第2話 江戸の傾奇者たち


 豊葦原という世界がある。


 東には武蔵大陸、西には大和大陸、中央には中津島がある世界で、他に島がぽつぽつある大きな世界だ。

 中津島に居る『法皇』が『八百万の神々』を奉じて世界を治めており、東の武蔵大陸には徳川将軍が治める徳川幕府、西の大和大陸には豊臣将軍が治める豊臣幕府がある。


 


 さて、徳川幕府が治める武蔵大陸の中心と言われるとやはり将軍のお膝元である江戸になる。

 そんな江戸を治めるのが奉行所で、北町奉行所と南町奉行所の二つがあり、奉行所と言うと何となく裁判をかけたり罪人しょっ引いたりとするイメージがあるが、正確には裁判所と市役所が兼ねているのだ。

 実際奉行の仕事は行政、司法、立法の三つを全部やるのが仕事で、それ故に過労死する奉行も多いと言われている。

 そんな奉行所の前には『傾奇通り』と呼ばれる通りが前に通っており、多くの傾奇者たちが訪れる場所がある。

 傾奇者が長期滞在する『獅子長屋』や旅籠が軒を連ねており、それに合わせて酒場などの飲食店もあるにぎやかな通りなのだが……


 その傾奇通りの居酒屋で号泣しながらやけ酒を飲んでいる男が居た!


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!!! ふざけんなよぉぉぉぉ!!」


 がつがつがつがつ……


 男は泣きながらかつ丼を食べており、その様子を困った顔で周りの人が眺めている。

 年のころは20ぐらいだろうか? 目が細く緑色の釣り目の男で、黒い髪をストレートの七三分けにしているのだが、見るからに芋っぽい髪型で「もうちょっとこうあるだろ?」と言いたくなる髪型をしている。

 着流しを着ているのだが、粋に着こなしているとは言い難く、無精感丸出しで汚く感じる着方をしている。

 姿勢だけはよく、筋肉質な体つきをしているので、脱げばそれなりの漢なのだろうが、ファッションが悪いので台無しになってるイメージが付く。

 そんなおとこだが、酒が無くなったことに気づいて長杯(タンブラー)を掲げて言った。 


「親父! 麦酒!」

「あいよ」


 酔っ払いの横柄な注文に呆れ声で答える店主。

 すると、男の前に座っているもう一人の男が呆れ声で言った。


「康隆。その辺にしとけ。飲み過ぎだぞ?」

「うるせー! 蒙波もうはに俺の気持ちがわかるか!」


 そう言って康隆と言われた男は言い返す。


 彼の名前は芦野康隆で、この物語の主人公だ。


 傾奇者としては珍しい二刀流の使い手で腰に二本の刀を差している。

 そんな彼の前に座っている男はもう止まらないと諦めて店長に注文する。


「店長。餃子をくれ。それとピザもな」

「あいよ!」


 呆れながらも答える店長。

 ちなみにこの世界では英語もイタリア語もその他いろいろあるのでご容赦願いたい。

 概ね方言みたいなもので一部の単語はそういった方言としてある。

 それはともかくとしてもう一人の男の名前は蒙波(もうは)と言う名で亜剌比亜(アラビア)人の忍者である。

 細い銀色の垂れ目をした男で、赤い髪をモヒカンショートにしており、前に一房だけ橙色の流星が入っている。

 首に駱駝のような形の痣があり精悍な顔つきをしており、体も一切の贅肉が無く、筋肉質な体つきをしている。

 西の大和大陸にある亜剌比亜(アラビア)地方の出身で、かの地特有の彫りの深い顔立ちと褐色の肌を持っている。

 この辺りの地理関係はおいおい説明するのでまたのご機会に。

 それはともかくとして康隆の失恋の痛手は全く癒えなかった。

 

「ぐわぁぁぁあぁぁんん!!」


 泣いている目の前の馬鹿の姿を見てため息を吐く蒙波。

 するとそんな蒙波に声を掛ける男が居た。


「蒙波。今回は何なんだ?」


 引き締まった無駄のない体つきをした男が話しかけてきた。

 青い髪をした男で所々に鱗のある魚人の若い男で、傾奇者らしく煌びやかな服を着ているのだが、彼の声を聴いて、蒙波は呆れ顔になる。


「ようサバ。こいつがまた振られたんだとさ」

「何だいつものことか……………………」


 あきれ顔になるのはそのサバと呼ばれた男も一緒だったようだ。

 蒙波は困り顔でぼやく。


「お前、波流士(はりゅうし)だろ? なんか失恋の痛手が無くなる秘孔とかないのか?」


 サバの職業は波流士と呼ばれる仕事で、理力の流れと言うのがこの世界中に網の目のように張り巡らせているのだが、その理力の網に「秘孔」と呼ばれる場所があり、そこを刺激することで様々な効果を出す術である。

 人体にも秘孔があり、それを突くと様々な効果が起きるのだが、波流士の男はため息を吐く。


「そこまで便利なものじゃないよ。お前の忍術だって万能じゃないだろ?」

「それもそうか……」


 蒙波が扱うのは忍術で、こちらもいろんなことが出来るが万能ではない。

 サバと一緒に居た袈裟姿の女法師も困り顔になる。


「先に言っとくけど法術も一緒だからね」

「わかってるよ」


 蒙波が少しだけ苛立たし気に応えると、酒場のそこかしこで声が上がる。


「気功術でも無理だな」

「聖歌じゃ祝福は出来ても恋の病は治せねぇ」


 竜の鱗をもった男と鳥の翼を持った男も酒を飲みながら声を上げる。

 気功術とは体内や体外にある理力を使った術で、聖歌は神々に歌を捧げる術だ。

 どちらもいわゆる魔法的な力はあるものの、やはり万能ではない。

 

「しょうがねぇなぁ……」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!!!」


 目の前で泣く馬鹿の姿に困り果てる蒙波だった。


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