったのだから。
「でもあの“スライム使いの手記”にもこいつらの事は載ってなかったんだよな。
近い話はビッグスライムやキングスライムって事になるんだけど流石にそれはないだろうし」
シャベルはそう言いながら小屋の壁を見る。するとそこには壁に張り付くように広がるプニプニとした何か。それは壁、天井、床下と、シャベルが触らないであろう場所を全面覆い尽くしている。
「まぁ害がある訳じゃないからいいんだけど、何なんだろうね、一体。
“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、魔物鑑定”」
名前 なし
種族 スライム(群体)
年齢 不明
状態 良好
スキル
悪食 統合 分裂
魔法適正
なし
「・・・うん、分からない。取り敢えず元気みたいだし、いいか。
でも名前がないのもな。流石に一体一体名前を付けても覚えきれないし。
・・・そうだ、この状態で名前って出てるんだから騎士団とかの名前じゃないけど全体に一つの名前でいいんじゃないかな?
スライムたちはどう思う?」
“ブルブルブルブル”
小屋全体が小刻みに震え、了承の意志が伝わってくる。
「そう、それなら<天多>ってのはどう?数が多いって言う意味の数多と天の星空を掛けてみました。
みんなで一つなんだからちょっと格好良くしてみたんだけど」
“ブルブルブルブルブルブルブルブル”
「うわ~、落ち着いて~、壊れちゃうから、小屋が壊れちゃうから~!!」
家族から愛情の籠った名前をもらい、喜びに打ち震える<
シャベルはそんな彼らが落ち着きを取り戻してくれるように、必死に叫び続けるのでした。
「本当に壊れちゃうから~!!」
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