第49話 ダンジョンの名前と真の力

 

 みんなでどんなダンジョンにするか意見交換されてる。というか、要望をそのまま言ってるだけのような気がするけど、アンリにはよくわからないことが多いからあまり参加できない。そもそもどんなダンジョンが作れるのか分からないし。


 アンリとしてはみんなが快適に過ごせるなら何でもいいけど、あえて言うならハラハラドキドキな上に、誰も最下層へ行けないような攻略不可能ダンジョンになってもらいたい。


 そういうダンジョンとして名前が売られたらアンリが最初に攻略する。そういう展開がいい。でも、手心を加えられるのはダメ。その時は手加減なしで襲ってもらおう。


 そんなことを考えていたら色々まとまったみたい。ジョゼフィーヌちゃんがフェル姉ちゃんに要望を伝えている。


 フェル姉ちゃんは一度だけ頷いた。


「この条件で作ってやるが、それは食事の後だ」


「待って。まだダンジョンの名前が決まってない。一番大事」


「名前? ダンジョンに名前なんていらないだろう? 何だったらソドゴラでいいと思うぞ」


「そんなんじゃ駄目。このダンジョンはみんなの家。格好いい名前をつけたい」


 やれやれ。フェル姉ちゃんもたまに分かってないときがある。ダンジョンには格好いい名前が必要。オリン魔法国にある魔氷のダンジョンとか格好いいのに。ソドゴラはちょっとどうかと思う。


 それにみんなも頷いてる。住むところなんだから格好いい名前のほうがいい。みんなが色々意見を出してるけど、アンリとしてはパンデモニウムとかいいと思う。


 ワイワイとみんなで意見を出してるけど、なかなか決まらない。ここはフェル姉ちゃんに決めてもらったほうがいいのかな?


 そう思っていたら、ディア姉ちゃんが近づいてきた。村のみんなに狼さんが大丈夫ってことを伝え終わったのかな。


「あれ? まだやってたの?」


「ディア姉ちゃん。ダンジョンの名前で、いい案はない?」


「おっと、アンリちゃん。そういうのを私に聞いちゃう? 私が温めてきた格好いい名前が火を噴いちゃうよ?」


「ダンジョンの概要はこんな感じだから、それに合わせた格好いい名前がいい」


 ディア姉ちゃんは服のセンスがいいから、名前のセンスもいいはず。あとはダンジョンの特性を生かした名前を考えてもらったほうがいいかも。魔氷のダンジョンで、溶岩が流れていたらそれはダンジョン詐欺だって言われる。


 ダンジョンの特性を色々と教えてあげると、ディア姉ちゃんは人差し指をおでこに当てて考え込んだ。みんながそれをじっと見つめる。


「うーん、そうだね……むむ! ビビッと来たよ! 危険な魔物達が住むダンジョン。そのダンジョンは少しずつ大きくなり、いつか人界すら飲み込むことになる……。そのダンジョンの名は……」


 ディア姉ちゃんが言葉を区切った。皆が前かがみになってディア姉ちゃんに近づく。こうやって間を作るところが本当にニクい。


「ディア姉ちゃん、その名は?」


「そのダンジョンの名は……『深淵』!」


 しんえん? ふかいふちって書いて深淵って読むアレのことかな? 覗いているときは覗かれているっていう教訓があるやつ。


 ……いいかも。ダンジョンなんだし、深いってイメージは重要。みんなも感嘆の声を上げてる。


 あれ? でも、ディア姉ちゃんはニヤリと笑った。もしかして深淵は本命じゃない?


「ふっふっふ、みんな、気が早いよ。深淵というのは、別の言い方があるんだ。そう、それは『アビス』! ダンジョンの名前は『アビス』でどうかな!?」


 周囲が沈黙に包まれた。誰も分ってる。これは最高の名前。みんな驚きすぎてショックで黙ってるんだ。


 でも、次の瞬間、みんなが雄たけびの声を上げた。アンリも叫びだしたいくらい。いい名前っていうか、それしかないと思う。ディア姉ちゃんに意見を聞いたアンリのファインプレーと言ってもいい。


 ダンジョンの名前はアビス。うん、アンリはいま、歴史的な瞬間を目にしたと思う。


「ディア姉ちゃんはセンスの塊。この名前は千年語り継がれる……!」


 ディア姉ちゃんは両手を軽く上げて目を瞑り、ドヤ顔している。そしてみんなから拍手されていた。


 それなのにフェル姉ちゃんはなんとなく冷めた目で見てる。ノリが悪い。


「それじゃ、そういうことでダンジョンを作ってやるが、私にもやることがある。色々やることを終わらせてからダンジョンを作るから、それまで待っていてくれ。それじゃあな」


 フェル姉ちゃんはそう言うと、森の妖精亭へ向かっちゃった。さすがに朝食も食べてないって言ってたし、このままダンジョンを造ってもらうのはダメかも。それじゃみんなと畑で待っていようかな。


 あれ? ダンジョンを造るにはダンジョンコアが必要って言ってなかったっけ?


