第11話 受付嬢カルミア

「え、どういうことですの、って……何がですか?」


 全く状況が掴めない。


 カルミアさんはギルド全体に響き渡りそうな大きな声で、「その手ですわよ!」と言う。


「手……? ああ、手を繋いでることについてですか?」


「そうですわ! さっさと離しなさいまし!」


「いやそう言われましても、手を繋いでるのには深い事情がありまして……」


「深い事情……!?」


 カルミアさんが愕然とする。


 それから彼女はカウンターに倒れ伏して、しくしくと泣き出した。……泣き出した!?


「えっ、いやどうしたんですかカルミアさん!?」


「だってえ……深い事情ってえ……おふ、お二人は……おつ、お付き合いなさっているのでしょう……?」


「「えええええっ!?」」


 ラナさんとわたしの驚きの声がハモる。


「違いますよ!? んな訳ないでしょう!?」

「ち、違いますよー! これはただ、勇気を貰っていただけですよー!」


 わたしたちの言葉に、カルミアさんはゆっくりと顔を上げる。


「本当ですの……?」


「勿論本当ですよ?」


「嘘だったら地獄行きでも、ですの……?」


「いやそうですけれど怖ぁ! えっ怖ぁ!」


 わたしは思わず後ずさる。


 カルミアさんの表情が、段々と明るくなっていく。


「ふふっ! よく考えたらそうですわよね! わたくしの早とちりでしたわ、許してくださいまし!」


「いや許すも何も、わたしたち別に怒ってないですよ……?」


「ふふふっ! そうですわよね、よく考えたらシャロンさまにすぐ彼女ができる訳ないですもの! シャロンさまは残念だし、鈍感だし、常にご飯のことしか考えていないアホですものね!」


「グハァッッッ!」


 わたしは左手で、心臓の辺りを押さえる。


 え、何でこの流れでわたし罵倒されたの……?


 いや今すぐに恋人が欲しいとは思っていないけれど、なんかくるものがあるよ……?


「そう、そんなシャロンさまに添い遂げたいと思っているのなんてわたくしくらいですもの……ふふふ、ふふ、いつか射止めて差し上げますわ……」


 カルミアさんが小声で何か言っているようだったが、ダメージが大きくて殆ど聞き取れなかった。


 ラナさんもわからなかったようで、きょとんとした顔をしている。


「まあ、お二人がお付き合いしていないことはわかりましたが、手は離すべきですわ! 春は感染症の季節! 変な風邪がうつってしまいましてよ!」


「どちらかと言うと、感染症の季節は冬だと思いますよ?」


「うぐっ……ラ、ラナさま! そのままだとシャロンさまの女好きがうつりましてよ!」


「そっ、それは大変ですね……! シャロンちゃん、なんか突然勇気が出てきたから、もう手を離してくれて大丈夫だよ! ありがとう!」


「取ってつけたような勇気の出方!」


 愕然とするわたし。


 取り敢えず、言われた通りラナさんから手を離す。

 さっきのダメージが若干残っていたが、いつまでも落ち込んでいる訳にもいかないので、カルミアさんへと本題を話すことにした。


「で、カルミアさん。わたし、こちらのラナさんとパーティーを組むことになったので、手続きよろしくお願いします」


「パ、パパパ、パーティーを組むんですのお!?」


「え、いや、そうですよ? 何でそんなに驚いているんですか? よくある話じゃあないですか」


「シャロンさま、ずっとソロパーティーだったではありませんか!」


「まあ、そうですね。ちょっと気が変わりまして」


「そ、そんなあ……だって、二人でパーティーなんて、きっと距離がグングン縮まって、その先には……ううう」


 カルミアさんの瞳に、再び涙が溜まっていく。

 え、この人こんなに情緒不安定だったっけ?


 わたしが疑問に思っていると、カルミアさんは涙目できっとラナさんを睨み付けた。


「ラナさま! わたくしは本日から、貴女をライバルとして認定しますわ!」


「えっ、えええっ!? ライバル!? 何のですか!?」


 ラナさんが驚いている。


 確かに何のライバルなんだ……? 可愛さ?


「ご、ご想像にお任せしますわ! わたくし、ぜーったいに負けませんから!」


 ぴょんぴょん跳ねながら言うカルミアさん。まるでうさぎのようだ。


「ご、ご想像にお任せ……!? えーとええっと、何だろう……シャロンちゃん、何だと思う!?」


「んあー、何でしょうねえ……ジャンプ力じゃあないですか? カルミアさんめっちゃ跳ねてますし」


「なっ、なるほど確かに! そしたら私も、ジャンプっ!」


 ラナさんもぴょんぴょん跳ね始める。


 女の子二人が向かい合ってジャンプしている構図、可愛いと言えば可愛いのだけれど、何というかそれを上回るシュールさがある。


 そして、心なしかギルドの人間の視線がこちらに集まっている気がする。


 何だか恥ずかしくなってきて、わたしは二人に「ジャンプはおしまいです、おしまいです!」と告げた。


「ふ……中々いい跳び方をなさるではありませんの」


「カルミアさんも、すごく姿勢がお綺麗でしたよ……!」


「謎の戦いにより謎の絆が芽生えているところ申し訳ないんですが、カルミアさん、おすすめの依頼ってありますか? ラナさんもいるので、いつもほどヤバくないやつで」


「わかりましたわ……少々お待ちくださいまし」


 ラナさんが以前入っていたパーティーはSランクだったので(調査済み)、それに合わせた難易度のものがいいだろう。


 そう考えていると、カルミアさんが幾つかの依頼書を手渡してくれた。わたしは、それらを物色し始める。


「んー、なるほどなるほど……」


 ペラペラと捲っていた自分の手が、とある文字列でぴたりと止まった。



星屑ノ竜ティリラーシィの討伐依頼』



 わたしは、ごくりと唾を飲む。


 星屑ノ竜ティリラーシィの肉は、星屑災竜ティリジアーズの肉ほど絶品ではないけれど、とても美味しいし。


 そしてもし、この星屑ノ竜ティリラーシィが雌だったとしたら…………


 わたしは、そっとラナさんの方を見て笑う。



「あの、ラナさん! オムライスってつくれたりしますか?」

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