 フェル姉ちゃんはもういないからジョゼフィーヌちゃんに聞いてみよう。


「フェル姉ちゃんはダンジョンコアを持ってるの?」


「はい、実は昨日の夜、ダンゴムシがいるダンジョンへ行ったのです。そのダンジョンは過去に魔族が造ったダンジョンでしたので、そこのダンジョンコアを回収してきました。フェル様はそのダンジョンコアをお使いになると思います」


「フェル姉ちゃんは仕事が早い。いつも素っ気ない感じなのにアンリのお願いをなんでも聞いてくれる。いつかフェル姉ちゃんに何かしてあげないと」


「フェル様は面倒見がいいほうですからね。ただ、感謝の気持ちは必要だと思います。アンリ様がそのお心を持っていて私もうれしいです」


「うん、いつか大きくなったら恩返ししないとね。それじゃ畑でフェル姉ちゃんを待とう」


 みんなで畑のほうへ移動を始めた。




 畑で待つこと数十分。フェル姉ちゃんが来ない。でも、フェル姉ちゃんは食事の時、良く噛んで食べてるから結構時間がかかるのかも。


 みんなは色々と話をしているみたいだけど、どうしようかな?


 そうだ、ジョゼフィーヌちゃんに聞いておきたいことがあった。


「ジョゼフィーヌちゃん、フェル姉ちゃんは魔王なの?」


 みんながシーンとしちゃった。そしてジョゼフィーヌちゃんの粘液がドロドロしだして姿を維持できてない。ほかのスライムちゃん達も同様。ショックを受けてる? どうしたんだろう?


「ア、アンリ様、な、なぜそう思うのですか?」


「前にジョゼフィーヌちゃんはフェル姉ちゃんが最強って言ってたよね? それにヤト姉ちゃんはフェル姉ちゃんのことを雑魚って言ったから、実際は強くないのかなって思ったんだけど、それは違くて本当は一番強いって言ってたよ。一番強いなら魔王じゃないの?」


「そ、そうですか。えっと、何と言えばいいのか……結論から言うと、フェル様は魔王ではありません」


「そうなんだ。ちょっと残念。でも、魔王じゃないのに一番強いの?」


「ええと、あれです。王国最強の剣士が王様というわけではないですよね? 魔王とは魔族の王なのです。最強である必要はないのですよ」


「それは道理。そっか、フェル姉ちゃんは魔王じゃなくて、ただの最強なんだ。それじゃフェル姉ちゃんを部下にしたら次は魔王を部下にしよう」


 ちょっと残念だけど仕方ない。でもフェル姉ちゃんだけで人界征服できそうだから魔王はあとでいいかな。


 あれ? ジョゼフィーヌちゃんが真面目な顔をしてこっちを見てる? というか、ミノタウロスさんとかオークさん、コカトリスさんも真面目な顔をしているけど、どうしたんだろう?


「アンリ様、フェル様に魔王かどうかは尋ねないようにしてください」


「えっと? それはどういう意味?」


「フェル様は魔王であるのか聞かれるのを良く思っていません。しばらく前にそう尋ねた魔族の方に『自分は魔王じゃない』とおっしゃったそうです。すごく嫌そうな顔をされていたと聞いております」


「そうなんだ? うん、フェル姉ちゃんが魔王でないことは分かったから聞かないでおくね」


 頭を下げられちゃった。どういうことなんだろう?


 それにドッペルゲンガーのペル兄ちゃんが不思議そうな顔をしているし、狼さんも不思議そうな顔をしてる。


「ジョゼフィーヌよ。従魔であるお前がフェルに頭が上がらないことは分かるが、最強というのは無理があるだろう。我は本格的にフェルと戦ったことはないが、それほど強いとは思えんぞ? フェルの姿になったドッペルゲンガーに後れを取ったが、確かに身体能力は高いものの、お前やヤトという獣人ほどではないと思う」


「私もそう思うクモ。実際に戦っているところをリーンの闘技場でちょっとだけ見たけど、どちらかといえば、ヴァイア様のほうが強いクモ。そして怖いクモ」


「私も同意です。ジョゼフィーヌさんに手も足も出ませんでしたが、フェルさんと戦ったのなら勝ってたかもしれません。ダンゴムシまみれにして」


 狼さん、アラクネ姉ちゃん、そしてダンゴムシさんはそれぞれそんなことを言ってる。実を言うとアンリもフェル姉ちゃんが戦ったところをしっかり見たことはない。強いって言われているけど、本当に最強なのかはちょっとよく分かんない。


「私は最強だと思いますよ。ところどころ記憶が見れませんし、もう見ようとも思いませんが、フェルさんは間違いなく最強ですね。でも、なんで魔王じゃないんですかね?」


 ペル兄ちゃんはそんなことを言ってる。評価が分かれちゃった。フェル姉ちゃんはいつも不思議。


 ジョゼフィーヌちゃんがみんなをぐるっと見渡してから真剣な顔をした。


「人界の魔物が多くなったのでこの場で言っておくことがある」


 魔界の魔物さん達はみんな真面目な顔をしている。どうしたんだろう?


「これは魔界でのルールになるが、フェル様の従魔や私の配下ならこのルールに従ってもらう。心して聞くがいい」


 みんなも真面目そうな顔をした。ジョゼフィーヌちゃんから結構な圧力を感じる。本気で何かを伝えたいんだと思う。アンリもちゃんと聞こう。


「普段のフェル様にはどんなことをしてもいい。フェル様は笑って許してくださるだろう。ただし、フェル様が真の力を開放したときは最大の敬意を払え。それができないというならこの村から出ていけ。いや、それができないのなら私ができない奴の命を奪うだろう」


 みんなびっくりしてる。アンリもびっくりした。ジョゼフィーヌちゃんがそんなことを言うなんて。


 この圧力の中で狼さんがかろうじて動けるみたい。一歩、というか半歩だけ前に出た。


「ま、待て、ジョゼフィーヌ! それはどういう意味だ? 真の力を開放? 何を言っている!」


「フェル様は力を封印されている。強そうに見えないのはそのためだ。普段、ヤト様や私がフェル様を貶しているように見えるだろうが、それはそういう命令だからだ。敬意を払うなと言われているから、その逆をやっている。しかし、封印を解除したフェル様にそんなことはしない。これは魔族の皆様も同様だ。もし魔界出身者の前で封印を解いたフェル様を貶してみろ。フェル様は許すかもしれないが、我々はその者を必ず殺す……まあ、封印を解除したフェル様の前でそんなことができるとは思えんがな」


 人界出身のみんなが唾をのみこんだ。もちろんアンリも。それくらいの気迫って言うか圧力がジョゼフィーヌちゃんから発せられてる。これは殺気ってやつなのかな?


 みんなが委縮しちゃってる。ここはアンリが場を和ませないと。せっかく村に住むことになった家族なんだから、そんなことしちゃダメ。


「ジョゼフィーヌちゃん、お話は分かったけど、みんなに圧力をかけちゃダメ。みんなは同じ村に住む家族なんだから、仲良くしよう? これからダンジョンを造ってそこに住むんだし、脅すのはよくない」


「これは失礼しました。ただ、魔物でもケジメみたいなものがありますので……お前達、いま言ったことは脅しじゃないぞ。冗談や遊びで言ったつもりもない。これは守るべきルールであることをちゃんと理解しておくように。それとこのルールはフェル様に言ってはいけない。魔族の皆様からそう言われているからな。それさえ守ってくれれば、それ以外は自由だから安心してほしい」


 ジョゼフィーヌちゃんから圧力が消えた。みんなも大きく息を吐いて安心したみたい。


 ジョゼフィーヌちゃんはすごく強いと思う。もちろん、エリザベートちゃんやシャルロットちゃん、それにマリーちゃんも強いはず。そこから圧力をかけられたら誰だって体がすくんじゃう。そういうことはあまりしないでもらわないと。


 それにしても、フェル姉ちゃんは封印を解除するともっと強くなるんだ? ヤト姉ちゃんもフェル姉ちゃんが本気を出すとか出さないとかそんなことを言ってたし、間違いないと思う。いつかアンリにも見せてもらおうっと。

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